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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第98話 お茶会の日はおしゃべりから


 というわけで、今日は楽しみにしていたお茶会の練習の日である。



「楽しみにはしてたけど、ドレスアップはイヤー!!」

「仕方ありませんわリノア様、贈られてきたものですもの、身につけなければ失礼になりますので」

「さあリノア様、こちらのコルセットをお願いいたします。付与魔術がかかっていますから軽いですよ~」

「軽くても締めるんでしょー!」

「ほどほどにいたしますから大丈夫ですよ。行きますよー、はい息を吐いてー」

「ぐえっ」



 講師であるリシェル・レンデリーアから、お茶会の時に着てくださいとドレスが贈られただけでもりのの頭は大混乱だったのに、そこにコルセットという締め上げ器具もついていたので大騒ぎである。

 しかし、ほぼ初めてのドレスアップということで気合入れまくりのメイド二人組に説き伏せられて、朝もはよから風呂につけられ、肌を磨かれと美容三昧を過ごしている。


(エステと思えば……なんとか……でもやっぱり恥ずかしい……ムダ毛とかなんでかなくなってるからまだよかったけど……)


 もともとりのはインドアで、エステやサウナに通うよりは家でのんびりお風呂につかりたい派である。人の手が体に触れることもそれほど好まない。行ってもマッサージやヘッドスパくらいだった。


(いや、気持ちいいは気持ちいいんだけど、恥ずかしさというか申し訳なさというか、いたたまれなさが先に立つのよね……)


 肌をほんのり薔薇色にするのです、とフェイシャルマッサージのようなものも受けた。

 ホットタオルで温めた後、オイルを塗って、優しくマッサージし、それを同じくホットタオルでふきとるのだ。

 何のオイル? と聞いたら、まさかのオリーブオイルだった。オリーブオイルはウェルゲアでは超高級品だが、りのに関して言えば予算が余っているので、できるだけりのがほしいと漏らしたものは購入するようにと、アルフィオの方から通達が来ていたらしい。

 必要経費として申請しておきます、とメリルがいい笑顔だった。


「御髪や爪のお手入れをできないのは残念ですが、リノア様の御髪も爪も、私たちでは手の届かないほどにきらきらしてますので、下手に手を出さない方がいいだろうとメリルさんと相談したんです」

「せめてお衣装の着付けだけでも万全にさせてくださいませ」


 そう言われるとりのは弱い。

 髪がつやつやしているのは向こうのシャンプーとコンディショナーを使っているからだし、爪がつやつやしているのは向こうのネイルバッファーを使いナチュラルピンクのマニキュアを塗っているからだ。適当にやっていることを評価されると座りが悪くて……。

 結局、りのは楽しそうな二人のなすがままに洗われ、ドレスを着つけられた。


 濃い菫色のデイドレスは、いつもりのが来ているワンピースよりもドレープをたっぷりとってくるぶしまで流れており、優雅なAラインを描いている。なるほど、魔術がかかっているようでちっとも重くない。

 その上に、モーブカラーの軽やかなオーバードレスを重ねた。七分丈の袖はゆったりめ。二の腕から先はささやかなベルスリーブになっている。ベルの部分は繊細な菫色のレースになっていて、織りが繊細で美しかった。この菫色のレースは、ラウンドの襟元にも控えめに飾られている。

 オーバードレスには、金の糸と深い青の糸で刺繍がほどこしてあった。つる草のような植物が優美な円を描き、そのところどころに可憐な花が咲いている。カーネーションに似た花で、ひらひらした花びらが若々しいというよりは、穏やかで柔らかい雰囲気。


(唐草文様に似てる……こういうのって、ちょっと嬉しくて悲しい)


 唐草文様は、古くから、世界の様々なところで使われ、愛され、磨かれてきたデザインだ。日本に限らず、西洋でも中東でも、アジアでも、いまだに使われアレンジされ続けている。

 りのも、今までたくさん扱ってきた。今さら特別に意識することなんてなかったくらい、身近にあり続けているデザイン。

 もう届かない、見ることもできない、あの美しいデザインたち。


(あーやめやめ! へこんだってしかたない! 今日を何とか乗り切るだけ!)


「リノア様、コルセットは大丈夫でしょうか?」

「あー、うん、このくらいなら大丈夫」


 コルセットはぎっちりした鋼鉄のイメージだったが、実際ははわりとソフトだった。何の素材かわからないが、手でも何とか曲げられる。苦しいは苦しいが、ボディスーツの少しハード版くらい。これならまぁなんとか、耐えられる。


 着付けが終わると、今度はドレッサーの前に座らされて、メイクとヘアメイクが始まる。

 いつもは手持ちの化粧品でぱぱっとやってしまうが、今日はこの二人にお願いしようと思っていた。こちらの化粧品やメイクにも興味があるし。


「それにしても、本当に美しいドレスですねー!」


 イリットがりのの顔に何かのクリームを薄く塗り広げながらうっとりと言う。ちなみにクリームはこれで三つめ。

 ていねいに髪をとかしていたメリルも、


「リノア様によくお似合いの、上品で上質なお衣装でございますね。華美になりすぎず、優雅で。それに、リシェル様とのご縁がよくわかるお衣装になっておりますから、これを着ていればどこのお家に招かれてもていねいに扱って頂けます」


 良き守りになりますね、と微笑んだ。


「え? えっとメリル、その辺詳しく教えてもらってもいい? どうしてこのドレスで、リシェル先生との縁がわかるの?」

「ああ、リノア様にその辺りのことをお話したことはございませんでしたね。失礼いたしました」


 メリルはりのの髪をお団子を少し崩したシニヨンに結い上げながら話し出した。



 この国では、高位貴族が衣装を贈ることは珍しくない。

 婚約者や恋人、寄り子、側近、友人といった親しい間柄の人に衣装やドレスを贈り、両者の関係をそっとアピールするのだそうだ。


「じゃあ私がこれを着ると、私がリシェル先生の寄り子って思われることもあるの?」

「その辺りは、他の情報と合わせて考えますね。今回のことでいえば、寄り子だと判断されることはありません。リシェル様がリノア様の礼儀作法の講師であることを知っていれば、自然と教え、教えられる関係から仲を深められたのだろうと想像がつきますので」

「えー……じゃあその情報を知らなかったら?」

「そうですねぇ、寄り子なのだろうと口に出してしまったら、社交界のにぎやかな花の一つとなられるでしょう」


 にっこり笑う。

 これはつまり、社交界で噂の的になり、ひそひそされ、評価が落ちるということだ。


(こっわ……!)


「今回のように贈られた方のお色が入っている場合は、私はこの方の味方です、親友です、という意味合いが大変強くなります」

「ああ、たしかにこの刺繍、リシェル先生の髪と目の色だわ」

「しかも、この花はネリンといいまして、リシェル様の文様花です。ご自身の文様花を贈るということは、身内にも等しいという意味合いになります」


 文様花というのは、向こうでいう花押のお花版といったところらしく、特に高位貴族は個人個人で自分を表す花、植物を決め、それを身のまわりにほどこすのだそうだ。


「贈られた側も、それを理解してふるまうことが大切です。ご本家の奥方様から贈られたなら寄り子の娘としてふさわしいふるまいを心がけますし、高位貴族の友人から贈られたらその方との親しさをできる範囲でアピールしたりします。侍女として求められているときはそのように動きますね」

「すごいね、みんなドレスひとつでそこまで読み取るんだ……それって、高位貴族ひとりひとりの花を覚えてなきゃだし、情報も集めなきゃダメってことよね?」

「うふふ、高位貴族の方たちが頻繁にお茶会をするのはそのためですねー」

「本人だけではなく、侍女の方もしっかりと覚えて、適宜お仕えするお方にお教えいたしますので、ご安心くださいね」


 それならまだいいか、とりのはほっとした。


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