第97話 上層部の歓喜
初めに感じたのは、ぱりっという気持ちの良い触感だった。
しかしそれは一瞬で、歯がやわらかい肉に突き刺さり、そこからじゅわっと熱い肉汁があふれだす。
うま味と熱さが混然となって口の中に広がり、そこでやっと塩とにんにくの香味を感じた。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
咀嚼するたびに、肉がすりつぶされていくたびに、じわっと肉のうまみが感じられて、二人はひたすらにもぐもぐして。
ごくり。
ああ、食べ終わってしまった……。
「ほら、ここでエール!」
ユーゴにうながされて、二人は慌ててティロンエールを口に流しいれる。
「「!!」」
ロゼリアの言う通りだった。
肉の濃いうま味と脂と塩気を、甘酸っぱいエールが怒涛のように流していく。ごくりと飲み込めば、脂っぽさはすっかりと消え、口の中に残るのはラシスの甘い香りのみ……。
「これは、止まらんやつだな……」
「絶対に止まらせないという強い意思を感じるぞ俺は……」
「はいはい、とにかく熱いうちに食べちゃお。リノアちゃん曰く、熱いうちが食べどきだってさ」
もうマジックバッグとかミラロードとか、頭から吹っ飛んでいた。
うまいなあ、うまいなあと呟きながら、ひたすらにからあげとエールを交互に口に運んだ。
ユーゴも一緒になって、からあげとエールをもくもくとリピートする。
けっこう大きな木皿だったのだが、空になるのはあっという間だった。
「なくなった……」
「あっという間だったね……」
「早かったな……」
残念に思う気持ちももちろんあったが、胸を占めるのは何とも言えない多幸感だ。
うまいものを腹いっぱい食って、うまい酒といっしょに楽しんだという、穏やかな、幸せいっぱいの気持ち。
「すごいな、からあげ。あんなに倦んでた気分が一新されてるぞ」
「元気でるよねー!」
「明日も頑張れそうだな」
からあげもエールも、しっかり腹におさまって、エネルギーに替わっていくような心地。
「ユーゴ、ごっそさん。ありがとな!」
「ああ、うまかった」
「どういたしまして。お礼はリノアちゃんまでね」
エネルギーがチャージされると、とたんに仕事に頭が向くのはこの三人だからかもしれない。
「――で、どうやって手に入れたんだ、これ」
アルフィオの問いに、ユーゴはうっふっふと胸を張って、その時の話を始めた。
それは、魔術師団棟での魔術の講義の後のこと。
一緒に魔術師団棟へ来て、厨房で料理長のレッスンを受けていたレノアが、帰り間際にやってきた。
「あ、レノア、終わったの?」
「はい、リノアさま! おつかれさまです!」
楽しそうに、ポニーテールにしたこげ茶の髪をふわんふわん揺らしながらかけよってきて、その大きな金色の目でリノアを見上げた。
「リノアさま、もうお帰りになりますか?」
「うん? そうだね、そろそろ夕飯の支度をしなきゃだからね。今夜は何にしようかな~」
「えっと、お野菜は一通りそろってます。それに、オークとコカトリス、それにダークバッファローのお肉があります。えっと、オークがモモとロースとバラ、コカトリスはモモです。ダークバッファローは、えっと、ロースとバラと、あとリノア様が頼んでた舌です!」
「ふふっ、タンね、タン。タンはじっくり煮込んでシチューにしたいなあ。時間かかるからまた今度ね。クイーンオークはまだ残ってたっけ?」
「はい、ロースだけですけど、一塊はありました」
ああ、と頷いている。
「ポルケッタにチャレンジしようと思って置いといたのよね。時間がかかるから、ちょっと後になるかしら。デミバハムートは食べちゃったしねえ」
「はい、フィッシュフライにしましたね。おいしかったです!」
「お魚って思ったらついつい食べちゃうのよね。アクアパッツァもどきもおいしかったなー、トマトと白身魚のナイスコンビ……材料が手に入れば今度は貝も入れて作ろう」
名も知らぬ料理の名前がポンポン出てきて、ユーゴの興味をひいた。
「んー、今日はあんまり時間がないしなあ。がっつり食べたい気分だけど、脂っこいのは胃がなあ……あ、そうだ。からあげはどう?」
その言葉を聞いた途端、少女の顔がきらっきらに輝いた。
ついでに、護衛で後ろに控えていたロゼリアの顔もきらっきらで、ユーゴはびっくりした。
(あの冷静沈着のロゼリアが、えらく懐いたもんだねえ)
驚くユーゴの傍らで、話はどんどんつながっていく。
「レノア、コカトリスのもも肉っていっぱいあった?」
「いっぱいあります! いつものからあげの四回分くらいでしょうか」
「じゃあ全部揚げちゃおうか。いっぺんに揚げたほうが油も使いきれるし、ユーゴ様に頂いたマジックバッグに入れておけば揚げたてで保管できるし。今日は野菜を角切りにした甘酸っぱいソースをたっぷりかけて、ちょっとさっぱり食べよっか」
よくわからないけどおいしそうだ……!
ユーゴは内心のわくわくをきれいに隠して、おもむろに二人へ近づいた。
「あのミニマジックバッグ、不具合はない?」
「はい、特にはありません」
リノアがにこやかに答え、レノアはすっと後ろへ下がって軽く頭を下げた。うんうん、メイド教育も順調に進んでるね。
「からあげって料理の名前? この間、ロゼリアから聞いたんだけど、すっごくおいしいんだってね?」
ロゼリアが報告を上げていることくらい、この異世界の女性は気づいているだろう。だからいっそ悪びれずに告げてしまう。
案の定、リノアは面白そうに眼を少しだけ細めて、そのままにっこり笑った。
「おいしいですよー。エールにとってもよく合うんです。ワインよりもエールがいいですね!」
「お肉、なんだよね?」
「ええ、コカトリスのお肉です。でもとおってもジューシーで、あっつあつなんですよぉ」
あっ遊びだした!
リノアは時々こうやって遊びのように、からかいのようにしかけてくる。
(言いたいことはわかってるぞー、ほれほれ言ってみなー? おーん?)
なんて声が聞こえてきそうで、ユーゴは口の端がむに、と上がりそうになるのをこらえ、真面目な口調で。
「食べてみたいので、からあげわけてください!」
「おっま、まじか、まじでまっすぐいったのか!」
「こちらからの働きかけは控えろと……!」
爆笑するフィンレーと、苦悩するアルフィオ。
対照的ながらいつものことなので、ユーゴは気にせずけたけた笑った。
「だってあの子、いろいろ、ほんとにいろいろわかってるし知ってると思うんだよ。で、ライリーを助けた時のこととか、第三の騎士たちを治療した時のこととか聞いたら、もうごちゃごちゃ考えずに、まっすぐに行った方がいいなって思ったんだ」
実際、そう言って両手を差し出してみたら、リノアは大笑いしたのだ。
そして目ににじむ涙をぬぐいながら、いいですよーじゃあ行きましょうか、とかるーく言って、ユーゴを王宮のリノアの部屋まで連れて行って、目の前で料理をして、そのままユーゴに渡してきた。
ユーゴ様、時間停止のマジックバッグ持ってますよね? 時間遅延でもいいです、それに入れてください。からあげは冷めてもおいしいけど、エールと合わせるなら揚げたてがサイコーです!
そう熱く主張しながら、大皿にどかーんと盛ったからあげと、カトラリーと取り皿をセットにして渡してくれた。三人分。念のため、浄化するか「鑑定」でチェックしてからさし上げてくださいねと言われた。誰と食べたいのかも、彼女にはバレバレだったようだ。
「あいつ、ほんとうまいもんが好きなんだな」
「酒も好んでいるし、菓子を作るのもうまい」
そだね、彼女の作っているものとか見たら、彼女の世界には美味しいものがいっぱいあるってわかるよね。
「だから、きっとこっちの世界はつらいだろうなって、思うんだ」
ぽつりとこぼれたユーゴの言葉に、フィンレーもアルフィオも、静かに頷きを返した。
「治癒魔術を見ててもね、たぶん僕たちの知らない知識をもとに魔術を使ってるんじゃないかと思う。それが『創造魔術』のキモのような気がするんだ。それに、治癒魔術にしたってこの料理にしたって、側で使うところを見せてくれたのは、彼女が僕たちの持ってない知識を持ってることを知らせるためなのかなとも思うんだ」
まあ僕は料理なんてしないから、見せてもバレないって思われた可能性もあるけどさ。
「……けれど、今までの聖女たちと比べて、彼女はとてもその辺が慎重だ」
「そうだな。資料を見る限り、わりと初期からいろいろ伝えている聖女が多い」
「何か意図があって、慎重になってるんだと思うんだよね。でも、その意図を聞いてもいいかはわからない」
「そうだな」
それを聞くことが、知識の強奪にならないよう、つながらないようにしなければ。
いまだに、自分たちは信頼関係の構築中なのだから。
「ほんと、これ以上やらかす連中が出ないことを心から祈ってるよ、僕」
「うあ゛~~~~~!」
「怖いことを言わないでくれ、頼むから……!」
ぎゃあぎゃあ言いあいながら、フィンレーはそれでも笑って言った。
「まあ、リノアは見てくれているからな。慎重に、真摯に付き合っていくのが一番だろう」
ユーゴも、そしてアルフィオも頷いた。
ストックがつきました……。
今日からは二話、ないしは一話更新になります。
時間はお昼と夕方五時を予定しています。
お読みいただきありがとうございます。
明日からもよろしくお願いします。
とっても私事ですが今夜はからあげですひゃっほー!




