第93話 三文芝居
「ん~、お疲れさまリノアちゃん。ちょっと休憩しようね」
「ああ、そうだな。陛下、よろしいでしょうか」
ユーゴの軽い言葉。
アルフィオ宰相の確認に、フィンレー王が鷹揚にそうだな、茶でも飲むかと答え、空気が緩んだ。
そして、呼びこまれた侍女や侍従の手で紅茶が配られた。
(さて、聖女認定が下りたし、「創造魔術」も周知されたから研究の下地はできた。もうひとつ、計画を進めないとね。そろそろしかけてみるか)
香りのいいお茶を飲みながら当たり障りのない話をする中で、りのはふっと首をかしげ、さりげなく爆弾を放り込んだ。
「そういえば、ユーゴ様」
「リノアちゃん、なんだい?」
非公式の場だから、と言葉を崩したユーゴに、さらりと問う。
「あの毒、鑑定できました?」
かしゃん、と小さな音を立てたのは第一の団長、ミラロードだ。スプーンが手から滑ったらしい。
不作法ではあるが、あえて指摘するような者はおらず、ミラロードはフィンレーに失礼しましたと小さく頭を下げた。
「毒、とは何のことだろうか、リノア殿」
「あれ、ユーゴ様、陛下にお話なさっていないんですか?」
「あーごめん、すっかり忘れてた」
もう、と言いながら、りのはフィンレーに向かって説明する。少しだけ、声で威圧をかけるようにボリュームをあげて。
「私が治療した騎士様の中に、毒に犯されていた方がいらっしゃったんです」
きん、と空気が引き締まった。
「毒をもつ魔獣と戦ったのか聞いたら、そんなことないって言われて。おかしいなあって。見てたら、しぇるひゅどら、だーくあなこんだ、っていう名前が浮かびました。どちらも水棲の魔獣で、山の中で会うはずもない魔獣だそうです」
りのは首をひねってみせた。
「しかも、ゲルドの蜜、って言葉も浮かびました。私もゲルドの蜜で暗殺されかかったので知ってますけど、これって人の手を経ないと、摂取が難しい毒なんですよね。まあ文字が浮かんだだけなので、本当にそれらの毒に犯されているのかわからないから調べてもらうって、お医者さんが言ってました。魔術師団に頼むって言ってたから、もうその結果が出たんじゃないかしらって」
どうでしょう、ユーゴ様。
ティーカップに視線を落として目を合わせないミラロードにちらりと視線を向けて、ユーゴは肩をすくめた。
「間違いなくシェルヒュドラとダークアナコンダ、ゲルディアの毒だったよ。なんでそんな毒にかかってたんだろうね。調査はどうなってるのかな、アダン君」
「は。そろそろ結果も上がってくる頃かと」
「……ずいぶん丁寧に調査をなさっておるのですな。たかが騎士一人に、そこまで? どこぞで恨みでもかっていたのでは?」
ラギスロードがどうでもよさそうに、どこか馬鹿にするような口調で言うのを聞いて、りのはカチンときた。
(いやいや落ち着け、くらわすなら効果的な場面でだ……ステイ、ステイだ……)
アダンはうっすらほほ笑んで。
「そうですねぇ、我が第三騎士団の団長は、あまりの強さに、いらぬ妬み嫉みを多くかっておりますからなぁ」
「!?」
しまった、と顔に大書して目を見開くラギスロードに、各団の副団長は目を細めた。第一のアギレスすら。ミラロードのこめかみを、すっと汗がつたうのが見て取れた。
「そういえば、私、とっても不思議なことがあったんですけど、」
ここだあああああ!! やれ、わたし!!
「アダン副団長、どうして第三騎士団には、治癒魔術師さんがいないんでしょう?」
だーれもいませんでしたね。お医者さんだけで。
しれっと暴露したりのに、アルフィオが冷え冷えとした声で問うた。
「聖女リノア様、今のお言葉に間違いはございませんか? 本当に、治癒魔術師がいなかったと?」
正式名称……まだ公表されていないとはいえ、聖女と冠して質問したことの重み。
りのはそれもわかっていて、軽やかにええ、と答えた。
「重傷者ほど、治癒魔術師さんが急いで治療しなければならないんですよね? でも、私の周りにそんな方は一人もいませんでした」
「アダン・ヴァロ第三騎士団副団長」
重々しい声がした。アダンはさっと立ち上がり、正式な騎士の礼をとって、フィンレー王へ向き直る。
「はっ」
「どういうことか、説明せよ」
「承知いたしました。――我が第三騎士団に所属する治癒魔術師は三人おりますが、三人とも先の遠征には同道しておりません」
「なぜだ」
「第一騎士団より呼ばれていたとのことです」
「は!?」
なぜか、驚いたのは第一の副団長。
りのは、第一の団長ミラロードの独断、あるいはラギスロードが直にやってることかもなあと思いつつ。
「ああ、あの時も仰ってましたね。第一騎士団が必要としているからそっちへ行っているって」
「いや、それは」
「すごいですね! 第一騎士団は、第三騎士団が戦いに行ったシャドウアラクネとヴォルカンマンティコア、でしたっけ、それより強い魔獣と戦ったんでしょう? どんな魔獣ですか? まさかワイバーンとか!」
ミラロードの言葉に重ねて、きゃっきゃとはしゃいで見せる。若い女の子らしく。中身は四十だが。
「ミハイル殿、それは、」
「あれ、ラギスロード団長、違うんですか?」
きゃるんと首をかしげた。
「だって、魔獣と戦いに行く第三騎士団から出向させるってことは、第一騎士団の戦いの方が危険で、騎士たちがいっぱい死ぬかもしれない戦いだったってことでしょう? だから、危険な戦いに赴く第三騎士団から、治癒魔術師をひっぱったんですよね?」
できるだけ無邪気に聞く。
こういう腹の探り合いとか計略とかが、目下と侮っている相手から指摘されてバレるのはものすっごく恥ずかしいのだ。大ダメージである。
ましてやここにはフィンレー王がいる。この間報告も済ませているし、ごまかしがきくわけない。後でしっかり詰められやがれ!
「近衛騎士団からも治癒魔術師を出向させたりしてるんですか?」
「……いや、そんな話は初めて聞いたな」
「!」
ひくりと、ミラロードがこめかみを動かした。貴族の矜持か、表情は変わっていないが。
「そうなんですねー。シャドウアラクネもヴォルカンマンティコアもすごく怖い魔獣なんですよ、アダン副団長から教えてもらったんですけど。それより怖い魔獣って、やっぱりワイバーンでは? ヤン先生が仰ってました! ワイバーンはすごく強いって!」
にこにこしながら、そうだわ、と手を打ち合わせる。
「ミラロード団長、治癒魔術師が足りていないから、第三騎士団から第一騎士団へ出向させたんですよね? じゃあそのまま第一騎士団にいてもらってはどうでしょうか。第三騎士団には、私が入ればいいし!」
「は?」
「――よろしいのですか、リノア様」
アダンが静かに聞く。よく見ると口元がひくひくしていて、笑いをこらえていることがわかった。こら、バレるでしょ!
「だってアダン副団長仰ってたじゃないですか、どうせいないことがほとんどだから、初めから治癒魔術師の帯同は考えずに遠征の計画を立ててるって。それなら、私も別に現地に行って魔獣に会ったり戦ったりしなくていいってことでしょう?」
それなら私、第三騎士団に入ってもいいですよ。
「戻ってきたときにこの間のケガくらいだったら治るみたいだから、頑張って帰ってきてくださいね。そもそも、私、経過観察で第三騎士団に行きますから、ついでです。でも絶対に現地には行きませんし、治療するのは第三騎士団だけです。他の人はちゃあんと治癒魔術師さんがいるんですから、そちらに見てもらってくださいね。あ、私を鍛えるってことでしばらくはユーゴ師団長様がついてくださる予定ですから、治療を失敗するかもって心配はいりませんよ!」
私も早くユーゴ様や皆さんに安心してもらえるように、治癒魔術をしっかり鍛えますね~。
そこまで一気に言って、目を細めてみせた。
唖然としてこちらを見ていた男どもの背筋が、心なしか伸びる。
「まさかとは思いますが、……嫌がらせで治癒魔術師がいないとか、そんなことはないですよねえ……? そんな卑怯なこと、貴族どころか騎士がするわけないですよねえ……?」
先の謁見で、「これからの私たちを見てほしい」と言われたときに「見てますよ、ずっとね……」と答えたのと同じトーンで。
りのはうっすらと目を細めながら笑った。
しん、と沈黙が広がる。
そこへ。
「失礼いたします。近衛第三部隊副隊長、ロゼリア・ティレル、聖女リノア様のお迎えに参りました」
「ロゼ!」
許可を得てから優雅に入室してきた美しい騎士様に、りのは手を振った。
満面に笑ってみせる。これは演技ではなく本当に嬉しいからだ。
ムカつきもちょっとは晴れた。
あとはロゼとレノアと、仕込んできたサブレでお茶をするのだ。
「ロゼ、どうしたの?」
「もうすぐヤン・シャルニエ殿の講義の時間となりますが、いかがなさいますか」
「あっそうだった!」
いかにも忘れてた~という風情だが、仕込みである。
ヤン翁の講義はあるが、時間はもう少し後。
聖女認定が終わったら、話し合いのどこかで第三騎士団に入る話を入れ込むので、適当なタイミングで入ってきてほしいとお願いしていた。
この件、りのがいたら、話し合いもしにくいだろうから、一足先に離脱するのである。
「すみません、次の講義の時間になったようですので、お先に失礼します。ユーゴ様、アダン副団長、いろいろ決まったら教えてくださいね!」
リシェル・レンデリーア先生仕込みの礼を残して、りのは軽やかにその部屋を去った。
きっとあの場にいた者たちにはこれから嵐が吹き荒れるだろうが、知ったことではない。
フィンレー王やアルフィオ宰相、ユーゴ師団長には話をしてあるし、アダンにも報告してもらっているから、きっといい感じにまとまるだろう。
今回りのが狙ったのは、創造魔術の研究をする地盤を作ることと、勝手に魔獣退治に組み込まれないようにすること。
この二つ以外はおまけなので、結果は気にしない。
ラギスロードやミラロードから敵視されるかもしれないが、もともとダルクスやガズメンディに近いようだから今さらだし、何より、「聖女」と認定されたので。
まあ大丈夫だろう。たぶん。
「ロゼ、お迎えありがとうね」
「いいえ、こちらこそ、第三騎士団のためにありがとうございます」
連れだって歩きながら、りのは自分の部屋に向かう。
美味しいサブレが待っているはずだ。




