第90話 叱られました
それから、ライリーはひたすら眠って起きてを繰り返した。
途中からは少しずつ物が食べられるようになったので、それが唯一の楽しみである。
イェルセルにそろそろここを出て体を動かしたい、せめて仕事の書類を見るだけでも、と訴えてみたが。
「いいですかなライリー団長、御身は一度死んでおるのですよ。そこから今、体から失われているいろいろなものを蓄えておるところなのです。そんな時にまあ体を動かすだの仕事をするだの、蓄えるどころか減るばかりのことをなぜしようと思いましたかの? 退屈? 病人は退屈で死にはしませんぞ、そんなに暇ならベッドに寝っ転がって天井のシミでも数えとれ!!」
と言われた。息継ぎなしで。
ここの天井は真っ白でシミがないから……と言ってみたが、冷ややかな目で見られ、ならば目を閉じて瞼の裏でうぞうぞ動いとるものでも観察しなされ、と言われてしまった。ひどいと思う。
イェルセルや医師たちの目を盗んでこっそりとベッドから下りてみたが、よろめいてベッドに戻ることさえできなかった。見つかってベッドへ戻され、しこたま叱られた。
たしかに自身の体が回復していないことがわかったので、そこからはおとなしくベッドで瞼の裏のうぞうぞを観察することにした。他にすることも思いつかなかったし、若干ヤケで。そうするといつの間にか眠っていて、起きたら腹がすいていて食事をとる、という流れだ。
何度かそれを繰り返して、やっと、ゆっくりでもひとりで手洗いや洗面ができるようになったころ、面会の知らせが来た。
「へ、陛下!?」
「よい、寝ておれライリー、構わずともよい」
あわてて立ち上がろうとするもベッドヘッドにもたれかかる動きでさえ介助してもらった身では何もできない。
フィンレー王はゆるゆると手を振って、ベッドの枕もとの椅子に腰をかけた。
その後ろに、ユーゴ魔術師団長とアルフィオ宰相。二人の後ろからアダンが入ってきて、陛下とは反対側の枕もとに立ってくれた。正直心強い。
じっと国の最上層部にみつめられて居心地が悪いが、まずライリーはフィンレー王にできる限りで礼をとった。
「陛下、見苦しい姿で申し訳ありません」
「構わんと言っただろう、お前は本当に硬いなあ」
呆れたように言ってから、だが、とフィンレー王は言葉をつないだ。
「ヴォルカンマンティコアとシャドウアラクネの討伐、見事であった! よくやったな。感謝する」
青空色の目を細めて微笑む王に、ライリーの胸で達成感が沸き上がった。
フィンレー王は、敬愛するウェルゲア国王であると同時に、ライリーたちティレル家の者にとっては、幼いころに時々遊びに来てよく遊んでくれていたので、大好きな親戚のおじさんくらいの距離感なのである。親戚づきあいをしているティトルアンにはフィンレーの妹が降嫁しているという縁もあり、身近な方であった。だからこそ一層、敬愛も深い。
「お言葉ありがたく。我が騎士団の騎士たちも、喜ぶことでしょう」
「二体の素材は、ギルドに卸すよりもオークションにかけるほうが高値になりそうだ。必要なものはとっておけ。残りはオークションにかけ、ついた値の八割は第三騎士団へ戻す。騎士たちに褒賞を出してやるといい」
「ありがとうございます。みなさぞ喜ぶことでしょう」
アルフィオの宰相としての言葉に、驚きをなんとか隠して、ライリーはぎしぎしと頭を下げた。
二体ともかなり珍しい魔獣だ。けっこうな値段になるのではないだろうか。褒章を出して、残りは武具に防具、そしてポーションに突っ込もう。
「……い゛っ」
頭を下げたとたん、背筋がびきっと痛んで思わずうめき声を上げる。
「痛そうだな、ライリー卿。第三騎士団の治癒魔術師を呼んで、治癒魔術をかけてもらうといい」
冷え冷えとしたアルフィオの言葉に、ライリーは思わず固まった。
それはまずい。
第三騎士団の治癒魔術師は、ほぼ第一騎士団へ出向している。
第一騎士団の指示ですのでと言って、しらっと訓練の段階から抜けていく彼らを、ライリーは仲間とみなしていなかった。
そして、それをまるっと内緒にしていたはずなのだが。
隠し事がバレていそうな気配にちらちらとアダンを見るが、アダンはそっぽを向いている。
「ん~、どうしたの、ライリー卿。治癒魔術師、いないの? ここにはたしか、三名、入れてるはずだよね? ねえ?」
きらきらした長い髪を肩から滑り落して覗き込んでくる、魔術師団長の目が、怖い。
「ライリー」
先ほどまでの、国王としての声とは違う、昔と同じ気安さとあたたかさを滲ませた声で呼ばれ、ライリーはおそるおそる視線をあげた。
とたん、三人がぷっとふきだし、アダンがため息をついた。
「ほんとにお前は、こういうところは昔と変わらんなぁ。自信満々に悪戯をしたくせに、バレたら神妙になって見上げてくる目が変わらん」
ひとしきり笑うと、フィンレーは居住まいを正した。
「ライリー・ティレル団長。お前の騎士団に、治癒魔術師はほぼいないと考えていいな?」
嘘はつけない。
ライリーは、頭を垂れてはいと答える。声がかすれた。
「……すまなかったな、苦労をかけた」
広がった沈黙の中に、フィンレーの謝罪がぽつりと落ちた。
「お前のことだ、私たちに迷惑をかけまいと、自分のところで話を留め置き、なんとか対処しようとしたのだろう?」
「それ、は……」
「気持ちはありがたい。正直に言えば、どこまで対処できたかは、たしかにお前の言う通り、怪しかったかもしれん」
なあアル、ユーゴ、と呼ぶ声に、後ろの二人が苦々し気に頷いた。
「だがな、ライリー。我らは、騎士たちの、民たちの命を預かっておるのだ」
重い、重い声だった。
「たとえ我らを思ってのことだったとしても、お前は騎士たちの命を救うため、最大限の配慮をする必要があったはずだ。治癒魔術師が配属されない、仕事をしないなど、討伐にあたっては致命的だろう。命に直結する事態だ。それに関する報告を怠ったのは、大きな過失だぞ」
今回は、本当に偶然が重なった奇跡の果てに、誰も死なずにすんだだけだ。
「それにな、ライリー。お前もまた、俺たちにとっては死んでほしくない、大事な騎士なんだ」
「そうだよ、大事な第三騎士団なんだからね。それに、君に何かあったらジョスラン先輩に何て言えばいいのさ」
「それは想像したくないな……」
ジョスランは、ライリーたち兄弟の父親だ。そして、フィンレー国王たちにとっては国境の要となる信頼厚き騎士であり、学園の、怖くも頼もしい先輩だった。
「またあのシゴキがあるかと思うと、ほんと無事に帰ってきてくれてよかったよ……」
「思い出させるなユーゴ!」
「ライリー、俺たちの力不足で申し訳なかったが、自分の身もちゃんと守るものの側に入れて職務に当たってくれ。いいな?」
アルフィオ宰相にまで言われて、ライリーは頭を下げた。
よかれと思ってやったことだったし、今まで大きなトラブルもなかったから、問題になっていなかった。
けれど、こうやって不測の事態が起きた時、確かに自分は騎士たちの命を危険にさらしたのだと。
それが恐ろしく、申し訳なくて。
忙しいこの三人に、わざわざここまで足を運ばせてしまったのもまた、申し訳なくて。
「もうしわけ、ありませんでした……っ」
目頭が熱くて、頭があげられない。
「副官として私が諫められなかったこともまた原因。大変申し訳ございませんでした」
隣で、アダンも深々と謝罪している。
「ちが、アダン、だってお前はっ」
「結果だけみりゃ一緒だ、団長。どんな理由があろうと、治癒魔術師を第三騎士団に留めおけなかったのは、俺とあんたの責任だ。あんただけじゃない、俺もだ。それが団長副団長ってもんだろう」
びしりと言って、アダンは三人に再度頭を下げて。
「この件に関しまして、いかなる処分も謹んでお受けいたします」
「お、俺、いえ、私もですっ」
その言葉に、フィンレーは二人とも頭を上げよ、と言って、立ち上がった。
「今回の報告不備の件に関する処分を申し渡す。ライリー・ティレル第三騎士団団長、二週間の謹慎および三か月間の減俸に処す。アダン・ヴァロ第三騎士団副団長、お前は団長不在の間、責任もって騎士団をとりまわすように。加えて二か月間の減俸を命ずる。ただしこの処分に関しては内々で処理するため、他言無用を申し付ける」
「「はっ」」
それだけでいいのか、と思ってしまったが、謹慎の間にしっかり療養しろという王の温情を感じ、ライリーは頭を深く下げた。
「第三騎士団の治癒魔術師に関しては、こちらで預かる故、沙汰を待て」
「ふふ、きっとびっくりすることになるから、楽しみに待っててね」
「こちらに現在所属しているはずの治癒魔術師に含むところがあれば言いにこい。処罰に考慮を加えよう」
三人が楽しそうに言う。
そして、大事にしろよと言って退室していった。
それを茫然と見送っていると、アダンが、ぽんと肩を叩いてきて、ライリーの頭をわしわし撫でる。
ライリーはもう何も言えなくて、頭を下げて甘んじるしかなかった。
「若いってのはいいもんだなあ」
「僕たちにもあったよね、ああいう時期。でもこれで、ライリーもまた一皮むけるんだろうね」
「これに合わせて近衛と第一の調査と整理にもとりかかるぞ、フィン、ユーゴ」
王宮へ戻る三人にも、病室の二人にも、陽光が降り注いでいた。




