第9話 交渉VS王子様とおつき
やりましたよ! 深春りの四十歳、無事に捕獲されました!
心の中で喝采をあげながら、りのは薄い笑みを張り付けて二人の青年の前に座っている。
あれから、りのはなぜか無事正門までたどり着いてしまった。どこかで見つかるだろうと思っていたのだが、門をくぐって外に出ようとするまで誰にも声をかけられなかった。
いちおう経営者というかショップのオーナーで、責任ある立場であるにもかかわらず、向こうの世界でもなぜか影が薄いのである。
思わず、魔法かかったままになってないよね? と確認してしまったがかかっていなかった。ちょっとへこんだ。
さすがに、城の外へ出ようとしたら、出入りの確認をしていた門番に見つかった。
彼はりのの顔を見たとたん、真っ青になって口をはくはくさせた。
幽霊を見たかのようで、全く失礼ねといらっとしたのを薄い笑みで覆い隠した。
なんとか口を開いた門番に、しどろもどろに「ローラン殿下が呼んでいるので戻ってほしい」といわれたが、「嫌です」「戻ったら監禁されて殺されるから絶対嫌です」「まだ死にたくないので出ていきます」「というかローラン殿下ってだれですか」と、まくしたててみた。かなりの大声で。
あたりからぎゅんと視線が集中したので、この言葉はおそらく広まるだろう。
門番が涙目で、いやでもお願いします、困るんです、と繰り返すので、こちらも嫌です、困ってるのはこっちです、戻ったら殺されるから嫌です、死にたくないから嫌です、と連呼してやったら、今度はぴっかぴかの銀色の鎧みたいなのを着た騎士が二人やってきた。
そして、ものすごく丁寧に「誤解が生じているようなのでぜひご説明差し上げたい、お願いですからどうか話だけでも」うんぬんかんぬんと言われたので、少しだけゴネた。
不愉快だと思われないぎりぎりのラインまでゴネて、いかにもいやいやという感じでうなずいた。
その後、彼らに連れてこられたのが、探索の時に見た、一番奥にあったあの優美な建物の一角である。
「そなた、なぜ侍女にもかかわらず聖女のもとに来ず、一人で逃げようとした!?」
そして今、詰問されていた。
りのは何を聞かれても薄く笑っているような顔で黙っている。
その様子にさらに怒りを煽られたようで、あの時、りのを侍女だと決めつけた青年は、さらに文句を紡いだ。
いわく、聖女はふさぎ込んでしまっているのに、なぜ仕事をまっとうせず逃げようとした、とのこと。
(あー、これ、あの騎士さんたちの言ってた情報はこの子たちまで届いてないな。何も知らされずに文句言ってるわ。あの場で一番権力がありそうだったのに、情報を制限されてるってかなりうさん臭くない? でもこのひと、殿下って言われてたから、やっぱり王子様なんでしょ。うん、王子様の失態なら交渉材料にはなるよね。権力のある人の言葉は重いって相場が決まってる)
文句を言っている青年は、あの時に見たままの豪奢な金の髪にぱっちりとした晴れやかなスカイブルーの目をしていた。
いかにも丁寧に育てられている、つま先まで磨かれたきらびやかさだ。
見目は極上なのにずいぶん余裕がないんだなあとのんびり思う。
「あなた、殿下の話を聞いていますか?」
その王子様の横に立っているもう一人の青年も美しい外見をしている。
深緑のさらさらした前髪の間から、チェリーピンクの色をした切れ長の瞳がりのを睨んでいたが、ちっとも怖くない。
怜悧な表情に鋭い目つきをしてはいるものの、チェリーピンクのやわらかさがなんとも可愛らしいので。
「なんとか申してみよ!」
一通りしゃべり終わったらしい。
さて、と耳半分で聞き流していたりのは目を少しだけ細めた。
どうやらこの二人、十分な情報を集めることもせずにやってきたらしかった。こちらにしてみれば大変ありがたい。交渉がはかどるってもんである。
まずは軽くジャブだ。
「じじょ、って何ですか?」
ゆるりと首をかしげて、あえてのんびりと、困ったように聞いてみた。
案の定、二人の青年は、は? と口を開けている。
「いえ、じじょ、じじょと言ってますが、どういう意味なんだろうと思いまして」
「じ、侍女と言えば傍仕えをする者に決まっているだろう!」
「つまり、主人に仕えて身の回りを世話するひと、ということでしょうか?」
「しらばっくれるな!」
「しらばっくれるも何も……私、そのようなお世話をするひとではありませんよ?」
しれっと言ってやると、もう一度二人の口がぱかんと開いた。
「初めて会った子に仕えるも何もないと思うんですが」
「初めて!?」
はい、と頷いた。
というかお茶くらい出してくれないかな。あ、この子たち私がご飯もらってないことも知らないのか。それも使えるな。きょーはく材料一つゲット! と内心でにんまりする。
「で、ですがあなた、あの時聖女様をかばっていたでしょう?!」
「あのとき、床に倒れていた子のことでしょうか。というか、聖女様って何ですか?」
困ったようにもうひとつ、ジャブ。
さあ思いだしてくれ、私はこの世界のひとから何も説明を受けてないよ?
「せ、聖女とは……」
「まあそれはどうでもいいです。私には関係のないことのようですので」
ペースをこっちのものにするため、あえてぶちっと相手の言葉を遮ると、え、という顔をする。たぶん、そうされた経験自体がないのだろう。
そうだね、君らいいとこの子っぽいもんね、大事にされてきたんだろうしね。
だが、ここで押さなければと、りのは自分には関係ないとあえて断言してみせた。
「ここがどこかも、あなたたちが誰かも知りませんが、目の前に倒れている子どもがいて、知らない大人の男たちに取り囲まれていたら、ひとまずは子どもを守ろうとするものだと思うのですが。少なくとも私のいたところでは、それが道徳であり倫理であり、大人のすることです」
ここでは、あなたたちにはそういったものはないんですか?
ぐっと二人が息を詰まらせたのを見て、りのはよしよしいい感じだと思った。
二人とも見かけこそ大人っぽいが、話した感じや表情にはまだあどけなさを強く残している。
こちらの成人年齢が何歳かは知らないが、なんかこう、新人アルバイト君を相手にしているような感じだ。実務や交渉に慣れていない印象である。
そのうえにこの二人、日ごろから周囲の人が自分の言うことを聞いてくれる立場にいるのだろう。初対面の時にも思ったことだが、自分の意見は必ず通ると当たり前のように思っている、かわいらしい傲慢さを感じる。
そもそも、本来なら謝罪しなきゃいけないのに尋問から入っているのだから、交渉としてはマイナスもいいところだ。まああえてりのが煽ったところもあるが。
ここから、さらに罪悪感を植え付けてこっちの要求を呑ませよう。この二人の若さなら、罪悪感を持たせることはたぶんできるだろう。
そう思って口を開こうとしたとき、ドアの外から声がした。
「失礼いたします。宰相閣下がお目通りを願っておられますが、いかがいたしましょう」
あちゃー、本命来ちゃった感じかな?
もうちょっと話を進めておきたかったのにと思いつつ、りのは王子様の許可を得てドアから入ってくる一行を眺めた。




