第89話 戦いの記憶
今回の討伐は、コルネリア領とノルフォード領の接するあたりで行われた。
ロード山脈ほどではなくとも、ここにも深い森があり、そこにヴォルカンマンティコアが出現したという情報が入ったのだ。
その話はノルフォード領の冒険者ギルドからもたらされ、ノルフォード侯爵の元まで話が上がった。冒険者だけでは討伐は難しいという判断で、コルネリア領との共同依頼ということで第三騎士団に話が来たのである。
マンティコアは、体はライオンで人に似た顔を持つ薄気味悪い魔獣で、知能が高く討伐難度は高い。
ヴォルカンマンティコアは火属性で、体毛が火のように燃えており、口から吐く溶岩ブレスで辺りを焼き尽くす、攻撃力の高いマンティコアである。
ライリーは、第三騎士団の治癒魔術師はいないという前提で動いているので、とにかく念入りに計画を練った。
十分なポーション類を準備し、十分に作戦を練り、現地までの進軍もできる限り負担がないように計画を組む。
それだけしなければ危うい魔獣だと判断していた。
万全の用意をして挑んだヴォルカンマンティコアは、やはり強かった。
小さな傷や火傷がライリーやアダン含め、騎士たちに積み重なる。
それでも、ローテーションを組んで地道にマンティコアの体力を削って、とどめを刺すべき時を見計らっていた。
ところが、ここで戦況が一変する。
ヴォルカンマンティコアと相対しているときに、運悪くシャドウアラクネとかちあってしまったのだ。
シャドウアラクネは、名前の通り蜘蛛型の魔獣だ。蜘蛛の体に八本の蜘蛛の足、だがその中央にある顔は人間に近い。しかも美女のような形態をしていて薄気味悪い魔獣である。
こちらも討伐難度は高い。闇魔術を使い、気配を感じさせずに動くため、攻撃が読みにくいのだ。闇魔術を用いた身体硬化にも長けていて、生半可な攻撃では傷さえつけられない。
何とか避けられないかと一瞬ライリーは思ったが、常には青い複眼が真っ赤になってこちらを見ていて、興奮状態にあることがわかった。
これは避けられないと覚悟を決めた。
いきなり現れたシャドウアラクネに、現場は大混乱に陥った。
ライリーはしかたなく、騎士の三分の一を副団長のアダンに託してこちらと分断させ、自分は残りの騎士たちと共にヴォルカンマンティコアの討伐へ集中した。
激戦の末、なんとか後ろの右足を切り落とすことに成功したが、自分をそこへ導くためにひとりの騎士が囮となり、背中を、そして返す爪で胸を切り裂かれた。
心臓に剣を突き立てて何とか倒し、崩れ落ちたヴォルカンマンティコアの頭の近くに降りたら、最後のあがきで溶岩ブレスを吐いてきた。
獄炎から守ろうとひとりの騎士がライリーを弾き飛ばして、ライリーは何とか逃れたが、彼はブレスを避けることができず、背中を焼かれて倒れ伏した。
やっとヴォルカンマンティコアが息絶えたと思ったら、彼らを治療する間もなく、シャドウアラクネのほうがこちらへ向かってきた。
シャドウアラクネは、まず群れの一番強いものを狙って食う魔獣だ。アダンたちには牽制だけさせていたから、ヴォルカンマンティコアを屠ったこちらに注意が向いたのだろう。
団長の体勢が整うまでの時間を稼ごうと足止めにまわった騎士が二人、アラクネの糸と足につかまり、腹と肩を食いちぎられた。
その合間に何とかライリーはシャドウアラクネの方に向かおうとしたのだが、アダンやその場にいた騎士たちともども、アラクネの八本もある足にそれぞれはじかれた。一人は運悪く、戦闘で倒れた大木の枝に貫かれ、ライリー自身も頭を強く打ってしまった。
くらくらする頭を抱えているうちに、アラクネの糸につかまり、口元まで引きずられ。
「そうだ…………アラクネの、口に、」
「団長! まだ思いださなくていい!」
左半身に食いつかれる激痛の中で、ライリーは思ったのだ。
好機、と。
「噛みつかれた隙に、たしか、剣を、奴の目に、」
突き立てて、アラクネが暴れて、弾き飛ばされて、そこで。
「アダン! やつは……シャドウアラクネは!!」
「討伐完了だ!!」
悲鳴のように叫んだ声に、アダンが大音声で答えた。
その声の大きさと、内容に、がちりと体が固まった。
「…………本当か……?」
「嘘ついてどうすんだ。あんたがアラクネの魔力核である一番大きな目を貫いて壊した。奴は魔力を失い、身体硬化が切れた」
シャドウアラクネはとにかく硬い魔獣だ。魔力が大きく、その大部分を口の強化と、身体硬化に使う。だから剣や槍ではダメージを与えにくい。だが、その魔力が切れてしまえば。
「身体硬化が切れてからは早かったぜ。やつの足を落とし、残りの目を潰して終わりだ」
「そう、か。――――倒せていた、か」
ほっとすると同時に、さっきまで感じなかった激痛が走った。
げほげほと咳込んでいると、アダンが薄青の目で覗き込んできた。
ライリーは、覚悟を決めた。
「アダン副団長。――――騎士団の、被害は」
囮になってくれた騎士、自分の代わりに溶岩ブレスを浴びた騎士。
足止めのために食いつかれた騎士たち。ともに弾き飛ばされた騎士たち。
絶望の波が足元に忍び寄ってくる。
そんなライリーを覗き込んで、アダンはにやりと笑った。
「被害はゼロだ」
は?
よっぽど間抜けな顔をしていたのか、アダンがぷはっと吹き出す。
「よく聞け団長。被害者はゼロ。一番重傷で死にかけてたアンタが生きてるんだぞ? 他の騎士も、全員連れて帰ってきて回復してるぜ」
走馬灯のように、地に倒れ伏した騎士たちの姿が脳裏に流れていく。
だって、あれは、
「嘘、だろう?」
「嘘じゃない」
「だって、あれは、致命傷だった」
背中と胸を切り裂かれた騎士の傷口から見えていた白い骨。
ブレスに焼かれて爛れたのは背中一面だった。
シャドウアラクネにかみつかれた腹も、肩も、あれは、
「……そうだな。あいつらも致命傷に近かった」
いつもはずしんと腹の奥に響くバリトンが、どこか柔らかい。
「一番傷が重かったのはあんただ。左腕はほぼちぎれてて、腹は半分持ってかれてた。左足も」
「それは助からんな」
「あんたのことだよアホ団長」
真面目に答えたのに……。
「正直に言えば、一度は諦めた。あんたの兄弟たちも呼んだ。みんな、諦めた」
だがな、団長。
「ひとりだけ、諦めなかった人がいた。お前を治させろって、すごい剣幕でロゼリアに食ってかかってな」
薄い青の目が、そっと細められた。
「異世界人の、リノア・ミハイル様。あのひとが、あんたと、騎士たちを助けてくれた」
はくりと、ライリーはひとつ息を飲み込んだ。
衝撃で頭が回らない。
なぜ異世界人が、ここに?
「異世界人……? 聖女様ではなく……?」
「そうだ。なんか、ふしぎな魔術を使ってな。それでもあんたの治療はものすごく大変そうだったが」
なぜ、異世界人が。
繰り返し思って、ぴんと頭の回路がつながった。一気に状況がつかめてくる。
「ああ、そうか、ロゼが」
妹のロゼリアは、異世界人の護衛についていると、この間の食事会の時に聞いていたではないか。
とても不思議な人です。
そういったロゼリアは確かに笑っていた。
自分を何よりもまず騎士と認めてくれた人で、ロゼリアにとって守りたい人で、きっと大事な人だ。
「その縁で、来てくださったのか……」
「イェルセルが言っていた。団長も、他の五人も、おそらく治癒魔術でも助からなかったか、助かっても騎士として復帰はできなかっただろうと。あんたにいたっては、生きてたとしても体が動かせなくなってた可能性の方が高かったらしい」
「そう、か」
「だから言ってた。奇跡だとさ」
奇跡でもなんでもいい、あんたもあいつらも、生きててよかった。
そうつぶやいたアダンの声が柔らかく病室へ響いた。
今日はここまでとなります。
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