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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第87話 クロックマダム


「よし、ちょっと何か食べてから、王様たちのところに行こう。お昼、何食べようかなあ」


 私室にしている寝室を出てキッチンへ向かいながら、お昼のメニューについて考えた。寝室の入り口で護衛してくれていたロゼリアもついてくる。

 いろんなことがありすぎたが、何にせよ食べることは大事だ。一人暮らし歴が長いので、こういう頭の切り替えはお手の物だったりする。


(簡単ランチってやっぱりお米か麺がほしいよねー……。パスタくらいならできるかなあ。あー、でもたしかパスタ用の小麦粉がいるんだっけ。じゃあうどんとか? あれは時間がかかるから、もうちょっと落ち着いたら作ろうかなあ)


 キッチンについてみると、レノアもメイドたちも出かけていて、しんとしていた。

 ロゼリアに、ちょっとランチには早いけど食べられそう? と聞くと、問題ありませんと笑顔が返ってきた。

 ロゼリアも昨日は大変だっただろうから、簡単でもおいしいものを食べさせてあげたい。自分もおいしいものが食べたい。


 冷蔵庫と肉類専用の小さなマジックバッグの中身をざっと見ると、フルーツ、卵、種々の野菜とフルーツにチーズ、ヨーグルトに、クイーンオークやコカトリスやデミバハムートの肉類。ストッカーには、昨日の朝持ってきてもらったサワードゥのパンや調味料類。


「う~ん……」


 なんかぴんと来ないなあ、と思いながらもう一度冷蔵庫を開けて小さなマジックバッグの中身を確認すると、ひっそりと隅の方に蓋をした小鍋があることに気が付いた。


「?」


 なんだこりゃ、と思って出してみると、中には、とろりとした薄黄色のなかに、オレンジのニンジンや緑のブロッコリー、白いお肉が沈んでいる。


「あ、一昨日の晩御飯にしたチキンクリーム、じゃなくてコカトリスクリームシチューの残りだ」


 生クリームをたっぷり入れて、コカトリスのお肉もたっぷり入れて、お野菜もたっぷり入れて、リッチな味わいのシチューにしたのだった。

 おいしそう。これとパンでもいいかな。あ、こんな時こそあのメニューでは?



「そうだ、クロックマダムにしよう」



 デイドレスが汚れないように、大きなエプロンをしてから、りのは料理にとりかかった。

 小鍋にお湯をわかし、そこへお酢とお塩を少しいれる。お湯をぐるぐるかき混ぜて渦を作り、そこにわり入れた卵をそっと落とす。あくをすくいながら「鑑定」で見て、良きタイミングで引き上げれば、白身がぷるぷる、黄身がとろとろのポーチドエッグの完成だ。

 ポーチドエッグは水に放っておいて、今度は小鍋のシチューを温める。少しだけ水に溶いた小麦粉を加えてとろみを強くした。

 パンを厚めに切り、少し中央をへこませて、そこにシチューをそっと入れ、上からチーズをたっぷりかけてオーブンへ。

 トーストを焼いている間、ポーチドエッグを引き上げて水を切っておく。

「水球」で野菜とフルーツを洗ってこっちも水切りし、頂き物の大きめの木のプレートの端に、真ん中を大きくあけて盛り付けた。


「いいにおーい! 焼けたかな?」


 オーブンから出した、チーズの焦げ目も香ばしいトーストの上にそっとポーチドエッグをのせて、少しだけ胡椒を振る。出来立てのそれを、木のプレートの中央に置いて、っと。



「クロックマダム風トーストのブランチプレート、完成!」





 ロゼリアがテーブルセッティングをしてくれていたので、木のプレートを運び、二人でランチにする。

 そっとポーチドエッグにナイフを入れると、黄身がとろんと流れてきた。何度見てもわくわくする風景だと思う。


(ハムはともかく、ベーコンは早く作りたいなあ。こういうさっとご飯したいとき、ベーコンやウィンナーってほんと便利だったんだなー)


 とろりとした黄身を、シチューの中のコカトリスのお肉にからめて、パンと一緒にナイフで切って口に運ぶ。


「んん~~、おいしー!」

「優しい味がしますね……」


 焦げたチーズの香ばしさとクリームシチューのなめらかさが、何ともいいバランス。塩気もちょうどいいし、黄身にこっそり混ざっている胡椒もいい感じだ。堅めのパンも、シチューと一緒になるとちょうどいい柔らかさでおいしい。酸味もシチューのクリーミーさに紛れて気にならなくなっている。


「シチューも時間を置く方が味に深みが出たりするのかなあ? いや、生クリームとか乳製品は痛みやすいからおいちゃだめだわ。マジックバッグだから大丈夫だっただけかも。というか、レノアがその辺も考えてマジックバッグの方に入れといてくれたのかもね」

「ああ、それはそうかもしれません。ミルク類は悪くなりやすいですからね……」


 ロゼリアが遠い目をしている。


「そうなのよね、ちょっと油断してるとあっという間に悪くなっちゃうの」

「冷蔵庫に入れてもそうですし、遠征に使うマジックバッグは時間停止のかかっていないものもあるので、間違ってそちらに入れてしまうとなかなかひどいことになります」

「うわ~~~、悪夢……」


 マジックバッグを開けたら悪くなったシチューの匂いとか。


「しかも、遠征中はあまりまともな食事はとれませんので、せっかくのシチューが惜しくてですね……」

「え、まさか食べちゃった人とかいるの?」


 ロゼリアが苦笑する。


「体調を悪くして、それ以上の進軍を止められていましたね……私の隊の隊長です……」


 ぶほっ。


 口からストリームしそうになって、すんでのところで止めた。気合と根性だ。しかし咳までは止められずごほごほしていると、慌てたロゼリアがトントンと背中を叩いてくれた。


「ご、ごめ……けほけほ」

「こ、こちらこそ申し訳ありません、そんなに驚くとは思わず」


 どういうこと? そんなトンデモ隊長さんがいるって、普通は驚くでしょ?

 疑問に思って聞いてみると、ロゼリアの隊の隊長は、非常な有名人らしい。ロゼリア自身も「ティレルの姫騎士」という名で有名だが、そんなロゼリア以上に名が知られているという。


「隊長は、その、非常に、細かいことを気にしない女性で。力任せといいますか、豪快といいますか。大変強く、剣さばきも巧みで、王妃殿下の専属護衛なのですが、その」


 言いにくそうに説明してくれたことをまとめると、どうやら非常な脳筋らしい。書類は無理、身体強化以外の魔術も無理、貴族女性としてロゼリアさえ修めている刺繍類もからきし無理。そのかわり強さは本物。

 ついた二つ名が、「ティトルアンの暴走女騎士」だそうだ。


「暴走……」

「いえ、本人はきちんと考えて戦っているのです。無茶をするのではなく、全体の指揮をとれるよう位置取りもしてます。それでも、その、あまりの強さで、見ている方からは暴走しているようにしか見えないといいますか……」

「ソ、ソッカア……」


 なんとフィリベルの妹だそうだ。


「うーん、これから陛下に会いに行ったら、きっといるよね、フィリベル副団長。――――私、笑っちゃいそう……」

「リン、それはお願いですからこらえてくださいね。フィリベル卿に知られたら、確実に隊長に話が行ってしまいます……!」

「うん、がんばる、けど……っ」

「えっと、逆に隊長の怖いエピソードなどを話せばいいでしょうか? そうすればフィリベル副団長を見ても大丈夫ですか?」

「それは情緒が迷子になるので遠慮します……!」



 昨日の午後からの、怒涛のような一連のできごとが嘘のように、ロゼリアが笑っている。

 それがりのにはとても嬉しかった。

 もし自分が何もしていなかったら、このきれいなかわいい笑顔はきっと見られなくなっていた。


(きつかったけど、頑張ってよかったなあ)


 達成感のような、安心のような、ほんわりとあたたかい気持ち。

 りのも一緒になって笑った。



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