第86話 寝室のヒミツ
ロゼリアと一緒に、与えられた王宮の私室にりのは戻った。
大分慣れてきたとはいえ、この国の王様に会うのだから、身支度は必要だ。昨日から着の身着のままなので、着替える必要もあった。
「クリーン」で不快感はないのだが、外からはわからないのだから仕方がない。
りのは一人で寝室という名のプライベートルームへ入った。
りのがこちらで主に来ている服は、いわゆるデイドレスというやつである。といっても、コルセットやバッスルが必要となるようなスタイルのものはほとんどない。夜会や晩さん会に出る必要が出てきたら用意しなければならないのかもしれないが、今のところりのが出歩くのは昼間のみだし、華やかなお茶会などに出るわけでもないので、そこまでのドレスは固辞した。
そのかわりに、着やすく、軽く、シンプルなものが着たいとお願いして用意してもらったものたちだ。ほぼワンピースである。
今日選んだのは、浅めの紺のワンピースに、金と白の糸で刺繍がしてあるもの。謁見用に、少しだけ豪華になっている。これはイリットとメリルが見繕って用意してくれたもので、上質のシルクとリネンでできていて非常に軽く動きやすいのだ。
スカートは足首までと長めだが、Aラインで、少しドレープが入ってふんわりしている程度で動きやすい。袖もぴたっとしているわけではなく、余裕があって着やすくなっている。ウエストの少し上、アンダーバストの下に少しだけ絞りが入っていて、同色の布でベルトのようにウェストマークがついていた。
このウェストマークと、スクエアの襟元、そしてスカートの裾にぐるっと、鳥の羽を抽象化したデザインの刺繍がとりまいていた。浅いとはいえ紺地なので、金や白の刺繍は非常に映えて、華やかな印象になっている。
スカート部分をぐるぐるとたくしあげ、ばふっと頭を通し、袖に腕を入れれば、着替えは完成!
上半身で少しタイトなところもあるが、そこはじっくりと体を押し込んだ。
少し歪んでいる鏡を見ながら、しわを伸ばしたりウェストマークの位置を正したりしておく。細かいところはあとでロゼリアにチェックしてもらえばいいので、非常に適当である。
それにしても。
(いやまさか、鏡がほしいって言って喜ばれるとは思わなかった……)
ひとりで着替えをする関係上、全身を映す鏡があれば部屋にほしいと言ったら、なんかすごく豪華なフレームの鏡がうやうやしく運ばれてきて、りのはびびった。
後で聞いたところによると、この世界での鏡は非常に高価なのだという。
そこでりのははっとした。そういえばこの世界、ガラスの発展がイマイチだったわ、と。
大きいガラスを作るのも、透明なガラスを作るのも、この世界では非常に手間のかかることで、そのガラスに銀を貼って鏡にするわけだから、そりゃあ高価になりますねという話。
なぜ喜ばれたかというと、りのがあまりにも買い物をしないので、予算が減らされるところだったからだ。
もう一人の聖女の方は、折につけドレスや宝飾品を購入し、そこそこ予算を使っているという。
(まあたぶん、佳音ちゃんの意志じゃなくて、周りの人たちが買ってるんだと思うけどね)
使わないなら減らせと、主にダルクス派の経理関連の仕事をする文官たちに突き上げられそうになっていた、と聞いて、りのも反省した。
それで、この間、香辛料や薬草やお肉類をいろいろ買ってみたのだが、アルフィオに「余剰金は全然減っていないので、できればもっと買い物をしてください」と言われてしまったのだ。大銀貨八枚がはした金ですかそうですか……。一体いくらの予算があてがわれているのか、聞くのも恐ろしい。
そう言われても、欲しいものなんてあんまりないしなあ、とぐずぐずしていたのだが、ふと思いついてお願いした鏡が、まさかの超高級品。
(こういう価値観の違いって、疲れるけど面白いよね……疲れるけどね……)
それから、こちらの世界に持ってくることのできた、アンティークイヤリングをピアスに仕立て直したものと、細い金鎖をつけた。
それほどジュエリーに詳しくはないが、このピアスはゴールドの葉っぱが数枚重なった上に真珠がラインになっているデザインが可愛くて、頑張って仕入れたものだ。はじめはお店に並べていたのだが、だんだん惜しくなってきて、結局自分のものにしてしまった。
金鎖の方は、大変地味だが手の良い繊細なつくりで、母からもらったものである。目立ちはしないが肌馴染みがよく、ところどころできらりと光るのがきれいで気に入っている。
全体的に、青と金という、フィンレー王にこびまくったカラースタイルになっているのが面白い。
(どっちかというと、難癖付けに行くというか、問題を持ち込んでるというかなんだけど。私きっとトラブルメーカーだよね、あの人たちにしたら)
まあ攫ってきた責任はとってもらおう。
とはいえ、情状酌量の余地はあるから、差し入れくらいはしておこうかなあ。
りのは、それがまたプレッシャーになるだろうと、イヤらしい笑いを浮かべた。ささやかな嫌がらせである。
そして、軽く化粧。化粧品は向こうのものをフルで持ち込んでいるので、遠慮なく使う。
これで身支度は完成だ。
最後にりのは、そっと「ステータス」と唱えた。
午前中に仕込んでいたことを確認するために。
【名前:リノア・ミハ●▲●◆●●◆■】
【年齢:▼●▼●】
【職業:聖◆/異世●●◆の渡り●】
【魔術適性:全】
【体力:▼▲▼】
【魔力:▼▲▼】
【ギフト】
【言語●■ Lv.▼】
【■● Lv.▼】
【創▲魔術 Lv.▼】
【スキル】
【料理 Lv.▼】
【魔力●作 Lv.▼】
【魔■●◆ Lv.▼】
【火魔術 Lv.▼】
【水魔術 Lv.▼】
【風魔術 Lv.▼】
【土魔術 Lv.▼】
【光魔術 Lv.▼】
【闇魔術 Lv.▼】
(うん、表示変換がうまくきいてるみたい)
アダンと話をした後、りのは一度寝ていた部屋に戻り、気になったステータスのチェックをしていた。時間が余りなかったので、本当に気になったところだけ。それが、創造魔術の「ステータス」の後ろに書いてあった「表示選択」という項目である。
表示を選択するってことは、ステータスの一部だけを表示する、あるいは一部を表示しないということができるのでは?
そう思っていろいろ弄ってみた。
その結果、隠したいところは非表示に、表示するところも、なんと虫食いのように、ウェルゲア語とペルシャ語を混ぜて表示させることに成功したのである。
筋書きはこうだ。
ロゼリアについて第三騎士団棟に行って必死に治療したら、なんかいろいろな魔術? が使えるようになったみたいだ、と申告する。
自分の中で何かが変わったような気がする、とうそぶいたりして、再度「鑑定」をするように誘導。
そして出てくるのが、この一部だけ読めるようになっている「鑑定」結果である!
(名前と職業を見れば、一部だけがなーぜーか読めるようになったということになって、たぶん聖女認定は降りるでしょ。「聖」ってでてるし。これでも文句が出るようなら、折りを見て少しずつ読めるところを増やしていこう)
ギフトの言語関連とスキルに関しては、隠す意味がないので開示。ただし、レベルは何が普通なのかよくわからないのでひとまず隠す。体力と魔力の数値も隠しておく。特に魔力は多すぎる。ウェルゲアの魔術師団長を越える魔力量なんて、トラブルを連れてくる感じしかしない。
そして、「創造魔術」については、詳細は隠しておくが、ギフト名は開示する。
(私の中では自分で作った魔法のことだけど、詳しくはわからないから、魔術師団の人たちと一緒に検証したいんだよね。違う視点が出てくれば、そこから私では思いつかないような魔法を作れるかもしれないし、それが送還魔術につながるかもしれないし)
そう思って表示に工夫をしてみたのだ。何ともチープな作戦だが、秘匿してきた情報を開示するのだから、インパクトで多少の違和感は流されていくだろう。と、思いたい。
少し時間を置いてもきちんと表示が選んだままになっているかを確かめたかったのだが、これなら問題なさそうだ。
聖女だと認定されれば、周りからの干渉は強くなるかもしれない。そのために、今のうちから打てる手は打っておこう、とりのは軽くこぶしを握った。
今日はここまで!
お読みいただきありがとうございます。




