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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第85話 聖女の回診


 りのは裏庭でアダンと別れ、一度寝ていた部屋に戻って少し仕込みをしてから、今度は第三騎士団の三階をめざしていた。

 そこにロゼリアがいるはずなので、状況を確認しようと思ったのである。

 てろてろと階段を上がる。

 少し息切れがして、体力つけなきゃ、と心のメモに書いた。ちょっとは上がっていたが、まだまだ一般人の域を出ていなかったし。


 昨日とはうってかわって静かで明るい三階の、一番奥の部屋には、美しいプラチナブロンドの患者と、その弟妹が二人。


「あ、リン」

「ロゼ、おはよう。朝ご飯食べた?」

「おはようございます。先ほど、兄と一緒に軽く頂きました」


 ね、というように隣にロゼリアが視線を向けると、艶っぽいカーマインの目の男性が頷いた。

 たしか、えっと、名前は、


「改めまして、この世界とウェルゲアの光と並ぶ尊きお方にご挨拶申し上げます。私はデュラン・ティレル。ティレル辺境伯家三男で、ロゼリアの兄、そして昨日癒していただいたライリー・ティレルの弟でございます。兄の命をお救い頂き、本当にありがとうございました」


 ものすごく丁寧な礼をされて、りのは思わずひいてしまった。

 今まで、ここまで大げさな誉め言葉も挨拶もされたことがなかったので。

 昨日、彼らの長兄がここまでじゃなかったのは、人目もあったし、りのの立場を慮ってくれていたのだろう。

 でも、ここには人目もないし、何より、欠損もふくめて彼の兄の治療をしたから。


(うう、重たいなあ……ああ、でも、これからは覚悟して引き受けなきゃいけないのか)


 今まで聖女ではないからとスルーされていたからこそ感じなくてすんだ、尊敬と裏表のプレッシャーは、ひどく重かった。


「……ご丁寧にありがとうございます、デュラン・ティレル様。リノア・ミハイルです。ロゼリア卿には大変お世話になっております」

「助けてもらっているのは私もです、リン。ライ兄様を助けてくれて、本当にありがとう」


 きれいな孔雀の羽根の色の目を潤ませて、ロゼリアが嬉しそうに笑った。


(レア! ロゼの満面の笑顔、超レア! かーわいい~!)


 内心大騒ぎしているりのの前で、デュランがとろけそうな笑みで妹の頭をよしよしと撫でている。


(あ、この人シスコンだわ、間違いない)


「リン、朝食はとりましたか?」


 幸せそうな兄の顔を眺めていると、ロゼリアからそんな質問が飛んできたので、まだ、と短く返した。部屋で食べたのは朝ごはんではなく虫抑えだから嘘はついてないです……インベントリは内緒のことなので……と内心で言い訳をした。


「それで、陛下にお会いする前に一回部屋に戻って、ご飯を食べたり着替えたりしようかなって。その前に、患者さんの確認をさせてほしいの」

「わかりました」


 そっとベッドに寄って、まず患者さんのきれいなプラチナブロンドの頭にさわり、「鑑定」を発動させる。

 それから左腕、左太もも、そして脇腹。昨日治療したところに触れ、状況を確認した。


(うん、今のところ大丈夫そうかな。体力と魔力はまだ回復してないし、貧血がまだひどいのが気になるけど。造血ポーション効いてないのかな? 私なんかミスった?)


 そこへ、イェルセルがやってきた。


「あ、イェルさんおはようございます」

「おはようございます、聖女様。昨日は誠にお疲れ様でございました」

「あー……聖女かどうかはまだよくわからないので、リノアと呼んでください。話し方も楽にどうぞ。昨夜、患者さんたちに変化は?」

「ではお言葉に甘えて。治療してもらった者たちはみな、ぐっすり眠っとりましたよ。疲れも大分とれとるじゃろと思いますわい」

「そう、よかった。今、こちらの患者さんを診ていたんだけど、あれだけ血が流れてたから、今でも体に血が足りていないんじゃないかと思うの」

「そうじゃなあ……造血ポーションを投与しますかな?」

「悩ましいなあ、と思っていて。造血ポーションを投与することの副作用とか弊害は何かある?」

「ふうむ、あくまでわしの治療してきた患者の印象じゃが、造血ポーションを使用すると、息苦しさを訴えるものが多くありますのう」

「息苦しさ」

「はぁ、体力が戻っておらんことから来とるのかもしれませんがの」


 りのは、患者の手を握り、そっと「鑑定」してみた。主に血液の状態が出てくるようにイメージする。


(赤血球の不足、白血球の不足、血小板の不足って出てる……成分不足? 血が薄いって感じ? それで酸素を十分に運べなくなってる?)


 なるほど、造血ポーションでは、十分な機能を果たす血液を作ることは難しいということなのだろうとりのは思った。

 失血を補えるだけの造血ができるだけでも非常に大きいが、ここはこれからの造血ポーションの改良ポイントかもしれない。

 現段階で、薄い血液をいくら増やしても貧血は改善されないだろう。ということは、造血ポーションは不要だ。

 血液を健康にするイメージで「ヒール」や「リカバリー」を使えば治るだろうかと考えてみたが、どちらもぴんと来ない。イメージが大事なのに、自分が確信を持てなかったらそれは無理だろう、と判断する。


「うーん、あまりポーションに頼るのもよくなさそう」

「ほう? お前様の国にもポーションはありなさったのかの?」

「なかったよー。そのかわり、薬学と医学はすごく発展してたの。向こうの薬は適量がきちんと決まってて、足りないのも多すぎるのもよくないってされてた。薬もポーションも大切だし便利だけど、自分の力で治っていくことも大事だと思う」

「そうですのう。関係があるかはわからんが、大怪我をポーションで治した患者は、しばらくは病を得やすいように思いますしのう」

「ああ~~」


 そうでしょうねえ、白血球足りてないってことは感染症にかかりやすいってことだもんねえ。


「うん、食事と睡眠で体を戻す方がよさそう。病を得ないように、しばらくここで隔離したほうが良いと思うんだけどどうかな?」

「わしもそう思いますわい。ならばそういう方向で整えましょうかの。あの御仁、治る前に動きだしたりしますので、こっちできっちり見張る方がよろしいでしょう」

「お願いします。ここからはイェルさんにお任せしたいと思うけど、ちゃんと腕が動くかなとか、治療したところが気になるので、私も時々見に来ていいかな?」


 イェルセルが細い目をかっぴらいてりのの手を握りしめてきた。


「ぜひとも! ぜひともお願いしますじゃ!!」


 アッこれヤバいやつ、ユーゴ様やゼノン隊長と同じ目をしている……!

 一瞬うわっと思ったりのだが、ここで引くわけにはいかない、とにっこり笑って、こちらこそ、と返した。

 この人とはいい関係を築きたい。


 弾むようなステップで、他の患者の様子を見に去っていくイェルセルを見送って、あ、もうひとつ手をまわしておかなきゃいけないことがあった、とりのはロゼリアの横に佇む青年に目を向けた。

 ロゼリアと同じ、青みがかったプラチナブロンドだが、ロゼリアの緑の目に対して、彼は鮮やかなカーマインの目をしていた。深紅よりもほんの少し茶がかった深い色の目は少したれ目気味で、それがなんともいえない色気を感じさせる。


(ゼノンさんはめっちゃ中性的だったけど、この人はしっかり男っぽい色気ねー。まだ青いけどそれもまたいいわぁ)


 四十代のりのには、若々しく荒々しい色気もまた好ましい。


「ええと、デュラン・ティレル、卿?」

「どうぞデュランとお呼びください。私は文官ですし、ティレルでは妹や兄と重なりますので」


 にっこりと笑う。

 ロゼリアと似た顔立ちだが、当然ながら印象は大分違うので、りのはその色っぽい笑みもさらりと流して、用事を片付けることにした。

 それに、この色気のある青年が幼いころ、蜂に刺されてお尻をまるだしにされたという事前情報があるので、どちらかというとかわいい子が大きくなったのねえ、という印象になる。


「ではデュラン様、一つお伝えしたいことがあります。ティレル家の立場についてのお話です」


 す、とデュランの顔から表情が落ちた。

 ああやっぱりこの人、妹をはじめ兄弟には甘いけど、よその人には興味ないタイプっぽいね、と思う。

 昔、こういうタイプのお客さんがいたのだ。好きな画家の作品には甘々ラブラブだけど、他の画家の作品には一切興味を示さないひと。それは好みなので全く問題ないのだけど、彼女は他の画家の作品をけちょんけちょんにけなすので、りのも疲れてしまった。さりげなく距離を置き、彼女の好きな画家の展示会だけ案内を送っていた。その人と同じ匂いを感じる。興味のあるものとないものへの差が大きい人だ。


「私はこれから、陛下とアルフィオ様のところに行って、昨日のことを報告します」


 カーマインの目が、温みのない目でりのを見ている。


「ロゼリア卿に届いたあなたの手紙を見たこと、そしてここへ来たこと。嘆くロゼリア卿を見て助けたいと思い、ティレル団長を治したことを、すべてお話する予定です。もしこの話が広まれば、私とのつながりなどを探られるかもしれません。お家の立場としてそれを望まないのであれば、陛下とアルフィオ様にそのようにお伝えし、関わらない方向で話を整えてもらえるよう、私からもお願いするようにします。逆に、これを機に関係者との連携を強めたいのであれば、筋書きを立ててご連絡ください。私自身ができることはそこまでかと思いますので」

「リン」

「ごめんねぇロゼ、たぶん今までもロゼにはそういうのあったと思うけど、」

「リンが気にすることではありません」


 強い目力で見てくるロゼリアに、破顔して。


「うん、ありがと。それが護衛騎士のお仕事の一つなんだろうし、ロゼはその辺も勉強してるんだろうし、ロゼ以外の護衛騎士さんはいらないかなって思うので、これからも巻き込んじゃうだろうけどよろしくね」

「はい!」


 あらためてりのはデュランを見た。


「ご家族でお話しなさって結論をお伝えいただければ、私からアルフィオ様にお話しますので、よろしくお願いしますね」


 軽く膝を折ってあいさつし、デュランに背を向けた。後ろから、ロゼリアがついてくる気配がする。


「リノア様」


 穏やかな声に振り返ると、デュランが深々と頭を下げている。


「ご配慮感謝いたします」

「友人の大好きなご家族のことですから、お気になさらず。失礼します」


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