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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第84話 第三騎士団の事情


 小声で話し出したアダンにいろいろ察して、りのはがっちりと「バリア」をかけて防音対策を万全にしたうえで、話を聞いていた。

 ぽつぽつと語られるアダンの話を聞きながら、何とも気分の悪い話だなオイ、と呆れかえっている。

 このアダンにも、ぼろぼろになって帰ってきたライリー・ティレル第三騎士団団長殿にも非のないことで、この騎士団には治癒魔術師がいないと聞いたからである。詳細はこうだ。



 先王ルトガーの妻、つまり先代の王妃であるエーファ・ジリアン・ウェルゲアは、非常に苛烈で、プライドの高い貴族主義者だという。

 ラギスロード侯爵家の出だったが、ぱっとしない国王である夫を馬鹿にしており、興味のない政治にはかかわらなかったものの、気に入った者を勝手に重職につけることで自らの権勢を保っていた。

 その最たるものが、近衛騎士団団長のアーヴィン・ラギスロードだ。

 彼はエーファの甥っ子で、太鼓持ちが非常にうまい男なのだそうだ。

 エーファは自らを大げさに称え甘えてくる甥っ子が可愛かったようで、大した腕もないのに近衛騎士団団長の地位を与えたという。

 このアーヴィン・ラギスロード、非常に権力欲が強く、他の騎士団にも己の権力を及ぼすべく、さまざまな謀略を使った。

 第三騎士団に対しては、それが治癒魔術師の引き抜きと言う形ででているのだそうだ。

 治癒魔術師を募集しても集まらない。何とか入れても、すぐに辞められてしまう。


「えー、それ、そのなんとかっていう太鼓持ちさんの命令ってこと? 条件が悪いとかじゃなくて?」

「あほう、給料はしっかり出してるわ! 正確に言えば引き抜きだな。かの御仁の関連するところに就職を斡旋されている。何人かには事情を聴くことができたんだが、どいつもこいつも口を開かねぇ」

「人質とられて脅されてるとか、親族の進路とかをカタに脅されてるとか?」

「多分な。一人だけ、そっと教えてくれた奴がそう言ってた」


 りのは思わず、クズじゃん、と吐き捨てた。

 そんな奴らのためにロゼリアが泣くことになったのが、自分でも驚くほどに腹が立った。


「というか、騎士団ってお国の機関でしょ? お国からの派遣はないの?」

「一応、いはするんだがな」


 ハッ、と乾いた笑いをこぼして、アダンも吐き捨てる。


「なぜか、遠征の前には近衛や第一から応援要請がきて出かけてたり、体調を崩したりするんだよなぁ。第一の団長は奴さんの手駒なんだろうぜ」

「あっちの手のものを潜り込ませてるってことね。っていうかそんな治癒魔術師、いっそいない方がマシでは?」

「やめさせりゃそれはそれでカドが立つ」

「……今回もそうだったの? だから、帰還後も来なかったの?」

「こっちから一応連絡は入れたが、第一と一緒に訓練中だったから聞くのが遅くなったとか言ってやがったな」

「はー、腐ってるわねー」

「なんとかライリー団長を引きずり下ろしたいんだろ」


 第三騎士団は、現王フィンレーの肝いりで第二騎士団から独立してできたという。

 王族の警護を担う近衛騎士団、王城の守護を担う第一騎士団からはともに煙たがられているそうだ。

 おおもとの第二騎士団は、国王の仰せならば文句はない、というスタンスだったらしいが。


「うちの団長は、なにせ腕利きでな。近衛も第一も勧誘をかけてたんだが、それをすっ飛ばしてかの方が第三騎士団の団長に据えたもんだから」

「悪いの陛下では? もうちょっとやり方があったのでは?」

「おう、一応固有名詞は出さねぇようにしろよ」


 近衛も第一も、剣の腕、力の強さでは第三には全くかなわないらしい。

 それを認めてはいないらしいが、嫉妬からの嫌味や妨害の日々だという。


「……それでやっていけるなんて、アトラロはずいぶん平和なのね」


 思わず冷笑してしまう。

 それで大事な兄を失いかけたロゼリアを思えば、ぐつぐつと腹が煮えたぎる。


「団長の実家であるティレル家は、ばりばりの国王派でな。奴さんからすれば目の上のたんこぶってわけだ。引きずりおろして自分の子飼いをこの第三の団長にできれば、自分の影響力がもっと強くなるとでも思ってんじゃねえかなぁ」


 アダンは不機嫌さを隠せなくなってきたりのに、煙草をもう一本くれた。

 自分も同じものをくわえながら、はーっとやるせなさそうに煙を吐いている。

 りのも煙草に火をつけて深く吸い込み、ひんやりとしたピペルトの香りで頭を冷やした。


「そういえば、近衛の副団長はティトルアンのひとだったよね? なんか陛下と仲良さそうだったけど、太鼓持ちさんは自分の権力を弱められてる気になってるのかな」

「多分な。第二の団長は元近衛の副団長だったんだが、奴に嫌気がさして辞めたお人でなぁ。だが、部下からはものすごく慕われてて、乞われて第二に復帰してんだよ」

「ああ~、いい上司さんなんだね。だから第二には手が出せなくて、第三を狙い撃ちしてる感じ?」

「まあな。それに、かの方がいろいろ手をまわして、近衛の入れ替えを少しずつやってっから、足元が揺らいで不安なんだろ」

「その辺り、あんまりやり方が上手くないんだよねえ……むしろやってるのアルフィオ様のような気もする」


 ロゼリアの前に来ていた護衛騎士モドキを思いだして、ふーっと煙を吐いた。

 アレを指名したのは、確かアルフィオだった。チクったら驚いていたから、多分あの時に初めて造反分子に気づいたのだろう。


(うん、なんというか、仕事が手の内に納まってない感じだわ。部下がいなくて全部自分でやってるかも? 信用できる部下が少ないみたいだし。そういえば文官にも情報あっさり流されてたわねえ……)


「……味方が少ないのかなあ? それとも、なめられてる?」

「どっちもだな」


 呟いた言葉に、速攻で返事がしてびっくりする。

 隣を見上げると、アダンがやるせなさそうに煙を燻らせていた。


「先代は気の弱い方で、奥方が無能どもをどんどん中枢に入れるのを拒めなかった。だから、当代様はその追い出しからしなきゃならなかった。経済の方もがたがただったから、その辺のバランスも見ながら追い出していくしかなくて、けっこうな時間がかかった」

「でも、国お……えっと、自分の派閥のひともいるんでしょ?」

「その中には表立って反対しないってだけのやつも多いんだよ。協力するかどうかは立場次第ってな」

「うわ~、過酷」

「粛清っつうか、それがけっこう厳しかったってこともあって、貴族たちからの警戒がすごくてなぁ。当代の奥方は柔軟な方でその辺の調整をしてたんだが、体調を崩されてたから」

「数少ない味方がますます減って、しかも人手不足とは……」


 りのはとても気の毒な気持ちになった。

 経営のいろいろを見たくて一般企業に勤めていたこともあるので、職場の人間関係の難しさや人手不足のつらさは多少はわかる。


「まぁでもここには関係ないわ。命かかってるのにそこを改善してないなんて、職務怠慢の極みだと思う」


 ばっさり言うと、アダンが気まずそうに顔をそむけた。


「いやまぁ……その辺はうちにも非があってだな。実は、この治癒魔術師の件、上には報告上げてねぇんだわ……」

「は?」


 それはダメでは?


「いや、わかるぜ、これはどう考えたって報告すべきことだ。だが、団長がな、自分らで何とかやれてるうちは、上にあげても握りつぶされるか、後回しにされるかだろうって言ってな」


 アダンにも、それが良い判断ではないとわかってはいるのだろう。非常に言いにくそうだ。


「それに、あのお方も右腕殿も、今までいっぱいいっぱいだったからな。これ以上負担をかけるのは忍びない、と……」

「私は戦いに関しては素人だし、こっちのことについてもあまり知らないけどさぁ、それで大きな事故が起こって死人やけが人がでたらそっちのほうが負担大きいんじゃないの? あの二人、騎士団員が死んでも気にしないタイプ……そう言う性格の人たちじゃないように思うんだけど」


 しらっと言ったひとことに、アダンがぐっと唇を噛む。

 りのはぷかーと煙草をふかしながらいろいろ腑に落ちたな―と思っていた。


(まあでも、陛下もアルフィオ様も、部下に愛されてはいるのよねー……まあ政敵も多そうだけど。ということは、やっぱり後ろ盾が王家だけでは弱いな。もっと個人とか、別の集まりとか、他のところも取り込むなりするほうがよさそう。何重にも味方を作っておこう。どっちにしろ後ろ盾は増やしたいし。じゃあまずは、ここらから、だろうねえ)


「ねぇアダンさん、今の第三の治療ってどんな感じになってるの?」

「今か? 事前準備にがっちり時間をかけて安全をできるだけ確保してから行ってるから、以前ほどけが人が多いわけじゃねぇんだ。だから、よっぽどじゃない限りポーションで何とかしてるし、それで何とかなってる」

「ふむ。現地で治癒魔術が必要になる訳じゃないんだ?」

「今のところな。いてくれりゃあなおいいが、現状では難しい」

「……ポーションで治りきらなかった患者は?」

「騎士団棟に戻ってからイェルセルたちに任せている。緊急の時には転移の魔術陣を使う許可を得てるから、戻ってきてからで何とかなってる感じだ。命さえつなげばイェルセルたちが見てくれるし、万が一の時は町からでも治癒魔術師を引っ張ってくるって言ってくれてるし。昨日は大怪我すぎてどうしようもなかったが」

「第三の騎士で、治癒魔術を使える人は?」

「一人いるんだが、まだ力が弱くてな……優秀な騎士だけに、治癒魔術の訓練をさせるのも惜しいし、ひきぬかれちまったら大打撃だ」



 ふむ。

 大分短くなった煙草を最後にもうひと吸いし、ゆっくりと煙を吐き出す。喉の奥から鼻へ抜ける、甘く静かな白ワインの香りが心地よい。

 煙がふわふわと晴れた空へ舞い上がっていく。



「アダンさん、治療の対価のことなんだけど」

「――おう」


 どこか覚悟を決めたような顔で、けれど真摯に応えたアダンに、りのはにんまりと笑った。


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