第83話 煙草と年齢不詳
※喫煙の描写がありますが、喫煙を推奨しているものではありません。ご了承くださいませ。
ぐ、と煙草の吸い口をかみしめる。直截に聞かれるとは思っていなかった。
見下ろせば、鋭い光をたぎらせてリノアが見上げている。その、年齢に似合わない圧にひるむ。
「それは……」
異世界から来た、聖女かもしれない少女に、何をどこまで話せばいいのか。
とっさに頭が回らず口ごもると、リノアはちょっと笑った。
感じていた圧がふわりと溶けて、年相応の少女の顔になる。
「……あ、ねえアダンさん、それ、煙草?」
ぽーんととんだ話題に、考える余裕を作ってくれようとしたらしいリノアの不器用な配慮を見て取って、アダンは考えを整理しながら雑談に応じた。
「ああ、そうだが」
「こっちにもあるんだねえ煙草。どんな味がするの?」
「いろいろだな。リノアの世界にも煙草はあったのか?」
「あったよ。昔は安かったんだけど、最近すっごく高くなっちゃって」
「吸ってたのか?」
んー、とリノアは腕を組んだ。
「一時期だけ吸ってた。頭をすっきりさせる成分が入ってて、仕事が佳境に入ったときの気付けというか、目を覚ますのに便利だったんだよね。まあ仕事が変わって、落ち着いたら必要なくなったから自然とやめたんだ。私の世界の煙草は体に良くない成分もいっぱい入ってたから、健康のためにもやめようと思って」
「体に悪いのに吸ってたのか? なんでそんな体に悪いもんが売られてんだよ。ってか吸うなそんなもん」
「まあそうなんだけど、若い時って、そういうちょっと悪いことをするのがかっこいいみたいなところあるじゃない。私もそれに乗っかってたんだよねえ。まあ若いころの黒歴史の一つってやつかな。――――あ、口に出すとほんとに恥ずかしいなこれ……」
少女が「若い時」を語っている。おかしなやつだなあと思って、アダンははっとした。
昨日から感じている違和感。
(こいつ、顔と中身の年齢が一致してない)
どう見たって十代の少女なのに、中身はむしろ自分に近い気がする。
さっきの圧だって、もう少し年のいった顔で言われれば自分が臆することもなかっただろうと内心で舌を打った。
「………あんた、年いくつだ」
さっきのお返しだとばかりにズバッと聞くと、リノアはにんまりと笑った。
「アダンさんはいくつ? 五十代半ばくらい?」
「ふざけんなまだ四十二だ!!」
「あら失礼、ごめんね。こっちのひとはみんなこう、大人びて見えるというか、実年齢より上に見えるんだよねえ」
「それにしたって俺が何で五十代なんだよ……どう見たって四十代だろう……」
「私の世界では立派な五十代だよ、威圧感あるもん」
ふふっと小さく笑ってから、リノアはアダンをきろりと見上げた。
「私、こう見えて年取ってるからね? アダンさんよりは下だけどさぁ」
「は? 見た感じ、十代だろうあんた」
「もうやだー。そんなに子供に見えるわけ? 私、十代なんてとっくにすぎてるんですけど!」
「………は?」
「なんかおかしいと思ってたの、こっちのひと、みんな私を子ども扱いするんだもの。でもさすがに十代はないわ、せめて二十代前半くらいでしょ!」
「いやどう見たって十代……」
「違います! まあ向こうの世界でも、私の国のひとたちは全体的に若くっていうか幼く見られがちだったけど……でもさすがに十代はきつい……」
げっそりした顔のリノアをまじまじと見たが、嘘をついている感じはない。
中身と外見の年齢が違うというのなら、昨日から感じている違和感にも納得がいく。
「……実際はいくつなんだ?」
「アダンさんの少し下だよ!」
にっこり笑ったリノアの顔に含まれたものを感じ、アダンはすまんかった、と反射で謝った。本当に四十代ということはないだろうが、近い世代ということで納得することにした。これ以上つっつくのは得策じゃなさそうだ、と判断する。
「もう、話がすすまないじゃん! たばこ一本ちょうだい!」
「あんたなあ、………まあいいか、体に悪いわけじゃねぇっつうかむしろいいもんだし………」
煙草を一本差し出すと、リノアは受け取ってじーっと観察する。
「手巻き?」
「手で巻く以外に何かあるか?」
「私のところではあったの。え、じゃあこれアダンさんが巻いたの? ありがとう」
くんくんと香りをかいで、ミントっぽい匂いがすると呟いている。
「ピペルトってぇ薬草の匂いだな。煙草の主材料だ。眠気をはらって精神を高揚させる効果がある。少しだが体力も回復する」
「へぇー、まさしく目覚ましなのね。ミントより少し鋭い感じかなぁ」
満足するまで眺めた後に、片端をするりと口にくわえ、リノアは詠唱もなく指先に小さな炎を生み出した。炎の大きさは揺らぎもしない。
見事な魔力操作にアダンが息を飲んでいる横で、すっと炎を煙草の端に寄せ、ゆったりと息を吸い込み火を移す。その仕草はいかにも慣れていて、どこか艶っぽく見えた。
(あー、確かにこれは十代じゃねえな……)
火を移した後にもう一度吸って、煙をゆっくりと肺に入れて味わっている。
すぼめた唇からふーっと白い煙を吐く。
「んー、いいね、ミント、じゃなくてピペルトの冷たさの後にレモンで爽やかさが来て、ゆっくりと甘みが出てくるの、すごく気持ちがなだらかになる感じがする。これなんだろ、葡萄にしては香りが複雑……あ、ワインか。白ワイン、かな?」
「よくわかったな。周りには俺のは複雑すぎるブレンドだって言われてるのに」
「アダンさんのオリジナルブレンドなの!? すごい、大人の男って感じがする! 他のブレンドとかも作ったりする? このブレンドが一番好きなの?」
楽しそうに煙草へ吸い付くリノアに、いくつか基本となるブレンドを教えてやりながら、アダンは急いで頭を回転させた。
どこまで、この少女、いや女性を、こっちの事情に巻き込んでいいのか。どこまで情報を伝えてもいいのか。
異世界人の持つ力は大きい。昨日見た限り、治癒魔術もすさまじい腕だ。
どこまで話したなら、第三騎士団の利になるのか。
(……いや、そんな考え方は駄目だろう。そんなんじゃあ俺もこいつを利用する側になっちまうだろうが!)
流されるままに考えていた自分の浅ましさを、内心で一喝する。
理不尽に連れてこられた女を、一方的に利用するだけなんざクズのやることだ。
アダンは感情を落ち着かせるように、一度深く煙草を吸い込んだ。
(どこまで話したら、っつうか。俺よりもよっぽど国の上層部に近いだろうこいつは。知りたいと思ったら調べられるだけのツテがあるんじゃねぇのか)
それならば、ごまかすのではなく、自分たちの立場をまっすぐに伝えたほうがよいのではないか。
どちらにせよ、だましたり、利用したりする気はないのだし。
隣を見ると、リノアが短くなった煙草の火を消して、手のひらに載せている。
何をするのかと思って横目で見ていると、手のひらの煙草にぼっと火がついた。
「あつ! 熱っつ!」
慌てて手を振っている。かすかな灰が空中に舞って、ひらひら地面に降りていく。
うえー、熱いー、とぶんぶん手を振っている様に、気が思いっきり抜けた。
「……悪い成分は入ってないから、土に埋めればいいんだが」
「早く言ってよぉ……ゴミ箱ないし燃やすしかないと思ったのにぃ……」
うらめしそうにこちらを見上げてくる目。
その目は柔らかな菫色に、鮮やかな金が混じっていた。
(「聖女の目」だ……)
身の内に、しんとしたものが通った気がした。
ひとならぬ力を持つものの前に立った時に感じるのと同じそれ。
ウソをついてもごまかしても、何の役にもたたないのだとひしひしと感じた。
「……で?」
軽やかな、けれど先ほどまでとは違う重さを感じる声に、アダンはひとつ大きく息を吸った。
今日はここまでとなります。
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