第80話 第三騎士団の夜明け
夜明けごろ。
アダンは、目の前の光景をぼうっと眺めていた。
団長をかばって倒れた二人も。
親玉までの道を切り開く先駆けとなり、大怪我を負った三人も。
魔獣の親玉に止めを刺す際に大怪我を負い、もう駄目だと覚悟した若き団長も、きっと別室で。
皆が、穏やかに眠っている、静かな光景を。
薄暮の静かな病室で、その胸が、小さく、けれど確かに上下している。
生きている。
誰一人、死んでいない。
ライリー・ティレル団長を運び込んだもののイェルセルも打つ手なしとうなだれた時に、雷のように飛び込んできた少女。
強い口調でロゼリアに迫り、たちまちのうちに治療を始めた。
治療の一環で腕をぶった切れるかと、自分とロゼリアに聞いたときはなんて外道なと憤ったが、よくよく話を聞けば甘かったのは自分のほう。騎士としてのロゼリアをしっかり見ていたのはこの嬢ちゃんの方だったとアダンは思ったのだ。
そして、ああ、いい子なんだと思った。
団長が落ち着いた後、疲れと魔力の枯渇で倒れそうになっているのをトイレまで運び、せめてもの礼に回復茶を用意しようと思った。
用意しに降りた一階には、まだまだけが人が溢れていた。
「副団長! 団長は!?」
自分自身も怪我を負いながら、団長の心配をする団員達。
今治療中だ、大丈夫だからお前らもてめぇの治療に専念しろ、と告げた。
意識のない三人と、大怪我を負っている二人に優先してポーションを使うよう指示を出してから、アダンは茶を持って三階へ上がる。
(ポーションが足りない)
ざっと見た感じ、特に重症の五人だけでポーションを使っても足りない。いろいろなところからかき集めてはいるが、貴重なポーションだ。出し渋るところもあるだろう。
専門の治癒魔術師がいれば、五人の治療を任せられるのに。ポーションがなくても助かるのに。うちで保管しているポーションを他の団員に配れるのに。
イェルセルは魔術師ではなく医師だ。魔力量が魔術師になるには足りず、医師として働いている。凄腕で先進的な治療で助けてくれているが、今回のように重傷者が多い時は、やはり治癒魔術のほうが確実なのだ。
(クソッタレ)
第三騎士団には、いろいろな事情で専属の治癒魔術師がいない。政治的なレベルでの妨害で、雇ってもすぐに引き抜かれてしまう。
アダンは何度も団長であるライリーに、国王や宰相に訴えようと言ったが、ライリーはそれをしなかった。
何とかまわってしまっている以上、動いてもらえるとは思わない、と言って。
アダンは固く手を握りしめた。
(馬鹿野郎が。団長が一人で無理してるから何とかなってただけだろうがよ)
もし専属の治癒魔術師が帯同していたら、あるいは騎士団棟に常駐していたら、団長であるライリーが死にかけることも、五人もの重傷者を出すこともなかっただろうに。
強く唇をかみしめると、ぽたりと髪の毛から青い血が落ちた。
トイレに戻ると、団長のけがを治してくれた少女は吐き終わったのか、個室から出てきて口をゆすいでいた。
顔色は悪く、ふらふらしている。おそらく、体力も魔力も底まで使い切っているのだろう。
アダンは傍によって、カップを差し出した。少しでも体力や魔力が回復したらいいのだが。
少女はありがとう、とかすれた声で、それでも礼を言ってふわりと笑った。
脳裏に、ティレル団長の手が元に戻っていく様子がちらついた。
(治せるんだ、この嬢ちゃんなら。救えるんだ、この嬢ちゃんなら)
そして、彼女の声も思いだした。
(使いつぶされたりしない、道具になったりもしない、でも友達を助けるのはそれとは違う、だから言って、と)
頼ってくれ、助けさせてくれと、ロゼリアに言っていた。
そう思いだして、アダンは膝をついた。
自分と彼女は初対面で、何の関係もない。だが、道具ではなく、一人の人として、頼むならば。願うならば。
アダンはただ、大事な仲間を助けたい。それだけだった。そのためなら何でもやれると思った。
「報酬は後日相談でいい?」
ニッと笑った彼女は、顔色が悪くふらふらしていても、とても頼もしく。
聞かれることに答えながら、アダンは確かな希望が光るのを感じていた。
そして、その結果が、生きている団長と騎士五人なのである。
あれから、彼女は疲れ切っただろう体に鞭をうつようにして、五人の治療にあたってくれた。
あまりのまずさに、「飲むくらいなら一日寝込む方がマシ」と恐れられる魔力ポーションをがぶがぶ飲みながら、自分に回復の魔術らしきものをかけつつ、的確に指示を飛ばして。
――――まずやけど! 流水で冷やして! じゃんじゃん水かけて! やけどのとこ何色になってる!? 赤、それとも白!? オッケー赤ねまだかろうじてセーフ! 台所でも井戸でも、水の流れるところで水かけといて! 体が冷えすぎないように注意してね!
うっすら濡れたハンカチの下から、黒い髪が揺れていた。
――――あっそっちの人よりもこっちの人がヤバいから先に見るわよ、イェルさんさっきと同じ、体力回復させながら造血ポーション、ある程度回復したら傷を塞ぐ! 背中の方が先ね! ねぇ他に治癒魔術を使える人はいないの? はあー? なんでいないのよやだー! 誰でもいいから呼んできなさいよ! え、騎士でちょっとだけど使える人がいる? そのひと連れてきて、優先して治してこきつかおう! ひとまず「リカバリー」!
平民か貴族かも聞かず、魔力の大きさも聞かず、治癒魔術が使えるという一点で、騎士を呼び出して治してくれた。
――――よし、これでひとまず命の危険はないから、あとは治癒魔術を使える人に任せて、次はこっちのひとにささってる枝を抜くよ! あっまってポーションかけたら枝ごと皮膚にくっついちゃう! えっとまず「リカバリー」……よし、ちょっと体力持ち直したっていうかけっこう体力残ってるね! じゃあずばっと抜いちゃって副団長さん……「ヒール」! あっちょっとそこくっついちゃダメええ! 目立つとこなのに引きつれちゃう! 「ヒール」! ん、きれいになった、ひとまずこれでよし。イェルさん、様子見ながら造血ポーション飲ませといて、半分でいいから! 体力ヤバそうだったら体力ポーションもね!
傷ついたことを未熟と批判せず、その体力を褒めて、魔力に余裕がない中でもひきつれが残らないようにしてくれた。
――――ハイ次! こんにちは、傷見せてね。右わき腹、ああけっこうがっつり持ってかれてる……でも内臓は傷ついてない……えっこれポーションで治したんじゃなくて? すごいね、ナイス避け! 体力は……うーん、まあギリ行けるか、「ヒール」って、うわあああ、これ意識があったら痛いんだ!? えっとごめん、ど、どうしよう副団長さん、え、ほっとけ? 男なら我慢しろ? 何言ってんの男でも女でも痛いのは嫌でしょうが! えっとえっと、「ペインキラー」! ………痛みなくなったかな……って、寝てる……麻酔効きすぎ……?!
会話をしながら、騎士の判断力を褒めてくれた。治療には関係なかっただろうに、その痛みをとってくれた。
――――よし、次! あなた! 肩にかみつかれた? ああ確かに穴があいてるううう! 血止めはしたのね? うん、ちょっと血が足りてないけど、これは何とかなりそうか。ちょっと触るね。――熱を持ってるなあ……ってことは中で化膿してる可能性大……化膿だけに。アッごめん気にしないでスルーしといて、あ、イェルさん来た! イェルさん、解熱剤ある? じゃあ用意お願い。骨や神経は大丈夫かな、ちょっと指動かしてみて? あ、ちゃんと動くね。じゃあまず化膿してる原因をとろうか……「キュア」! 次は、少し弱めに「ペインキラー」――どう? 痛みはなくなった? うん、じゃあちょっと悪くなってるところをとるよー。「リムーブ」……よし、よさそう。次は穴をふさぐね、「ヒール」! うん、綺麗にふさがった! これからゆっくり寝て、起きたらしっかりご飯を食べて血を増やす。いいかな?
自分の願望が見せた夢かと思った。
――――ハイ最後! 十分冷やせた? ……うん、良かった、少しマシになってるし蝋化はしてないね。あー、体力をまず少し戻そう……「リカバリー」! これでよし。あ、起きた! 寒いよね、もうちょっと待っててね。ちょっと触るね、痛かったら教えて。――あ、痛かった? ごめんね、でもよかった、神経は死んでないみたい。「ペインキラー」、からのー「ヒール」! どうかな、うん、なぁに? ――どういたしまして、お大事にね!
真っ赤に爛れ、水ぶくれがあちこちにできていた肌が、赤みを消し去り、健康な肌色へ変わっていく。
もうすぐ子が生まれるのに死にかけていた彼が、ありがとうと言った後に穏やかに小さく息をついて、気持ちよさげな寝息を立て始める。
――――副団長さん、おわりましたよ。ただ、これから熱がでる人がいるかもしれないので……
ああ、うん、とその後の注意をうわの空で聞いていたら、彼女は呆れた目でアダンを見て、にっかりと笑った。
やさしい菫色と日の光の色のまざった目で、笑った。
――――もう大丈夫ですよ。お疲れさまでした!
聖女だ、と思った。
今日の更新はここまでとなります。
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