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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第79話 ティレル兄妹とこれからのこと


 それからりのは、副団長の望んだ五人の治療を完遂した。

 疲れやもろもろでふらふらしながらだったが、自分に「リカバリー」をかけつつ、イメージを明確にすることを第一に、ていねいに「ヒール」をかけて。

 おそらくいろいろなものがぎりぎりだったが、やり切れたのでオールオッケーということにする。

 反省は後からでいい。



 治療の終了を告げると副団長はぼろぼろと涙を流し始めた。

 そんな彼の肩をぽんぽんと叩いて、りのは最初に訪れた病室、つまりロゼリアのいる部屋に向かった。

 体が重い。たぶんこれが魔力の枯渇というやつなのだろう。今までは眠る前にちょっと疲れたかな程度までしか魔力を枯渇させていなかったので、ここまでぎりぎりなのは初めてだ。

 だいたい今の魔力の五分の一を切るときつくなるんだな、これから寝る前にはこうなるギリ手前まで枯渇させとこう、今までちょっとヒヨってたわ、とりのはぼんやり思う。

 そして、ゆっくり歩きながら、これからどうするかを考えた。


(とはいえ、頭が働かないこの状況じゃあまともな考えは浮かばなさそう……なら、せめて頭が働くようになるまでの現状維持の方法……)


 一歩一歩、足を引きずるように歩く。

 先ほど出てきた病室は、静かではあったけれど、明るい囁き声がしていた。

 後を任せたイェルセルと医師たち、治癒が使える騎士の打合せの声だろう。

 彼らに任せていれば、多分もう大丈夫だ、とりのは少しだけ息をついた。

 タブレットで調べたことや、いつだったか受けた応急手当の講習の経験から知識を引っ張り出しながら、「鑑定」を頼りに治療したけれど、全員「鑑定」の結果から重体、重傷の文字は消えていた。体力や血液量が戻れば元気になるだろう。



(わたしは、今後のことを考えなきゃ。まず、ロゼと打ち合わせが必要……)



 自分の体調は、眠ればよくなるだろうな、と感じている。

 今魔法を使える気はしない。本当のぎりぎりまで魔力を使い切った感覚があるので、使うのは怖かった。だから、使うならば眠って魔力が回復してからということになる。ポーション類は患者に使ってもらった方がいいだろう。ひと眠りしてから「リカバリー」を使って……


(いや、それだと起きるのが夜中になりそうだし、動きにくいし、対応が難しくなりそう)


 考えている間にも頭がぼんやりとし、眠気で瞼がくっつきそうになる。

 疲労で体がものすごく重い。仕事で徹夜した上に今から出勤、というあの朝のしんどさに近い。


(この状態で満員電車乗るの、ほんとイヤだったなー……ていうか、いま何してるんだっけ、わたし……ああ、そうだ、ロゼだ)


 これはがっつり寝なきゃ、どうしようもなさそうだ。




 ティレル兄妹の集う病室に入ると、ベッドのまわりにつめて穏やかに話したり、患者の面倒を見ていたりした四人がりのの周りにやってきて、丁寧に礼をとった。


「あらためてご挨拶させてください。はじめてお目にかかります。私はティレル辺境伯家嫡男のチェスター・ティレル。ロゼリアや癒していただいたライリーの兄となります」


 チェスターは、青みがかったプラチナの髪に、黒々とした深緑の目を伏せて、美しい礼をした。

 端正で穏やかな、成熟した雰囲気のある男性だった。ああこのひとは多分見た目より中身がおとなだ、とりのはぼんやり思った。時々そういう人がいる。年齢に関係なく、器が大きくて、おおらかな人。こんな人がロゼのお兄さんなのは、なんか嬉しいよね、と、意図せず口の端が上がった。


「隣から、私の妹で長女のメレディア、弟で三男のデュラン。ライリーは次男、ロゼリアは末子で二女となります」


 兄の言葉に合わせて、ローズピンクの甘やかな瞳をした肉感的な美女と、カーマインの鮮やかな赤い目の色気のある青年がそれぞれにきれいな礼をとる。目の色からなのか、受ける印象はロゼリアとは少し違うけれど、やはり顔立ちはとても良く似ていた。

 ティレル家は、真面目系とセクシー系にわかれてるのねえ、ご両親が真面目系とセクシー系なのかなあ、とりのはわりとどうでもいいことを思いながら、ちょこんと頭を下げる。

 

「お名前をありがとうございます。ロゼリア卿には大変お世話になっております。団長殿もご無事で何よりでした。いろいろとお話をしたいところなのですが、すみません、疲れておりまして……ロゼリア卿とお話をさせていただいても?」


 疲れを装って……実際疲れているので嘘ではないが、名乗りを返さずにロゼリアに目を向ける。

 りのは、この兄弟のことをよく知らないので、今の時点で近づくつもりはなかった。向こうの事情もよくわからないし、たぶんロゼリアが護衛騎士になっている時点で、結構な圧力がこの家にもかかっているのではないかと思う。これ以上の負担になったら申し訳ない。りのが仲良くしているのはロゼリアであって、ティレルという家ではないということも大きい。

 


「リン」

「ロゼ、いろいろは全部後回し。正直、疲れと眠気で倒れそうなの」


 安堵から目を潤ませていたロゼリアが、瞬時にしゃんと背を伸ばした。


「私は何をすれば?」

「連絡役を。しばらく、できるだけ情報を遮断したいの。私が治したことを知ってる人、ロゼのご兄弟とかお医者さんたち、騎士さんたちとかに口止めをしてほしい。特に欠損の復元ができたことは絶対秘密にして」

「わかりました。関係者には口をつぐむよう通達しておきます。――もちろん、兄や姉たちにも」


かるくウィンクをするロゼリア。

いつもの静かで冷静な彼女らしくない仕草が、りのを気遣ってくれていることを教えてくれた。

どうやら自分は、ロゼリアにそんなに心配されるほどよれよれらしいと分かって、りのも笑う。


「それから、明日のお昼までは、まだ治療中ってことにしといてくれる? えっと、重傷の患者さんのご家族とかにはもう連絡いってるのかな?」

「貴族の生まれの騎士であれば、家に連絡が行っていると思います。平民の出の騎士のほうは、出身地にもよりますが……確認しましょう」


うん、お願い、と言って、りのは言葉を続けた。


「患者さんのご家族には、命の危険は去ったけど、一晩は隔離して様子を見ますってお話してね。面会は患者さんの意識が戻って、容体が完全に安定してからですってしっかり伝えて。心配してるだろうから、そこはうまくお願いね」

「わかりました。貴族家であれば強くは言わないでしょう。平民の家の者は、ここまで来るのも大変なので、大丈夫だと思います。家族が安心できるように、使者を立てましょう。リンが動くのは明日のお昼からということになりますか?」

「うん。その頃には私も目が覚めてると思う。ただ、陛下と宰相様には先に一報入れて。何も隠さなくていいわ、全部説明して、明日の午後以降に私が改めてご報告にうかがいます、って言ってくれる?」

「はい。そのように取り計らってまいります」

「お願い。あと、大丈夫だと思うけど、ロゼのお兄さんもふくめて、治した人や他の人でも、様子がちょっとでもおかしかったら、私を叩き起こして」

「それは」

「いいの。ここまで頑張ったんだから、何が何でも全員助けるの!」


 りのは笑って、約束したでしょ、とロゼリアの顔を覗き込んだ。きれいなピーコックグリーンが、優しい光に揺れる。

 ロゼリアの細い、けれど力強い腕が伸びてきて、りのをぎゅっと抱きしめた。



「リン、ほんとうにありがとう。――あとは任せて、ゆっくり休んでください」



 りのは、よろしくね、とつぶやき、ロゼリアの暖かな腕の中で意識を飛ばした。


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