第77話 最後の治癒
※ひきつづき怪我、流血描写があります。
「ライリー、ライリー……!!」
「ライ兄さん……!!」
ふう、と「ヒール」を終えて額の汗をぬぐおうとしたりのは、患者の姉弟が喜びのあまり飛びつこうとしているのを見て慌てて止めた。
「ま、待って! まだ起こしちゃダメ!!」
ぴたりと手が止まり、美しいローズピンクの目とカーマインの目がりのをじっと見ている。
表情のない顔はロゼリアにやはりよく似ていた。しかし、その目の中で不安がいっぱいに揺れていて、りのは慌てて口を開いた。
「えっと、今見てもらってた通り、解毒は完了してます。左の脇腹も、治ってます。左の太ももと左の腕も、起きて動かしてもらわないと何とも言えないけど、一応今のところ、問題はありません。でも、念のため、もう一度見させてください。見逃しがあったら大変だから」
「姉様、デュー兄様、どうかもう少し時間を」
ロゼリアも口を添えてくれて、兄弟たちがベッドから一歩離れてくれた。
りのはありがとうと告げて、改めて「鑑定」をかける。もちろん無詠唱で。
今度は落ち着いた視線が自分に集中しているのを感じたので、りのはカムフラージュで患者に触れることにした。
今さらのような気もしないではないが、みんな患者さんが亡くなるかもってパニックだったから、なんとかごまかされてくれないだろうか、と頭の隙間で考えた。
疲れで思考が散漫になっているような気がしたので、ぎゅっと一度目をつぶって集中し、再度それを開く。
そして改めて、目の前の「鑑定」結果のボードに目をやった。
(あれ、さっきまでよりも内容が多い気がする……。え、カムフラージュのつもりだったんだけど、これ、もしかしてさわってる方が情報量多くなるの……? 初めて知ったわ……)
今まで無駄に魔力使ってた気がする、と内心がっくりしながらりのは丁寧に「鑑定」を読んだ。
左大腿部、損傷なし。左前腕部、損傷なし。左わき腹および内臓、損傷なし。
極度の貧血、極度の疲労となっているが、命に関わるまではなく、体力も何とか百五十。十一しかなかったはじめと比べれば、大分安定しているといえるだろう。
次に体の右側や他の臓器を見るために体のあちこちを触ってみるが、「鑑定」で見るに特に異常はなさそうだった。
(うーん、よかった、治療したところは大丈夫そうだ……)
しかし、気になることが一つ。
(なんで体力がじわじわ減ってるんだろう。なんかほんとにちょっとずつ減ってる……でも怪我してるところないよね?)
全身をじっと見て確認した後、やはり傷が見当たらなくて、眉をひそめた。
(他にケガしてるとこある? ほとんど傷はないようにみえるんだけど)
そして、ふと気づいた。
体に傷がないなら、トラブってるのは首から上なんじゃないだろうか。
りのは掌を顔にすべらせた。今まで触っていないところを、「鑑定」で見ながら触っていく。くっと瞼を押し下げたり、口を開かせたり、向こうの医療ドラマで見たのの真似っこである。
(目、異常なし。歯、耳、鼻も大丈夫。でもなんだろう、反応が鈍い気がする)
顔は敏感なところで、普通は、特に目などを触れば多少なりとも反応が出るはずなのだけれど、何か鈍い。
そう思いながらなにげなく後頭部に滑らせた手が、ぬるりとした。
(え?)
掌を見ると、赤い血がべったりとついている。
血みどろのシーツや枕で全く気が付かなかった!
(これもしかして、)
「ごめんなさいだれかきれいな布を持ってきて! それから消毒液!」
「しょうどく、えき? なんじゃそれは」
イェルセルのぽかんとした台詞に、こっちにはなかったのか、と気づいた。慌てすぎた。
「ああああ説明してる時間がないのであとで! 強い酒があればそれを!! いやいいわ、自分でできるわ『クリーン』!」
慌ててしっちゃかめっちゃかなことを口走りながら、魔法で血や土の汚れなんかをきれいにする。
そして、改めて頭を中心にがっちり「鑑定」をかけた。
先ほどまで出てこなかった、危険度のそれほど高くない、小さな怪我などの情報も含めて一覧を出すようにイメージ。
またずらずらとすごい勢いでボードに現れるそれらを読んでいくと、その中に【脳挫傷】という文字が見えた。
(脳挫傷!?)
出てきたその症状に、一気に青ざめた。
(脳挫傷って頭をうって起こるやつだよね? これヤバいやつでは? 衝撃で脳が傷ついて出血するんだったっけ?)
先ほど慌ててかけた「クリーン」は、汚れをとるために作った魔法で、りのが汚れと認識するものを幅広くとってくれる。しかし、脳内の自身由来の血液は汚れとはみなされなかったのだろう。
血の跡がとれた頭を触りながら「鑑定」の結果を睨んでいたが、そこでりのははっと気が付き体力の確認をする。
案の定、百五十はあったそれが百四十五になっていた。ゆっくりではあるが、確実に体力が減っている。
(やっぱり脳に損傷があるから体力減ってるんだよねこれ、多分……。ソートで上に来なかったのは、じわじわダメージが入るタイプのケガだからなのかな? 今はそれほど体力の減りは大きくないけど、これどっかで一気に悪化するやつなのでは? たしか救命講習で習った気がする。どこだろう、さわって分かるものなの? 「鑑定」と合わせればなんとなくわかるかな?)
「鑑定」の画面を見つめながら、プラチナブロンドをかき分けるようにして、そおっと両手の指を滑らせる。
後頭部の右寄りを薬指がたどったとき、ぴりっと指先に何かが走って、「鑑定」に変化が出た。
(脳内血腫、中程度……あー、脳挫傷で脳が傷ついて、傷で出血して脳内血腫ができたって感じかな? ということはこの辺りが大本ね。大きさが出たってことは血腫がここにあるのかな。確かに傷のところではあるけど、傷が大きすぎてここでいいのかどうか……でもやるしかないか)
りのはくらくらする頭を軽く振って集中する。
体力が尽きかけているようだった。一度だけ自分にも「リカバリー」をかけて体力を確保。
魔力の節約のために「ステータス」での確認はキャンセルする。
(血腫。よけいな血、固まり。もともとが自分の血だと「キュア」は厳しそうだから)
「『リムーブ』」
思いつきの魔法。余計なものを出自にかかわらず除去することをイメージした、初めて使う魔法だ。
自分にならともかく、人に思いつきではじめての魔法をかけるなんて、想像したこともなかった。
失敗したらどうしようと、足が震える。でも、余裕もないし、こうするしかないので。
どうなるか、と「鑑定」を睨んだ。どうか効いて、と心の中で祈る。
【脳内血腫】の文字が、「鑑定」のボードからするりと消えた。
急いで「鑑定」で体力を見て、それが大きく下がってはいないことを確認する。
そして今度は「ヒール」で脳と頭蓋骨をまとめて治癒する。脳と頭蓋骨の傷がなくなり、しっかりと働きだすイメージを強く意識した。
「これで、最後……『ヒール』!!」
患者の頭が一瞬、柔らかな白い光に覆われて、それがゆっくりと消えていく。
光が完全に消えてから、りのはあらためて頭をゆっくりと撫でながら「鑑定」をかけて、体力の推移を確認して。
ソートを外し、上から下まで目を通して。
そしてりのは崩れ落ちた。
「リン!?」
「聖女様!?」
まだ聖女じゃないぞばかやろー、とうつろに呟きながら、りのはマスクがわりのハンカチを外して、助け起こしてくれたロゼリアに笑いかけた。
「ロゼ」
「はい」
「治ったよ。血と体力が全然足りてないけど、でも、もう、命の危険はないよ」
すぐ近くにあるロゼリアの切れ長の目が、期待と不安で丸くなっていた。
「…………ほんとに?」
「うん。安静に寝てればだいじょぐえっっ」
ロゼリアが、ものすごい力でりのを抱きしめた。
襟もとにロゼリアの顔が押し付けられ、首元が少しずつ濡れていく。
かすかな嗚咽が、耳に響いた。
りのは動かしにくい腕を無理やり動かして、ロゼリアの頭をよしよしと撫でた。
「リン、っ、リン……!」
「うん、ロゼ、よかったね」
「あり、が、とう、リン、ありがとう……!!」
「ふふ、どういたしまして!」
ぼろぼろとこぼれ続ける涙。
震えながらありがとう、と繰り返す声に喜びと安堵がにじんでいた。
りのは、友人の願いにこたえられてとても嬉しかった。
初めて、魔法が使えてよかったなと、心の底から思った。
今日はここまでとなります。
お読みいただきありがとうございました!




