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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第76話 聖女はマズさと戦っている


※引き続き、怪我・流血表現があります。


 魔力回復ポーションのマズさは、りのの想像以上だった。某青い汁ととある腹痛の薬を混ぜたような青臭さと苦みの後に、嫌がらせのようにねっとりした蜂蜜の甘さがやってくるのだ。

 うぇっぷ、と吐きそうになりながら口を押えてうずくまると、淡い桃色の可愛らしい光が体に満ちて、魔力が回復する。

 こっそり「ステータス」で確認すると、一本で二百五十回復したので、他のポーション類と比べれば回復量は破格なのだけれど。


「このポーションに蜂蜜いれたやつ、ぜったい許さないぃぃ……」


 呪詛を吐きながら再度「リカバリー」を連続でかけ、造血ポーションをゆっくりと落としてもらう。

 体力の推移を見ながら、ひたすら「リカバリー」と造血ポーションで血を補っていく作業を繰り返す。


「よし!!」


 何度目かの造血ポーションの投与で、「鑑定」の結果が、変わった。

 【大量失血】から、【失血】へ。

 ソートをかけたリストの画面から【失血】の文字がすうっと消えて、後ろの方で再び出現した。危険度が大分下がったのだろう。


「造血ポーションはひとまず終了! お腹の傷を塞ぐ! 念のため魔力回復ポーションを準備しといて!」


 患者の残りの体力は百ちょい。

 今なら魔法でやれる気がする、とりのは思った。想像できる範囲内に、怪我の程度が収まった感覚だ。

 とはいえ、全部を一度にするのは怖いので、ひとまずお腹からだ。

 りのの「ヒール」がどこまで体力を削るかわからないので、安全のために再度「リカバリー」を連続でかける。

 タブレットで改めて内臓の位置や形を頭に叩き込み、後は健康体をイメージして。


(内臓を正しい位置に置いて、筋肉で覆う。騎士団の人だからお腹は割る! シックスパック!)


 ふう、と大きく息をつき。


「『ヒール』」


 おお、とか、ああ、とか、感嘆の声が漏れ聞こえた。

 裂けていた腹がゆっくりと筋肉で覆われ、さらに白い皮膚で覆われていく。


(患者さんの体力の減りは二十……想像してたよりコスパがいい。「水の慈愛」よりもこっちがよさそう。私の魔力もまだ何とかなりそうだし、もう少し体力上げておこうかな)


「えーいもってけドロボー! 『リカバリー』! 次、左足! イェルさん、行くよ!」


 先ほど確認した人体図。まず白い骨を意識する。真っ白でかっちかちの健康な骨。それに血管と神経と筋肉。一本一本を意識する必要はなさそうなので、左の太ももというくくりで治すことを強くイメージしつつ。


「『ヒール』!」


 えぐれた肉から除く骨のひび割れがぱきりとくっつき、その上から肉が盛り上がり神経と血管が再生され、最後にさあっと皮膚が覆い。


「き、傷が……!!」


 ロゼリアの声が聞こえたが、ひどい眩暈でりのはふらついた。

 ベッドに片腕をついて体を支え、もう片方の腕をイェルセルに伸ばし、ポーションを受け取って一気に呷る。


「ぐふ……」


 両手で口を覆ってうずくまった。すごい吐き気がした。目の前がくらくらと揺れている。

 こっそりインベントリからチョコレートを出し、ひとつぶ口に含んだ。

 青臭さも苦みもチョコレートの甘みと香りで少しはマシになる。つられるようにめまいもおさまってきた。


(チョコすごい、チョコありがとう)


 体が淡く桃色の光を発し、めまいが消えたのを確認して、心の中で『ステータス』と唱える。


(魔力が五分の一しか残ってないかあ……でもどっちかというと体力がまずいな。あと五十……なんでさっきより減ってるのよ……知ってる、あのクソまずポーションのせい! 体力ポーションは他の患者さんもいるだろうからあんまり使いたくないし、魔法だって患者に使うほうがいいし……もう少し様子見て、効率が悪そうだったら自分にも「リカバリー」かけよう)


 りのは立ち上がった。


「お前様、大丈夫か?」


 多分顔色がかなり悪いのだろう、イェルセルが眉をひそめて聞いてくる。

 りのはあえて笑ってみせた。

 こんな時、弱弱しい顔をしたら、弱弱しい声を出したら、心が折れることを経験として知っていた。


「全然大丈夫じゃないわ、吐きそうだし、体力も切れそうだし。でも、魔力は今回復したから。それに、この人まだ治ってないしね!」

「リン……」


 心配そうにこちらを見るロゼリアに、りのは強く頷いた。


「頑張るって言ったでしょ。絶対に治すから、ね、ロゼ」

「はい、――はい、お願いします、リン。私にできることは?」

「たぶん、後始末に走り回ってもらうと思うから、今のうちにお兄さんの顔をいっぱい見ておいて!」

「お任せください!」


 二人で微笑みあって、再度気合を入れる。


 失血がマシになり少し落ち着いたので、改めて左腕の状況を確認するべく、「鑑定」をかけた。

 「鑑定」結果を睨んで、りのはベッドの反対側にいるロゼリアに話しかけた。


「ロゼ」

「はい」

「ロゼと、副団長さんと、どっちが腕をすっぱり切れる?」

「……え?」


 りのは、今度はタブレットに目をやって肘関節周りの人体図を見ながら早口で話し始めた。


「副団長さんもごめんね、聞いててくれる? えっと、患者さんの腕を治すんだけど、傷口がぐちゃぐちゃで、このまま治すと変なところがくっつきそうなんだよね。そうなると、腕がうまく動かないとか、麻痺や痛みが残るとか、後遺症がとても心配なので、関節は残したいけど、切り口はできるだけすっぱり綺麗な方がいいの。で、どっちにお願いしようかと思って」

「……それを、妹であるロゼリアに任せるつもりか」


 呆れたような、怒ったような声音の男を、りのは振り返った。


「妹だろうが何だろうが、ロゼリアは騎士で剣を使う人よ。騎士っていうのは、剣で人を助けるのが仕事なんだと思ってたけど、違うの?」


 部屋の空気が止まった。


「男だろうが女だろうが、妹だろうが副騎士団長だろうが、一番治せる可能性が高い方法をとれる人に頼みたい。それだけ」


 目を見開いている副騎士団長を見て、りのは優しい人なんだねえと心で呟き苦笑した。

 先ほどのやりとりから見るに、けっこうロゼリアとは親しい仲なのだろう。おそらくりのと同年代の彼が、娘ほどの年のロゼリアにそれをさせたくない気もちはわかる。りのだって、ほかに手段があったらきっとそうしていた。

 でも、今一番優先すべきは患者さんの命だから。


「……ロゼはレイピアを使う。すっぱり斬るというよりは突き刺して行動力を奪うものだ。俺の方がまだ向いている」

「アダン殿……」

「いいな、ロゼ」

「……はい。私の腕では、切り口を気にするような切断は難しいです。対魔獣のエキスパートで大剣を使うあなたのほうが、確実だ」


 悔しそうに、それでも素直にうなずくロゼリア。

 そんな彼女を優しい目で見た男は、こっちに向き直って、腰につるしていた剣をすらりと鞘から抜いた。ギラリと光る刃先が、敵意はないとわかっていても怖い。


「俺がやる」

「わかった。じゃあこっちに来て」


 副騎士団長がかけよってくる間に、もう一度体力をチェックし、念のために「リカバリー」を二回かけておく。

 りのは副騎士団長を手招いて患者の腕を見せ、その傷口から少し肘側に線を引くようになぞってみせた。


「この辺りが理想。この線より奥に切ると、肘の関節が崩れるからそこだけは気をつけて」


 肉片や骨が見える傷口から流れる血がりのの指先を赤く染める。

 剣を構えた男は何ともなしにそれを見て、おうと頷いた。


「じゃあお願い」


 りのがそう言った途端、ひゅん、と風が鳴った。

 きれいにさっきなぞった線からグズグズの肉片が落ち、美しさすら感じる切断面が見える。


「え」

「早くやれ!」

「あ、うん、……『ヒール』!」


 ぽかんとした隙間に怒鳴られてりのは慌てて返事をし、けれど慌ててミスをしないようひとつ息を吐いてから、『ヒール』をかけた。

 白い骨、赤い筋肉、神経がまるまる残っていた関節からするすると生え、皮膚に覆われ、手首に到達し、手のひらから指が生まれ。


 ぽたりとりのの汗がベッドに落ちて、左腕の復元は完成した。



 さっきまで死の色が支配していた病室に、明るい歓声が轟いた。


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