第74話 第三騎士団団長の治療
ひきつづき怪我、流血要素がありますのでご注意ください。
「オッケー! 最大限せいいっぱいやる!」
りのはロゼリアに両手を差しのべ、立ち上がらせながらからりと笑ってみせた。手の震えは気合で止める。
ロゼリアの目から滝のように涙が流れていた。
「だから、ロゼも手伝って」
「はい、……はい!!」
これからのことは後で考えればいい。
今は、ロゼリアの兄の命を救いあげることに集中しよう。
ロゼリア自身も兄の治療を手伝うことで、ロゼリアの罪悪感みたいなものも軽くなればいいな、とりのはちらりと思った。
そのためにも、患者の命をつなぐことは絶対条件だ。
りのは気合を入れながら、つかつかと患者の元へ歩み寄る。
「あんたは、」
「通りすがりの異世界人ですよこんにちは。急に来てあれだけど、あなたたちはこの人をあきらめたのよね? じゃあ次は私。助けたい気持ちがあるならぜひ手伝って」
話しかけてきた医者を押しのけるようにして患者の左側に寄り、まず「鑑定」をかけた。状態を詳しく知るため、できる最大限の細かさで情報を出す。
ここ最近、ずっと「鑑定」のレベル上げをしていたおかげか、ものすごい勢いで大量の情報がボードに流れていく。
(うーんすごい、情報が多すぎて、というかケガしてるところが多すぎて状態がつかめない。えーいこういうときはソートだ!)
イメージしたのは、メールなんかでよくある重要度順、というやつだ。
致死率の高いけがから順に並べ替えると、一番上に出てきたのは、
(しぇるひゅどら……の、中毒? え、毒にかかってるのこの人?)
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
視線は「鑑定」の情報に固定したまま、りのは疑問を口にした。
「このひと、しぇるひゅどら? っていう魔獣と戦ったの?」
「は?」
アダンのものすごい威圧感のあるバリトンが、ガラの悪い返事をした。
「あんた何の冗談だ」
「この状況で、冗談言う余裕があるように見える?」
即座に切って捨てた。必要なことならともかく、無駄にする時間は惜しい。
「シェルヒュドラ、それからダークアナコンダかな。ほんの少しだけどゲルドの蜜も混じってる」
「中毒……それで、ポーションの効きが異様によくなかったのか……!」
声を発したのは医者だった。白衣を着た高齢の男性。
おじいちゃん先生、と呼ばれていた、子どもの頃のかかりつけ医を思いだした。
優しいえびす顔を、悔しさでいっぱいにしている。
「で? 戦ったの?」
「今回討伐に行ったのは山の中だ、そんな水棲の魔物と戦うわけがねえ……!!」
「ふーん、そう。――ねえお医者さん」
「イェルセルじゃ」
「イェルセルさんね、了解。ねえ、毒の検出ってできる?」
「魔術省に依頼する形でできるぞ」
「血を提出すればいいの?」
「うむ。保存用の瓶を持ってこよう」
「いくつかお願い。あと、この人に使える分のポーション類全部ありったけ持ってきて」
「わかった」
(致死率順に言えばまず毒、それから血液の不足……大分体から血が流れたのね。その次が脇腹の裂傷、太もも、腕って感じかな。っていうかなんでこの順番なの? あ、どこかでポーションか魔術を使って、それが効いて内臓が治ったってことか。あ、ということは、内臓を治した後に毒にやられたのね)
一瞬、どういう状況だったんだろうと頭を疑問がよぎったが、首を振って頭からそれを追い出す。
(まあそれはともかく、内臓を包む筋肉や骨までは治せてなくて溢れてる感じ……ああ、だから毒と血液不足が先なのか。治すならそっちが先なのは間違いなさそう。で、太ももと腕の具合は……うぇ)
骨が露出している太ももやぷらぷらと肘の少し下からちぎれかけているぐちゃぐちゃの傷口を、もう一度「鑑定」。
(太ももも腕も神経ごとちぎれてるなこれ。筋、骨もか。これ詳しくイメージできないとやばいやつだな。よし資料を出そう)
りのは一度「鑑定」から意識を外してインベントリからタブレットを取り出した。急いで人体のしくみについて検索し、フェイクにつかまらないよう、専門の機関が出しているところを厳選して詳細な図解を出した。
(こういう時お気に入りが使えないって不便。でも、こっちと向こうで人体の差がないって調べがついててよかった。魔力生成の内臓とかあっても絶対治せないと思うわ私)
タブレットを「フロート」という、ものを浮遊させる魔法で左に浮かせ、「鑑定」情報は視界の右に出すようにする。どちらも無詠唱だ。
「フロート」は、寝室にひとりでいるとき、遠くのものをとりに行くのがめんどくさくて作ったというしょうもない魔法だったのだが、まさかこんなところで役に立つなんて。
「リン、その、光ってるのは……」
「え、ロゼこれ見えるの?」
「何か金色の魔術陣のようなものが、光っています」
「そっか。私にもよくわからないけど、お兄さんのケガを治すのに必要みたい」
「すごい……」
「私にも仕組みとかはよくわからないけど、役に立ちそうよ」
嘘は言っていない。タブレットのしくみとか、なんでこっちの世界でウェブが使えるのかとか、よくわからないので……。
りのがタブレットで太ももや腕の解剖図や筋肉図を必死で頭に叩き込んでいるところ、イェルセルが台車にいっぱい瓶類を積んでダッシュで戻ってきた。ぜいぜいと息を弾ませながら、空の瓶を差し出してくる。
りのは、彼からそれを一本受け取りながら、ベッドの反対側にいるロゼリアに頼んだ。
「ロゼ、お兄さんに話しかけて」
「話、ですか?」
「そう。人間って、最後まで耳は聞こえてるんだって。だから、お兄さんを呼んで。彼の意識に声を届けて。今、一番必死になって戦ってるのはお兄さんだろうから、いっぱい応援して」
ロゼリアの目に闘志が燃え上がった。
ぎゅっと強く兄の手を握りしめるロゼリアの手を、横からなだめるように深紅の目をした青年が包み込む。
「何だったら、お兄さんの昔話とか恥ずかしい話とかでもいいよ。聞こえたら思わずやめろー! って飛び起きちゃうようなやつがいいな!」
「ふふ、それはよさそうです。とびきりの話をしましょう」
ひきつった小さな笑みだったが、確かにロゼリアは笑った。
りのはそれを確認して小さく笑い返し、改めて「鑑定」を睨みながら方針について考える。
感覚でしかないが、おそらく小説の中のひとたちが使っていた完全治癒魔法などは、今の自分ではできない気がした。中途半端になって、結局大変なことになりそうな予感だ。勘だけど、りのの勘はけっこうあたる。
だから、治療は順を追ってやるほうがいいだろう。
さっきも思ったように、まずは。
「まず解毒。それから血を補いながら失血をなんとかしていこう」
「嬢ちゃん、医者か?」
「医者じゃないけど、人体のつくりは一通り習った。ねえイェルセルさん、解毒のポーションってある? 一度に全部を解毒できるようなやつ」
「イェルでいいぞ。そんなポーションがあったらいいがなあ……」
「ないのね、おっけーわかった、急ごう」
りのは、瓶を、一番毒素が濃いと出ていた太ももにあてた。
「イェルさん、サンプルは場所ごとにとるから、採取箇所、確認して瓶に書いておいてほしいの。まず左大腿部の傷口から採るよ」
「承知した。しかしなぜ場所ごとなんじゃ?」
「場所によって毒の濃度と種類が違うから」
後ろから、何だと、という素晴らしく低い声がしたが、りのは構わない。
どろりとした血を少しだけ瓶に入れ、蓋をしてイェルセルに渡す。イェルセルはそれにラベルをはった。
腕、そして腹からも血をそれぞれの瓶に採取した。
作業が一区切りつきそうなタイミングで、アダンが声をかける。
「なぁ嬢ちゃん、一番毒がひどいのはどこだ?」
「一番毒が濃いところってこと? 左の太ももだよ」
「そうか」
りのはさくっとためらいもせず答えて、そして一言。
「『キュア』」
自身がゲルダの蜜で毒殺されそうになった時に使った、状態異常回復の魔法だ。
りのはこれを、体の異物を取り除くという方向で使っているため、菌やウィルス、毒に関する異常は回復できるはずだと見込んだのだが。
ばくばくする心臓を抑えながら、「鑑定」をかけた。
(『鑑定』…………よし、解毒完了。次!)
本日はここまで!
お読みいただきありがとうございました。




