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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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73/107

第73話 いのちを諦めない


この73話から77話まで、怪我や流血の描写が多くなります。

苦手な方はお避けください。

78話の冒頭にあらすじを入れますので、話の筋が分からなくなることはないかと思います。

よろしくお願いします。



 第三騎士団棟は灰色の石煉瓦で覆われた、がっちりとした三階建ての堅牢な建物だ。

 裏手には広い演習場と馬場があり、魔物の研究をするスペースも広くとられている、とりのは歴史の教師から教わっていた。

 活気にあふれているだろうその建物は、入り口のドアの前に立つりのを圧倒する強い血の匂いに満たされていて、慌ただしく人が出入りしていた。

 手に何かのアンプルのようなものを抱えている人が多く、すれちがいざま「鑑定」をかけてみると、体力ポーションとか回復ポーションとか出てきて、やっぱりこの世界にポーションってあるんだあ、とりのは不思議な気持ちになった。



 ロゼリアについてドアをくぐると、そこは戦場だった。

 多くの騎士が床に直接寝転がっている。その大部分はどこかが赤くて、白衣を着た人が数人、騎士たちの間をかけまわっていた。


(野戦病院だ……)


 テレビやアニメ、小説で出てくる描写と同じ風景は、けれど想像していたよりずっとずっとひりひりしていて、りのの胸が痛くなる。


「ロゼリア! 来たか!」


 バリトンのお腹に響くような声が、立ちすくむりのとロゼリアに声をかけられた。

 ばたばたと走り寄ってきながらロゼリアの名前を呼んだのは、がっちりとした体格と精悍な顔をした中年の男だった。


「アダン殿! 兄は、ライ兄様は!」

「……南棟三階の奥の部屋だ、行くぞ。急げ!」

「はい!」


 栗色の髪はところどころ青い液体でべったりと頭皮に張り付いていて、その隙間から薄青色の鋭い目がのぞいている。

 一瞬悲痛な光を浮かべたそれが、指示と同時にくるりと体を翻して駆け出した。

 嫌な予感が胸に閃いて、眉をひそめた。


「ロゼ、私が一緒だと遅くなっちゃうから、先に行って」

「なりません! 私は護衛です! 失礼!」

「何を、って、ぎゃっ」


 ロゼリアはりのを両手に抱え上げて、いわゆるプリンセスホールドで走り出した。


(あ、あかん、これ口開いたら舌噛むやつー!)


 ひいい、とか細い悲鳴をかみ殺し、がっくんがっくん揺らされているうちに、あっという間に南棟へ到着した。

 おそらく入院施設なのだろう、たくさんのベッドが並んでいて、多くのけが人がそのうえで呻いていた。

 ベッドの間をかけまわるように移動しているのは医者だろうか。

 さすがのロゼリアも息を少し荒げながら、階段を駆け上がった。その先、三階の一番奥には個室がいくつかあって、アダンと呼ばれた男とロゼリアは迷うこともなく一番奥の部屋に駆け込んだ。

 そこは、かなりの広さがある個室で、壁の二面が窓になっている、こちら基準でいえば贅沢な部屋だった。

 お昼間の陽気な光が窓ガラス越しに飛び込んできて、部屋中を照らしている。

 りのは眩しくて目を細めた。

 その目のまま中央に置かれたベッドに目をやって。



(わあ、兄弟!)



 中央に置かれたベッドの周囲に寄り添っている男性二人、女性一人も、そしてロゼリアも、みんな揃ってきれいな青を帯びたプラチナブロンドだった。

 一斉にロゼリアとりのを見上げた目は、深い緑、ローズピンクにカーマインとばらばらだったけれど、顔立ちはみなよく似ている。

 ああロゼのお兄さんお姉さんだなあとすぐにわかった。


「兄様、ライ兄様!」


 部屋の入り口で、急いで、それでもそっとりのを下ろすと、ロゼリアはベッドのところへ飛んで行った。

 患者さんの様子はどうだろう、大丈夫だろうかとこそりと覗き見て、りのは息を飲んだ。


 左腕の肘から下がちぎれかかり、左わき腹が大きく裂けている。左の太ももも肉がえぐれていた。

 肌からは血の気が失せ、白い蠟のようになっている。

 ところどころからにじみ出てくる赤との対比が気持ち悪いほどに鮮やかだ。


 これは、治癒魔術で治る範囲なのだろうか。



 だって。

 知っている。四十年生きたのだ、身近な人を亡くしたこともある。

 この臭いは、血の臭い。

 この色は、死ぬ人の色。



 ぐ、と胃の腑から駆けあがってくるものを必死になだめながら、ぎぎぎ、とりのはかろうじてベッドに横たわる人から視線を外した。

 周囲の、ロゼリアの兄姉たちは、そしてロゼリアも、もうりのを見てはいなかった。皆でベッドをとり囲み、静かに患者の手を握ったり、頭を撫でたりして泣いている。ロゼリアの姉であろう女性の、高い声が悲憤に震えていた。

 アダンと呼ばれていた男性は、患者の足元で医者だろう人間とぼそぼそ話をし、悔し気に唇をかみしめていた。

 医者も、唇をかみしめながら、小さく首を横に振った。



「ライ兄様、ロゼです」



 ベッド横に膝をついて、兄の手をそっと握りしめたロゼリアが、せいいっぱいの笑顔を作って、兄に話しかけている。

 小さな、震えを懸命に抑えた声が、静かな部屋の空気をゆらした。



「ライにいさま、にいさまは、わたしの誇りです」



 柔らかな声が、兄に別れを告げていた。

 別離に震える、けれど愛するひとに思いを、感謝を伝えたい、切ない声だった。

 その悲しみに胸を打たれ、しかし次の瞬間、違うだろう、とりのの奥底から熱いものが沸き上がる。



「わたし、にいさまの分まで、がんばります。護衛も、魔獣退治も、ぜったい、がんばるから、」



(なんで、言ってくれないの。私、魔術は得意だって言ったじゃない。この間の講義で、治癒魔術使ったのも見てたじゃない。私、頑張るって言ったじゃない)



「ライにいさま、いままで、ありがとう、」



(ここで魔法とかを見せちゃったら、私のこれからは大きく変わるんだろうけど、)



「だいすきです、ライにいさま、さよ」

「違うでしょロゼ!!」




 友だちにこんな声を出させるくらいなら、そっちのほうがずうっとましだ!!




 りのは、大声で叫んだ。

 感情のあふれるまま、ダンダンと足を地面にたたきつける。



「リン……?」

「私言ったよね、できることがあったら言ってって!!」

「でも」

「でももカカシもあるかーっっ!!」



 りのは怒っていた。

 自分を頼らない友だちに、運命を受け入れようとしている友だちに。

 命を諦めようとしている友だちに。


 あがけ、まだ可能性があるならあがけ!!


 私だって、帰りたいってあがいてるんだ!!



「頼りないかもしれないけど、私、治癒魔術使えるわ!」

「でもリン、ここで魔術を使って、そしたら、リンがまた、ひどい目に、」

「わかってるよそれも! それでも、友だちを助けるほうが大事だし、人の命には代えられないでしょうが!」


 ロゼリアの目に、迷いが揺れた。


「だって、わたし、どうしたら、」

「なら言って!!」

「リン……」

「私は絶対にこの世界に使いつぶされてなんかやらない、良いような道具にだってならない、でも! 友だちを助けるのはそれとは違うでしょ!」


 だったら、




「私に、助けさせてよ……!!」




 ぶわ、と陰りのある孔雀石の目から涙がふくらんだ。




「リン、――――リン、お願い、」




 ロゼリアはまろび出るようによろよろとりのに近づき、その足元に崩れ落ちて。




「お願い、リン、ライ兄さまをたすけて!!」





 絶叫した。



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