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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第71話 上層部の懊悩


※3月1日 誤字修正


「……という報告書が、ロゼリア・ティレル卿から上がってきていた……」


 今年のティロンエールが来たから飲みに来いと招集をかけて、いつもの私室に集ったフィンレーとユーゴは、アルフィオから異世界人の報告を聞いて無言になった。


 先日、貴族たちの非礼に対する詫びのひとつにでもなればと、フィンレーはリノアに大好きなティロンエールをわけていた。

 

 三人がまだ若く無謀だった時代、三人で少しだけ冒険者を気取って旅をしていたことがあった。たくさんの失敗と挫折と、それを補ってまだあまりあるたくさんの経験と思い出になった、三人にとって忘れがたい記憶だ。

 その旅の中で出会ったのが、このティロンエールである。

 ティロンエールはノルロード領の山間の村々で作られているが、フィンレーたちが出会ったこのティロンエールは、その村々から少し離れた、のどかな田園地帯にある農家が作っている。

 その家の近くに出た魔獣を退治してやった礼として飲ませてくれたこのティロンエールが美味くて、フィンレーはひそかに人をやり、毎年購入させていた。

 おそろしく頑固で愛想のない一家なのだが、フィンレーが国王だと知っても、家で飲む分が減るからといって、一定量しか売ってくれない。そんなところもフィンレーは好きだった。



 美しい赤色のティロンエールが、それぞれのグラスに入れられている。

 今年も良い出来だ。

 ラシスの甘酸っぱい香りと酸味が喉をすっきりと落ちていく。


「うん、うまい」

「うまいな」

「おいしいね」


 しかし、三人が三人とも、どうにも、ちょっと物足りない気になってしまっているのだ。


「からあげ……」

「どんな料理なんだろうか……」

「ロゼリアがまた、細かく報告してくれてるから、なんかこう、……ねえ?」


 アルフィオの手にある、ロゼリアからの報告書。

 それには、たっぷりのネシスオイルに薬草を漬けて、それを熱したところに食材を入れてできた「からあげ」なるもののおいしさと、ティロンエールとの相性のよさがびっしりとしたためられていた。


 曰く。


『コカトリスやデミバハムートの外側はかりっとよい歯ごたえですが、中身はぷりぷりと、あるいはふわふわとして、汁気のたっぷりと残った、身のおいしさが濃縮されたような味になっておりました』

『リノア様にお聞きしたところ、塩とにんにく、しょうがなど、ウェルゲアでもありふれた材料のみを用いているとのことですが、とてもそうは思えないほどの美味となっておりました』

『少し冷やしたティロンエールが、火傷しそうに熱い口の中を覚ますと同時に、残った油や身のうま味などを一掃し、すっきりとした口に戻ることにより、次のから揚げを欲する気持ちになりました』

『マッシュルームやネリシスも、からあげにすると歯ごたえが楽しく、うまみの汁がたっぷりと残り、いつも食べているマッシュルームやネリシスと同じものとはとても思えない味になっておりました』

『ティロンエールには塩気のあるものが合うということで、アーディルンを炒って塩を振ったものも出ました。アーディルンの木の実の香りと、ティロンエールのラシスの香りが合わさり、なんともいえぬ香気になって美味でした』

『一方で、フルーツと共に頂くのもティロンエールの香りがたってすばらしかったと思います。桃、りんご、アゼリアなどの甘みが重なることで、ティロンエールの酸味が際立ち、一方で甘みも立ち、極上の酒を頂いている気持ちになりました』



「「「…………。」」」



 テーブルの上にはつまみになりそうなものは何もない。

 甘酸っぱいエールということで、今までつまみと一緒に食べたことはなかったし、今夜もそれでいいと思っていた。

 でも。


「……うまそうだな……」

「からあげ……」


 やたらと微に入り細に入った説明を読んでいると、ものすごくおいしそうだ。

 エールとおつまみを合わせることでどちらもよりうまくなるとか、すごくないか?

 俺達にはないのに、すごく説明詳しくないか?



「――――嫌がらせ?」



 ぼそりと呟いたユーゴの台詞に、ロゼリアがそんなことするわけないだろうと力なくつぶやきながら、フィンレーはティロンエールを一口含んだ。

 うまい。うまいのだが、やはり、からあげと一緒に食べてみたい……。


「実はさあ」


 ぼそりと、ユーゴがくるくるとグラスをゆらしながら呟いた。


「最近、うちの魔術師団棟の食堂で、やたらと甘い匂いがするんだよ。嫌らしい感じじゃなくて、素朴でほんわり甘い感じの匂いなんだよね。うちはあんまり食事とか気にするのは多くないけど、あんまりにもいい匂いだから、みんなそわそわして出てくるのを待ってたんだ。ところが」


 とん、グラスをテーブルに置き、ユーゴは両の手のひらを握りしめた。


「いつまでたっても、その甘い匂いのお菓子が出てこない。待っても待っても出てこない。そこで、団員の一人が聞きに行ったんだ、何を作ってるんだって。そしたらさ、料理長が言うんだよ。あの料理長がだよ、あの強面が、にっこり笑って『修行中ですので、まだお出しできる状態ではなく』って!!」


 生殺しだよ!!

 叫ぶユーゴは、実はアルフィオと同じくらいの甘党である。


「気になるな……」

「でしょー!?」


 アルフィオの声に、ユーゴが答えた。


「だからね、僕は料理長を呼び出して、何を作ってるのか、いつごろできるのか聞いたわけ! そしたら、何て言ったと思う!? 『異世界よりのお客様付きの下働きの少女から教えてもらっている、プリンというお菓子です。鋭意努力中なのでもう少しお時間ください』だってさ!!」

「は!?」


 ごふっとフィンレーはエールをふきだした。

 汚いぞフィン、もーなにやってんのさフィン、と責め立てる親友二人。まあユーゴは魔法できれいにしてくれたが。


「そ、それって、まさかリノアがその子に教えてるとかか!?」

「……たしかに、ゲルドの蜜の毒殺未遂事件の後、事件の関係者になってしまった少女をひとり、リノア様につけていたな……」


 あれは、たしか。


「かの女史の孤児院から引きあげた少女だったんだよな……」


 とたん、フィンレーとユーゴが青ざめた。


「ちょ、それ、お前、」

「えっまずいじゃんそれ! 怒らせちゃったら、」

「心配するな、リノア様が傍にと望んでくださったからな。女史にもその旨説明し、了承を得ている。――――正直に言えば、寿命が縮む思いはしたが……」


 かの女史は、三人にとってはどうにも頭の上がらない女傑。

 怒りを買うようなことにならなくてよかった、と胸をなでおろした。


「話戻すけどさ、そのお菓子、プリンっていうんだって。リノアちゃんがその女の子に教えて、リノアちゃんの許可をとって魔術師団棟の料理長にその女の子が教えてくれてるらしいよ」

「いったいなんだってそんな……」

「わからない。っていうか、リノアちゃんに聞いたって今の状態で教えてもらえると思う?」

「思わんな。例の、柔らかいパンの製法についてもまだ何も準備が整っていないのに。というか、ロゼリアの報告書にあった柔らかい菓子というのがそれか……」


 ずいぶん前に上がってきていた、柔らかいパンのこと。

 混乱を起こしたくないから、その辺の根回しをしてから聞きに来てね、というリノアの意図がびんびんに感じられた。

 しかしこの三人、どうにも家政のことは疎く、いまいち動き切れていない。


「なあ、これって俺たち、リノアに尻を叩かれてないか……?」

「…………多分な。早く状況を整えろという圧を感じる……」

「プリン、料理長が言うにはすっごくおいしいらしいんだよ! ぷるぷるでつやつやでとろとろなんだって! 食べたいよー!」


 周りからの報告しか受け取っていないのに多大なるダメージを受けている。

 仕事に追われているのに、今さら家政の分野について学ぶのは無理だし、かといって任せられる人間がいるわけでもなし。


「このままじゃ俺たち、からあげってのもプリンも柔らかいパンも食えないのでは!?」

「リノアちゃんに直接聞いても、絶対はぐらかされるよね!?」

「何を取引の材料にされるかわからん……怖すぎるからやめてくれ……」



 涙をのみながら、部下たちが何かおいしそうなものを楽しんでいるのを、眺めるしかない三人だった。




 ちなみに。

 後日、カーティスが柔らかいパンやからあげを食べたことがあることを知り、崩れ落ちることになるのを、この時の三人はまだ知らない。


本日はここまでとなります。

お読みいただきありがとうございます!

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