第7話 上層部は胃が痛い
ウェルゲア王国。
この世界で、古くより魔術大国として知られる有数の強国は、賢王と称えられる現国王のもと豊かな平和を享受していた。
しかし、近年、大陸全土で魔獣の発生が多くなり、少しずつウェルゲアにもその波が押し寄せていた。騎士団を出して対応してはいるが、万全とはいいがたい。
この世界では、何十年か何百年かごとにこういったことが起こる。原因はわからないが、対処法は確立されていた。
それが「聖女召喚」である。
異世界からの人間を召喚することでその発生をおさえる。古くから、そうやってこの世界は危機を乗り越えてきていた。
聖女は魔獣の浄化ができることも多いが、できなくても世界にひとり聖女がいれば徐々におさまっていくと言われている。
そのため、魔獣の異常発生が認められ始めてから、この世界で随一の魔術力を誇るウェルゲアには、聖女を召喚してほしいという各国からの要請が相次いでいた。
ウェルゲア国王は聖女召喚に非常に消極的だったものの、国内からの嘆願もあって、しぶしぶその召還を行うことにしたのだが。
「なァ、なんでこんな面倒なことになっちまってんだろうなアル……」
賢王と呼ばれる現ウェルゲア国王、フィンレー・アルビー・ウェルゲアは、自分の執務室で見事な金色の頭を抱えていた。
目の前には自分の息子から上がってきた報告書。
アルと呼ばれた、フィンレーの右腕であるアルフィオ・シプラスト宰相は、そのきんきらきんの頭を横目で睨みつけた。二人は幼なじみで昔からの長い付き合いだ。公式の場でなければ、不敬を問うこともなく気軽にやりとりをしている。
アルフィオは、親友兼上司にいらいらと言いつのった。
「だから言ったでしょう、完全には任せるなと。私は言いましたよね? ローラン殿下の周辺はきなくさくなってるから気を配れと、言いましたよね? なのに何してたんですか陛下、なにか言い訳がありますか」
「言われたけど! ロロならできると思ったんだよ!!」
「アホですか! 執務をはじめたばかりの殿下に、聖女召喚のような大きな仕事をさせるなんてアホだけでしょう! 殿下もおおかた貴族どもになんか言われてやる気になったんでしょうがね!! おおもとはそのアホ貴族だとしても、陛下がとめなくては誰も止められるわけがないでしょう! 何してたんだ!」
その結果がこれだ、と書類を突き付ける。
そこには、一昨日行われた聖女召喚の詳細が書かれていた。昨日の深夜、ローラン付きの文官から上がってきた報告書だ。
それを朝一の今確認し、国王の執務室は阿鼻叫喚の騒ぎとなっていた。昨日から報告書を出せとせっついていたのだが、どこで指示がとまっていたのやら。
なぜ報告書がこんなに遅いのだ、せめて一昨日の深夜に出せと文官を叱りつけ、責任者であるローランに伝えるよう追い出したところである。
「二人召喚したのはいい、戦力が増えるのはありがたい! ですが! その一方を侍女扱いして、新人も新人のメイドと名ばかりの新人騎士を一人しかつけていないなぞ! 聞きしに勝る醜聞ですよ!! なんで新人を召喚の場に配置したあげく護衛に選んだのかもわかりませんがね!!」
いつも冷静なシプラスト宰相が吠えた。室内にいるのは、信用のおけるいつも身近にいる者たちだけなのに、彼らでさえめったに聞かない怒号だ。それだけ状況がヤバいのだ。フィンレーはますます頭を抱えた。
「しかも! それを悪いとも問題だとも思っていないのですよ! 二人目の異世界人は聖女の侍女だと完全に思い込みで突っ走っています! うちの息子も同罪ですがね!!」
ローラン・ヴィクター・ウェルゲア第一王子の側近につけた自分の息子、カーティスにも腹が立つ。アルフィオはふーっと怒りをため息に混ぜて深く吐き出した。
その怒りをまともに食らい、フィンレーはうああああ……とさらにさらに深く頭を抱える。
「もう一人の聖女さまとも、話は全くできていないようですね! そりゃそうでしょう、初手で『そなたは聖女に選ばれた、名誉なことだ』なぞと言い放ったらしいですからね! うちの息子も『おめでとうございます』なぞと言ったらしいですよ!」
「……聖女召喚の資料を渡したはずだが、あいつら読んでなかったのか?」
「知りませんよ! 執務室の文官が隠してるんじゃないですか!」
「は? なぜ? あいつは文官の鑑と言われたラヴァシオ家の出だろう? そんなロロの妨げになるようなことをするとは思えんが」
その返事に、とうとうアルフィオの言葉が崩壊した。
「おいフィン、ダルクス侯爵家から側近がねじ込まれたのを知らんのか」
「……いや、初耳だが」
「…………はああぁぁぁ」
とうとうアルフィオまで頭を抱えた。
しかし、二人そろって頭を抱えていても、問題は何も解決しない。その話は後にしよう、とむりやり断ち切って、アルフィオは冷静さを取り戻すべく、上がってきた書類を手にする。
「とにかく、二人目の異世界人にしっかりした侍女と護衛をつけて、改めて詫びと説明をするべきです」
「そうだな。手違いで未熟なものをつけてしまったと、まずそこから謝るのがいいだろう。ロロの侍女扱いについては、その後状況を見ながら、しこりにならないような形で異世界人を誘導していこう」
急いで対応改善を図らなければならないが、とはいえ要人の護衛と侍女だ。つける人員の素性や派閥の確認から行わなければならない。たいそうな手間であるが、下手な人員をつけるわけにもいかない。仕事が増えて重なっていく。
そこへ、さらなる凶報がもたらされた。
「し、失礼いたします! 急遽お知らせしたきことが!」
「よい、許す」
ウェルゲア王が瞬時に姿勢を改め、駆け込んできた文官を促した。
「い、異世界から召喚された侍女殿が、行方不明となっております!!」
「「…………は?」」
賢王と、その側近の口から同時に漏れた威圧まじりの問いに、使者である文官は涙目になりながら言葉を続けた。
「つ、つけたメイドと騎士が! 侍女殿の入るはずだった客間にて不埒な行為をしていたところを、ローラン殿下の命で侍女殿を呼びに行った騎士が発見いたしました! 尋問したところ、侍女殿は使用人棟の一番奥に案内したとのこと! すぐに呼びに行ったのですが、ドアの外からは鍵がかけられておりました!」
「それは監禁ではないか!」
「はは、はい! すぐにドアを破ったのですが! 侍女殿は中におられず! 窓が開いておりましたので、おそらくそこから脱出されたのではと!」
地底から湧き出るような低い声で、宰相はその文官に問うた。
「……それが今、明らかになったということですか」
「はっ、そのとおりであります!」
「今まで、その女性の世話は?」
答える声はもう悲鳴のようになっていた。
「メイドと騎士は、召喚した直後から客間にこもり、世話は何もしていないといっておりました!」
「湯あみどころか、食事も茶も手配していないと……?」
「そのとおりであります!」
部屋の温度が下がった。精神的なものではなく、物理的にだ。
アルフィオは水属性とその上位属性である氷属性の魔術を使う。怒りのあまり、抑えきれなくなった魔力が冷気という形で噴出している。
「……対応は?」
「ローラン殿下が、自分の元へ連れてくるようにとのことで、近衛騎士たちが動いております! また、侍女ならば聖女の近くに来るだろうからその辺りを探せと指示をいただいております!」
「まずいな」
フィンレー王がつぶやいた。
「対応を間違うと、異世界人をひとり失うことになるぞ」
「ですが、殿下がくだした命令を無下にはできますまい」
宰相が冷静に、けれど秘めた怒りはそのままに指摘する。
「アルフィオ」
「は」
「お前もローランのところに行って、謝罪のフォローをしてくれ」
宰相は、一瞬難しいこと言いやがってというように視線を鋭くする。
「ローランには俺の命令だと言っていい。今はとにかく、異世界人の誤解を解くことが先決だ。ああ、ユーゴも連れて行って鑑定してもらってくれ」
「……承知いたしました」
「伝令! 第一騎士団や文官たちも動かし、城の全域を探すように伝えろ! 幅広く探せ! 各城門に疾く伝え、黒髪に紫の目をした少女が通ったら丁重につれてくるように! 昨日の門番担当にも、黒髪の少女が通っていないか確認しろ! くれぐれも失礼のないように気をつけろ!」
「はっ!」
一同は、前代未聞の醜聞のフォローに動き始めた。




