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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第64話 疲れた時のザバイオーネ


「んえ~~~~……」


 講義を終えてヤン翁が帰った後、りのは、講義を受けていた応接間からキッチン兼ダイニングに移動し、大きなテーブルにべったりとなついて、ヤギのようなうめき声をあげていた。

 ものすごく頭が疲れている。ヤン翁の講義の後はたいていそうなるのだけど、今日はひときわ疲労感がひどい。


 情報量が。情報量が多すぎる!


 この世界にベーコンやハードチーズがない理由のきっかけをつかんだかもしれないこととか。

 この世界で他に聖女を召喚しうる国と、そのうちのひとつが戦争でなくなったこととか。

 魔道具を作った聖女のこととか。

 聖女に関する資料が、ウェルゲアにあることとか。

 精霊や神のこととか。

 ウェルゲアの地理のこととか。

 そもそも、昨日の食料品店のひとたちとのことも十分には整理できていない。


「うえ”~~~~……」



 頭が破裂しそうだ。考えることが多すぎて、うまく頭が働いてくれない。

 そこまで考えて、ぴこーんとひらめいた。


 よし、こういうときは甘いものを食べるに限る! さっきロゼとお茶しようって思ったし!


 善は急げとばかりに、りのは立ち上がってキッチンへ向かった。




(何を作ろうかなぁ……)


 キッチンで冷蔵庫やパントリーをごそごそしてみると、つやつやのアドルジュが出てきた。形はイチゴだが、色はオレンジで、味はブルーベリーにそっくりという不思議な果物である。アトラロ周辺でよく採れるらしく、新鮮なアドルジュがしょっちゅう持ち込まれていた。

 ちなみに、この世界にはイチゴもオレンジもブルーベリーもある。なんでや。


「『水球』」


 ひとつアドルジュをとって、水魔術で出した小さな水のボールの中に落とし、そのボールをやさしく回転させて洗う。

 水を消して、取り上げたアドルジュを一個、ポイと口の中に放り込むと、まだ十分に熟れていなかったのか、少し酸味が強い。


(ん~~、このままでも食べられないことはないけど、今はもうちょい甘みがほしい……あ、そうだ、あれ作ろう)


 家の近所の小さなイタリアンレストランで時々出ていたデザート。

 ベリー系のフルーツにはよく合うし、この時間なら少しワインをきかせて作るのもおいしそうだ。


「よし、ザバイオーネにしよう」




 ザバイオーネは、イタリアのカスタードクリームのようなお菓子で、ビスケットやフルーツにつけて食べる。

 通いつけていたお店では、デザートグラスにザバイオーネを入れ、その上にイチゴとフィンガービスケットをのせていた。とろりと濃厚な甘さのクリームに、甘酸っぱいイチゴやちょっと塩気のあるビスケットがとてもおいしくて、りののお気に入りだった。

 今日は、イチゴの代わりにアドルジュをたっぷりいれよう。


 こっそりとレシピを調べて、メモに書きつけ、レノアにもお願いしてお菓子作りの準備を整えた。

 

(お菓子作りって、この準備の時からワクワクがとまらないのよね)


 ボウルに、卵黄と砂糖をいれる。卵白は後でお菓子か何かに使おう。

 ネットで調べたレシピによると本来はマルサラ酒をいれるようだが、ここでは手に入らないので、かわりに白ワインをいれた。

 酒が好きだと知られてから、時々フィンレーが上等のワインを贈ってくれるので、ありがたくいただいている。それらの中から、甘めの白ワインを選んで、より奥の深い甘みのあるザバイオーネをめざすことにする。


「レノア、生クリームを泡立ててくれる?」

「はい、リノア様!」


 レノアに生クリームの泡立てを頼んだ。

 初めは、「生クリームを泡立てる」ということがよくわからなかったレノアも、今はスムーズに動いてくれる。


(ほんと、なんでホイップクリームがなかったんだろうね、この国は。っていうか、このお城だけないの? それとも世界のどこにもないのかな? う~ん、私の知る世界、せますぎ!)


 泡立て器はこちらの世界にはないので、フォークの背を使ってりのもせっせと卵黄を泡立てた。

 死ぬほど疲れるので、泡立て器は欲しいものリストのてっぺんに輝いている。ぜったいにほしい。


 険しい顔でそれぞれが白身と黄身をフォークでたたきつけ、ある程度泡がたったら、これを湯煎にかける。――のだが。


「『温熱』」


 りのは覚えたての魔術を唱えた。

 最近は、自分でいろいろ便利な魔法を作るのが楽しくて魔法ばっかりを使っていた。けれど、魔術の講義が進み、人前で魔術を披露することも増えている。魔法を使うことで魔力操作の技術が上がっているため、魔術も練習しているところを見せておかないと、違和感をもたれるかもしれない。

 そのため、先日ユーゴに借りた初級魔術辞典の中にあった魔術を使ってみたのだ。火の魔術の一つで、もともとは寒いところで人の体を温めるために使うらしい。

 ボウルをもうひとつ出してお湯を出して、という面倒な作業がこの魔術ひとつですむので、これからはどんどん活用していく所存だ。

 本当は「ヒート」の魔法の方がよく使っているためコントロールしやすいのだが、魔法だけではなく魔術も頑張ろうと決めたので、ここは「温熱」で行く。もちろんレノアやロゼリアが近くにいるというのも理由だ。魔法はまだないしょである。



「リン、あの、その魔術は」

「えっ、別に料理につかってもよくない? 細かい調整ができることが大切ってユーゴ様が仰ってたし、練習がてら、ねっ」


 おそるおそる、それは人をあっためるものですよーと言いたげだったロゼリアを笑顔でかわし、さらに混ぜる。

 手順に集中しているうちに、頭の回転が少し戻ってきた。

 混ぜながら、さっきの授業のことを考える。


(保存食のことは、レオさんとウェスさんに会ったときにさりげなく聞くかなあ……いや、優先順位としてはまだ後がいいかな。急がなくていいわ。神様の話と他国の件についても、図書館で調べるところで止まっておこう。ヘタに聞いてすわ家出か出家か亡命か!? とか思われたらめんどくさい。この二つは下調べだけでタイミングをはかって進行、っと。というか、王城と地方の差もありそうだから、その辺はイリットたちにも聞いてみよう)


 フォークをあげて、手の甲で温度を確認すると、ちょうど人肌くらいだった。

 「温熱」を解除し、


「よし、ここからは、『水球』」



 今度は水魔術で水のボールを出して、器の半分にまとわせる。ボウルを支えるクッションのような感じだ。

 それにこっそりと、最近作った「クール」という魔法で冷やしながらかきまぜていくと、ふんわりとしていたクリームがもったりとしてきた。

 よしよし、いい感じだ。


「レノア、そっちはできた?」

「はい。確認お願いします」


 ボウルを差し出されたので、フォークを借りてちょっとすくってみると、しっかりツノが立っている。


「ありがとう、いい出来だわ」


 にっこりお礼を言ってボウルを受け取り、生クリームを追加、さっくりと泡を潰さないように混ぜて。



「よーしっと」



 ボウルにスライム紙をかけて冷蔵庫へいれて、冷たくしておく。

 これこそ「クール」で冷やしていいものなのだが、「水球」と一緒でなければバレそうだし、お茶の準備をする時間やのんびりする時間がほしくて、あえて冷蔵庫でゆっくり冷やすことにした。

 アドルジュを「水球」で洗って、水切りをし、さらした綿布で水を丁寧にぬぐう。

 明るいオレンジの色のイチゴがころころしているのは目にも楽しかった。


(んー、かわいいデザートグラスがあったらいいなあ。アンティークっぽく気泡のポコポコ入った、ぽってりしたデザインのグラス。足は太目がいいな。色はついてない方が使い勝手はよさそうねー)


 自分で料理をするようになってから、使いたい食器が着々と増えていく。

 それらの中にはこちらにないタイプのものも多いので、どこかで作ってもらうかしようと思っていた。とはいえ、新しい知識や技術を広めるのはまだ早い。もう少し準備も必要だ。今は身のまわりに小出しするくらいでいい。


 水切りを終えて洗い物に取りかかりながら、りのはさっきの授業のことを振り返る。


(動く必要があるのは聖女の資料の件だね。図書館に聖女関連の本が少なかったのは、王家が保管してたからなんだろうなあ。「そういえば~」みたいな気軽な感じでユーゴ様に投げて、反応見ようかな。ヤン翁との関係も不明だし、ちょっと探り入れよう。そこから資料を貸してもらえるように交渉しよう。できれば聖女の自筆の資料があればいいなあ。どこの国から来た人かにもよるけど、ラッキーなことにタブレットもスマホもあるから、ウェブの辞書が使えるのよね。ネット翻訳、けっこういろんな言語がそろってるし)


「レノア、ミントを少しちぎって洗ってくれる? 飾り用だから少しでいいよ」

「はい!」


 口の広めのグラスを五つだして、と。


「よし、いい感じ! もう少し冷えるまで、お茶でも飲みましょうか。ああ、ついでにグラスもゆっくり冷やしておこうかな」



 レノアがお湯を沸かし始める横で、りのは冷蔵庫にグラスをつっこんだ。



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