第63話 ウェルゲアあれこれ
「それでは次に、ウェルゲアの各領の位置から確認してまいりましょうぞ」
「はい、お願いします」
二人で、世界地図より詳しく大きな地図を覗き込む。先ほど見せてもらったウェルゲア王国の地図だ。
ウェルゲア王国のあるウェルゲア半島は、下の辺が短い台形のような形をしていて、短い辺のところ以外は海と接している。
ヤン翁の皺の寄った指が、下の、つまり南の方を指した。
「我が国の中で、大陸と接しておるのはこの部分だけで、ここが国境ということになります。他のところは海になっておりますゆえ、実質この南の辺のみが他国と接しているということになるんですな。ここは古より二つの辺境伯領が固めております」
一つはティトルアン辺境伯領。
「ウェルゲアの盾」の名を持つ、ウェルゲア随一の武闘派の家門。
そういえば、フィンレーがいつも連れている近衛騎士団の副団長フィリベルが、このティトルアンの出ではなかっただろうか。
ウェルゲア一の武闘派かぁ、護衛にはぴったりだなぁ……。
「もうひとつの辺境伯領はティレルと言いましてな」
「あれ? ティレル?」
「さようです。ロゼリア嬢は、このティレル辺境伯家の末の御子となられます」
そうなんだ? とロゼリアの方を見ると、ロゼリアはすました顔で小さく頷いている。
「ティレルは、もともとティトルアン辺境伯家の寄り子の伯爵家でしてな。国境すべてをティトルアンだけで守るのは難しいということで、ティトルアンから分かれて辺境伯家となりました。そうでしたな、ロゼリア嬢?」
「は。大分昔、ティトルアン家の次男がティレル家へ婿入りし、そこから辺境伯領として独立したと聞いております」
なるほど、負担を半分こにするためののれん分けか。
それにしても、ロゼリアの実家の話など聞いたことがなかったな、とりのはもったいない気持ちになった。
この授業が終わったら、ロゼリアの好きな甘いお菓子と紅茶でお茶会をしよう、と決めた。
次にヤン翁の指は、二つの辺境伯領の上の部分を四角くなぞった。
「この残りの部分を、四つの公爵家、八つの侯爵家、十の伯爵家で分けておさめております」
そして、この二十四の上位貴族家の下に、各領地を預かっておさめている伯爵家、子爵家、男爵家があるそうだ。
「つまり、領地の持ち主はその上位貴族家で、それを分けて下位貴族家に管理させているということですか?」
「そうですな、そう思っていただいてよろしいでしょう。伯爵家に関しては、領地をもつところと、持っていないところとございます。上位貴族家では、本家に対する一番近い分家として伯爵家をたてているところがありますからの。まとめて上位貴族家としておりますが、その中でも差があるということです。また、領によっては寄り子に土地を下賜しておるところもございますぞ」
「下賜しても独立しているわけではないんですよね? 永久貸与、みたいな?」
「さようです。最終の権利は上位貴族家が持ちますが口出しはせず、普段の管理や収益は下位貴族家が持つといったかたちですなあ」
「なるほど」
土地の所有権を持たないとはいえ、土地を富ませうまく管理すれば収益はあがり、それを手にすることができる、と。
上位の貴族家は、そこから税を集め、また領地全体に分配し管理する。
(んー、やっぱり向こうとは違うなー。まあそれも当然か、向こうにはない魔獣やダンジョンっていうリソースを中心に発展してきたんだろうし。どこかで向こうの知識や仕組みをとりいれてる可能性はあるけど)
ヤン翁は次に、台形の各角のあたりをぽんぽんと差した。
「辺境伯家の上の部分の各角を、四公爵家がおさめております。そして、先ほども申しましたように、このズワト山脈を中心とした部分をロード四家と呼ばれる四つの侯爵家がおさめており、残りの土地を四侯爵家と十の伯爵家が拝領しておる形です。王領は二つあり、一つがこの王都アトラロですな」
そして、北の長い辺を左からすっと指していく。
「北西のファルマン公爵家から北東のガズメンディ公爵家の間にある侯爵、伯爵領は、北に位置しておるため農作物があまりとれませんでなあ。全体から見るとかなり領の運営が難しくなっております」
主食の小麦が取れないというのは、やはり厳しいようだ。
「ただ、ファルマン公爵家は領内にサーギマ湖と、サーギマ湖に付属するサーギマダンジョンがありますでな、ウェルゲア全体から見てもかなり豊かな領と言えるかと。他の領は、自らの領地の特徴を生かして、農作物が取れない分を補いつつやっておりますのう」
たとえば、一族で薬学に詳しいメディル伯爵家は薬草の研究、育成を中心産業としているし、治癒魔術の研究を行っているロアーダ伯爵家は人材派遣のような形で治癒魔術師を派遣し利を得ているという。
「へぇ、寒いところでも薬草とかは取れるんですね」
「薬草でも寒さに強いもののみでございますよ。他のものは研究中と聞いております」
「そうなんですね。他の領はどうなんでしょう。寒さに強い農作物は育ててないんですか?」
「…………育ててはおりますがのう、自分たちの食い扶持をつくるので精一杯かと」
(今の、なんだろう。何にひっかかった?)
表情を変えないように気をつけてりのが黙り込むと、ヤン翁は、先ほどご説明いたしましたのでロード四家は割愛いたしましょう、といって、淡々と授業をすすめていく。
北西のファルマン公爵領から、南西のシプラスト公爵領にかけて、海と接しているところは港があり、船舶による行き来が盛んだという。
特にシプラスト公爵領はファニア大河という大きな川も流れており、港湾と共に豊かな農地にも恵まれているそうだ。
ここはアルフィオ宰相のおさめる領地だが、宰相位に就いていて余裕がないため、領地運営は弟と先代が行っているとのこと。
また、海に接していない領も広々とした畑が広がっているという。
「息子に当主は渡しましたが、わがシャルニエ領もこの並びです」
とヤン翁が笑った。
一方、北東のガズメンディから南東のレンデリーア公爵領にかけては、ロード四家の占める割合が大きいのもあって、それほど広大な領はないそうだ。例外はレンデリーア領で、ここにもベサス河という川があって、その川が運ぶ肥沃な大地が広がっている。
「この並びには入らぬのですが、ズワト山脈の南側、ロード四家のおさめる地の南に広がるのが、ピュシェル領とジュランディア領です。両者とも大変小麦の生産に適した地でしてな、この辺をまとめてウェルゲアの食糧庫と称しております」
「ジュランディア……ああ、ユーゴ師団長の」
「さよう、ご実家でございますな。兄君がご当主ですが、このジュランディア侯爵家はウェルゲアでは一二を争う古い家でして。もともと魔術師が起こした家で、魔力量の非常に多い魔術師を輩出することでも知られております。魔道具の一大産地でもありますのう」
りのの交友関係を調べてきたのか、りのの身近な人々の領地のことから教えてくれた。
そこから派生して、各領の話につながっていくので、全く知らないことばかりのりのでもするりと内容を把握できていく。
(悔しい……わかりやすすぎる……!)
面白い話をしっかりと聞きながら、しかしりのはどうにもさきほどの惑うような沈黙が気になってしかたがない。
ガズメンディと北部の話をしていた時の、翁の迷うような視線、沈黙。
(あれ、何か言いたいことっていうか、私に伝えたいことがあったのでは?)
得た情報の多さもあり、授業が終わる頃にはぐったりしてしまったりのだった。




