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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第62話 世界地図


 重い話をいったんおしまいにして、紅茶をいれてもらい、一息ついてから今日の講義が始まった。

 りのとヤン翁の前には、二枚の地図が並んでいた。

 一枚目の、横に長い世界地図を指しながら、ヤン翁が解説をしてくれる。

 まず、地図の方向から、大体の気候分布についても教えてもらった。


 北に行けば行くほど寒く、南に行けば行くほど暑いが、例外もある。

 地図の上が北で、下が南。

 地図の縮尺はあまりあてにならないそうだ。

 赤道という概念はないようで、りのの中では向こうでいう北半球のみという感覚である。



「この世界は主に三つの大陸がくっついたような形をしておりましてな。一番左側のこの部分を、ミルリア大陸と言います。先ほどお話したオルレシウス帝国やリガナリオス魔術王国、もう滅んだミルトニア王国などは、このミルリア大陸にある国々となります」


 ふむふむと地図を見ながら確認する。横に細長い三つ葉のクローバーのような形で、左右の葉っぱが大きく、上の葉っぱは小さめの逆さ台形。そして三枚の葉の接点部分がとても広い感じだ。

 西の葉にあたるミルリア大陸はかなり大きな陸地だった。

 そのミルリア大陸の真ん中あたりに、ややいびつな丸が書いてある。


「この中央の丸い部分は何ですか?」

「ここは空白の森と言いまして、人の身では渡れぬ深い深い森林地帯となっております。いまだ踏破したものもおらず、どこの国も所有していない、政治的にも空白の地帯になりますな」

「はー、すごい森なんでしょうねえ」

「深い森であることに加え、魔獣も強いのがうようよしております。どの国もこの森を拓いて領土を広げたいとは思っておるでしょうが、手を出してはおりません。まったくもって現実的ではなく、愚かなことと笑われますゆえ」

「へえ、怖いところなんですね。だから『空白』なのかぁ……」


 ヤン翁はそうですなあ、ヒトは踏み入らぬほうがよいところです、と念を押すように笑った。


「三つの大陸のうち、中央の北に位置するのがウェルゲア半島、つまりこのウェルゲア王国になります」

「半島がまるごとウェルゲア? ということは、ウェルゲア王国は世界の中でもかなり広い国なのですね」

「そうですのう。他の二つの大陸はいくつもの国に分かれておりますが、小さめとはいえ、ウェルゲア半島にはウェルゲア王国しかありませんからな」

「なるほど」

「そしてこの一番右の陸地がデケリア大陸と申します。このデケリアの真ん中あたりに、切れ込みのような深めの入り江が南北に走っておりますじゃろ? この切れ込みの左側、ウェルゲアに近いほうをデケル地方、右側をアネぺリア地方と呼んでおります」


 デケル地方は大変気候の厳しいところだそうだ。南はほぼ砂漠地帯。北側も荒涼とした気候だという。

 一方、アネぺリア地方は北も南も緑の深いところで、農産物も多く豊からしい。緯度は関係ないのだろう。異世界は不思議だ。


「この切れ込みのちょうど上にあたるところ、この辺りをロスラリス山脈と呼んでましてな。ここも空白の森と同じく、ヒトの近寄らぬ場所ですぞ。何せ恐ろしく高い山々が連なっておるのに加え、竜の住処になっておると言われておりますのでな」

「竜!」


 やっぱりいるんだ、竜! ドラゴン!

 ファンタジーな生き物の登場に、りののテンションが上がった。


「竜についてはさまざまな伝説や逸話がありましてなぁ。荒々しく恐ろしい、魔獣の上位互換のような存在とするものから、自然の力を凝らせた精霊のようなもの、果ては神の使いとするものまであるんじゃよ」


 話すごとに目がキラキラしていく。言葉に熱がこもっていく。

 ああこのひと、さては竜が大好きだな?


「人智を越えた知識、膂力を持つと、なんと意思の疎通ができるなどという夢のような話もありますのじゃ!」

「いいですねえ、竜とお話できたらすてき!」

「そうじゃろうそうじゃろう! 竜を愛する者にとっては、このロスラリスは聖地のようなものなんじゃ!」


 ヤン翁は今までの穏やかな語り口はどこ行ったレベルで楽しそうに語りだす。

 さすが先生ー、知らなかった―、すごーい、そうなんだーと、どこかで見た夜の蝶々さんたちのキラーワードを繰り返して話をつなげながら、りのは竜のことやその周辺国、その気候のことなど必要な情報を頭に叩き込んでいった。

 特に興味がわいたのは、宗教らしきものについての話。


 精霊、神。

 そういう存在がいるということについてだ。


 ヤン翁曰く、魔術の属性と合わせて、火、土、風、水、光、闇と六つの精霊がいるとされている。

 固有の名を持つ大精霊の下にあまたの精霊たちがいるが、大変に気難しく、ヒトと接することはほとんどないという。

 妖精はいるのかと思って聞いてみたが、妖精とはなんですかな、と不思議そうな顔をされた。いないらしい。

 もしくは精霊といっしょくたになっているのかもしれない。そもそも精霊と妖精の違いは私にもよくわからないしなあ、とりのは内心頷いた。


 神については、いろいろな神様が存在しているという。

 創造の神、生命の神といったところから、農業、鍛冶、魔術の神まで。


(八百万って感じか……ちょっと日本に近いかな。一神教じゃないのがけっこう意外だわ)


 このウェルゲア王国は、創造神ウェメリオを主神としているが、信仰の強制はないらしい。

 創造神とは、この世界をまるごと創造した神ではなく、ウェルゲア半島を創造した神のことなのだそうだ。

 他の大陸は別の創造神が作り、三つがくっついたことで世界が安定したと言われている。

 そういった他の神を信仰するのも自由だが、母国の主神ということで、創造神ウェメリオと自分の信仰する神様を並べて信じる人が多いという。

 一番多いのは、いろいろな神様に、時と場合に応じて祈りをささげる感じの信仰だそうだ。


(ちょっと日本っぽい……でもそうなると、私の体や能力を弄ったのが誰か、ますますわからなくなるなあ)


 会ったことはもちろん、声を聴いたこともないけれど、こちらの世界に引きずり込まれたときに何かされたのは確かだ。

 それが、誰の手によるものなのかがわからない。

 りのの顔や能力が変わったことに、あのユーゴ魔術師団長さえ触れてきたことがないので、おそらく彼らの意図したところではないし、彼らの力でもないだろう。

 となれば、超常の存在と考えるのが普通だ。


(それがほんとに神様なのか。神様だとしたら、どの神様なのか)


 あちらに帰ることを諦めていないりのは、向こうに戻った時に自分が今までの顔や年齢に戻れるのかが気になっていた。

 どの神様に殴りこめば……じゃなくてお願いすれば戻してもらえるのか。

 これも要調査だ。


 しばらく楽しそうにドラゴンについて語った後。

 ヤン翁ははっとして、もごもごして、しれっと姿勢を整え、デケリア大陸にある国について講義を始めた。

 気候が厳しいデケル地方には大きな国はなく、北は都市国家の緩い同盟、南は砂漠を旅する遊牧民の世界だという。

 一方のアネぺリア地方には、魔族やエルフなど異種族が中心となっている国々があるそうだ。


「アネぺリアには、ウェルゲアとは文化の大きく違う国が多うございますな。国境を接してもおりませぬし、我々としてはいささか遠い国という感じです。もちろん政治的なかかわりは絶えぬよう、きちんと付き合いはございますぞ」


 なるほどなー、この世界だと物理的な距離が遠いと接する機会もなかなかなさそうだもんなあ。

 りのはそう思いながら、せっせとメモをとった。



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