第61話 国際情勢はたいへん
思わず、りのは息を飲んだ。
もしかして、魔獣に?
いや違う、フィンレー王は魔獣でほろんだ国は今のところないと言っていた。
ならばなぜ?
「ミルトニアの先代の王は大変な切れ者でいらしたが、早逝なさいましてな。跡を継いだ弟君には荷が重かったようで、隣国である神聖オルレシウス帝国に侵略され、王家の血筋は絶えたと聞いております。今はたしか、ジネスティア領、とかいう名で、オルレシウスに併合されておるかと」
戦争か。
それも侵略戦争。
王家の血筋が絶えたということは、皆殺しになったのか。
りのは細くため息をついた。
正直に言えば、魔獣よりもずっとリアリティを感じて背筋が寒くなった。
人と人が殺し合う世界。自分がいるのは、そんな世界だ。まあ向こうも変わりはしない。歴史をかじれば、いかに多くの人が、国が殺し合ってきたかはわかるし、こちらでもそうだということだ。
しかし、魔獣が活発化しているというのに戦争を継続しているとは。業が深い。
「ミルトニア王国は、滅亡する前に聖女の召喚はしていなかったのでしょうか」
「聞いておりませんなあ……といいますか、召喚しておればおそらく負けはしなかったかと」
「そうなんですねぇ、聖女ってすごいですねぇ。魔術も使えるし、すごい魔道具を作れちゃう人もいるんですもんねぇ」
ヤバい、ちょっと棒読みがすぎただろうか。
聖女が卓越した兵器のようにとらえられていることを改めて感じて、思わず力が入ってしまった。
「そうですなあ。たしかこの魔道具を作ったお方は、魔術もですが魔道具の作成により長けておられたようですの」
「異世界から来て魔道具を作れるなんて頭がよかったんですね。元の世界でもそういったものに携わってたのかもしれないわ。私には無理そう……」
私に同じことを求めるなよ、と牽制。と同時に、こう言っておけば情報が落ちるかもしれない、と期待して。
「聖女さま方のなされたことというのは市井にはあまり詳しく広まっておりませんが、各国の王家では一応把握されておるかと思います。ウェルゲアにもたしかあったはずですじゃ。儂もその資料で、ダンジョン核制御道具のことを知りましたでな。それに、ウェルゲアがお招きした聖女さま方の残された文書などは禁書扱いで保管されておるはずですぞ。ご興味がおありでしたら、そのうちジュランディア魔術師団長に聞いてみたらよろしかろう」
よしきた!
先生、情報ありがとう!
「へえ、そんなのがあるんですねえ。でも、王家の方々ではなく、ユーゴ様がお持ちなんですか?」
「いやいや、団長殿が持っておるわけではありません。貴重な資料ゆえ魔術で保管しておるはずですからの、管理責任が魔術師団にあるというだけです。所持者は王家ですし、閲覧許可は陛下が出されるかと思いますぞ」
「なるほどー。まあ機会があったら聞いてみますねー」
関心が薄いように適当に返事をし、話の方向を微妙にずらす。
内心では絶対に見せてもらわなきゃ、と拳を握りしめていた。
「じゃあもうミルトニア王国で召喚はできないんですね。戦勝国のオルレシウス帝国? がするのかしら」
ヤン翁は、その穏やかな赤い目をぎらりとさせて、それが今もっとも懸念されておりますな、と苦々し気に言った。
「オルレシウス帝国は大の戦争好きでして、周囲の国にしょっちゅう戦をしかけるので嫌われております。そんな国にミルトニアの召還魔術が伝わるなど、この世界にとっても、聖女様にとっても悲劇しか生みますまい」
うわー、とりのも顔をしかめた。
そんな国ならば、いるだけでいいなどとは言ってくれないに違いない。まさしく人間兵器扱いだろう。どんな扱いをされるか、考えるだけでも嫌だ。
「ただ、オルレシウスは魔術の素養のあるものが少なく、召還魔術を扱えるようになるとしても大分先のことだろう、と我が国の外交部は判断しておるようです。それに、」
ちょっと声を低くして、ヤン翁はりのにささやいた。
「これはまだ未確認の情報ではありますが、オルレシウスがミルトニアを接収した際、魔術関連の書籍や書類は一切見つからなかったとか」
「え、敵の手に渡る前に処分しちゃったとか……?」
「可能性はありますな。魔術を使って深く隠したという可能性も捨てきれませんが。オルレシウスの皇帝が激怒しておったという話が伝わってきております。まあそういうわけで、現状、聖女召喚を行えるだけの魔術師を抱えておるのはウェルゲアと、リガナリオス魔術王国、魔王国ディスメイユの三国くらいですな」
聖女召喚に関して、いろいろなことをあっさり教えてくれたことに、うっすら意図的なものを感じる。
しかし、情報を得られる機会を捨てたくはない、と、りのはもう少し踏み込んでみた。
「先生、その二つはどんな国なんですか?」
「そうですなあ、リガナリオスは名前の通り、わが国と比肩するほど魔術師を多く抱えております。ですが、ここもオルレシウスの隣国で、今は戦争真っ最中ですじゃ。召喚に費やす魔力の余裕はないでしょう。召喚は膨大な魔力をため込み、それを一挙に使う必要がありますでな。そもそも、魔術の研鑽と継承を是とする国ですからの、よそから聖女という魔術の使い手を召喚することに否定的な者が結構おりまして。できはすれど、召喚はあまり行ってこなかったという歴史があります」
ふむ、と頷いた。
戦況次第では、また誰か呼ばれてしまうだろうか。戦況を聞いてみると、ヤン翁が呆れたように肩をすくめた。
「リガナリオスも慣れておりますからのう……優秀な魔術師も多く抱えておりますゆえ、戦況はオルレシウスが圧倒的に不利です」
「……ええと、オルレシウス帝国って、負けそうなのに、それでも戦争するんですか……?」
意味が分からないと思わずつぶやくと、ヤン翁もふかくふかく頷いた。
りのの中に、オルレシウスは戦争好きの思考回路のわからない国としてインプットされた。
「魔王国ディスメイユは魔獣が増えてもあまり困らぬ国でしてな。人口は少ないのですが、国民のほとんどが魔族という恐ろしく魔力と膂力の強い種族でして、増えたら増えた分だけ倒せばいい、民は力を発揮でき国も富む、という方針ですじゃ。むしろ聖女召喚には批判的な立場をとっております」
魔族!? やっぱり魔族っているんだ!? という興奮が過ぎると、りのはヤン翁の言葉をかみ砕いて、あちゃー、と思った。
これ、この世界の国の中で安定して聖女を召喚してくれそうなのって、ウェルゲアしかなかったってことでは?
そんなりのの気づきを肯定するように、ヤン翁が呟いた。
「――――だから、フィンレー陛下は、聖女召喚をせざるを得なかったのです」
静かな声に、はっとした。
目の前の老翁の赤い目は、どこか遠くをみているような、不思議な深さがあった。
この人は、フィンレー王やその周囲のひとの罪悪感を知っていたのだろう。
王が伝えなかった状況をりのに伝えることで、王に叱責されるかもしれないことも、これを伝えることがりのの不興をかうかもしれないことも、たぶんわかっている。
それでも、このひとは伝えたかったのだろう。
何のためかはわからないが、教師という立場を使ってでも、伝えたかったのだ。
この理不尽な召還を許す気はない。
一方で、その状況は理解できた。
だから、わずかに口の端を上げて微笑むいつもの顔で、りのはなるほど、とすまして頷いた。
本日はここまでとなります。
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