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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第60話 マジックバッグから亡国


「こんにちは、ヤン先生」

「ごきげんよう、リノア様」

「今日もよろしくお願いします」

「ほっほ、こちらこそ」



 食料品店の商人たちと楽しくお茶を飲んだ次の日、りのは歴史の先生をむかえておしゃべりに興じていた。

 互いのスケジュールをつきあわせ、二日か三日に一度のペースでの講義は、まずおしゃべりから始まる。

 ヤン・シャルニエは長めの白いあごひげをしごきながら「ほっほっ」と笑う、柔らかな表情の御仁である。深いワイン色の目が知的なイケ爺だ。


(って、だまされるかあああ! このひと、ぜったい、タヌキ!)


 りのの経験上、こういうタイプの人は絶対に心を許してはならないのだ。

 いいように利用されるのがオチなので、利用されてもいいと思えるくらいの恩や好意がないのなら、深入りしない方がいい。


(この人に教えてもらったことで政治に関わることは要精査すること! ファクトチェック必須!)


 とはいえ、教師としてのこの老爺の力はすばらしく、ヤン翁と一時間話すだけでこの世界への理解度がぐんと深まっていく。


「そういえば、昨日ちらりと教えてもらったんですけど、こちらの世界にはダンジョンというものがあると」

「ほお」


 面白そうな顔をして、ヤンはあごひげを撫でた。


「私の世界にはないものなんですけど、どういうものなんですか?」

「その人にお聞きにはならなかったんですかの?」

「一応、かんたんに説明をしてもらいはしましたけど、よくわからなくて」


 てへっと笑うと、ヤン翁は笑って改めてダンジョンの説明をしてくれた。

 内容としては、昨日ウェスに聞いたのと大差なかったが、齟齬もなかった。

 ふむふむと聞きながら、やはりダンジョンとはこの世界の資源なんだなーとりのは思った。

 食料品、し好品、武器防具、便利道具。いろいろなものが出てくるダンジョンは、この世界の経済を支える一つの柱なのだろう。

 マジックバッグと呼ばれる、インベントリの限定版みたいな魔道具が出てくるとも教えてもらった。バッグと言っても、カバンの形をしたものだけではなく、箱やクローゼット、馬車の形をしたものもあるという。


(やっぱりこっちの世界にはあるんだな、マジックバッグ。昨日ウェスさんがお肉取り出してた木の小さな箱みたいなやつ、あれもマジックバッグだったんだろうな)


 もっと情報がほしくて、りのは無知を装いつつ、ちょっとつついてみる。


「そのマジックバッグって、たくさん入るんですよね? 出し忘れて腐ったりしたら大変そう……」

「ほほ、リノア様、ダンジョンから出るマジックバッグのほとんどには『時間停止』の魔術が付与されておりましてな。腐るどころか、新鮮な状態でずっと保管できますのじゃ」

「わぁ、すごい! 『時間停止』ってすごい魔術があるんですねえ」

「いやいや、そんなにうまい話ではありませんぞ。『時間停止』の魔術での再現は、今のところできておりませんからの」

「そうなんですね……あれ、ということは、『時間停止』のついていないマジックバッグは作れるということですか?」

「はい。まあ作れるものがそう多くはおりませんので、高いものではありますがな」

「それでもすごいですね、お買い物が便利そうだわ」

「ほほほ、買い物というか、食料などの保管のために、貴族家ではほとんど持っておりますよ。平民に買えるようなものではありませんが、冒険者どもはダンジョンで自力でドロップさせたものを持つことが多いと聞きましたの。領によっては食料品関係の商会に貸し与えていることもありますなあ」

「それはすてきな領主様ですね」


 言葉の端々に感じる貴族主義に内心うわぁとなりながらも、会話をつなげることに神経をそそぐ。

 にっこりと世間知らずっぽい感想を言いながら、りのはなるほどなーと思った。


(長持ちする系の食べ物がないのって、『時間停止』付きのマジックバッグがあるからかもしれないなあ。ある程度お金があれば保管と輸送が簡単にできるってことだもんね、長持ちさせる工夫がそんなにいらないんでしょうよ。んー、もしそうだとしたら、地方とか領主がケチな領にいけば、自家用で長期保存できるものを作ってる場合もあるかな。これはゆっくり調べたほうがよさそう。それにしても、)



「なんでこの世界にはダンジョンがあるんでしょうねえ」



 おもわずぽろりと出た言葉に、りのはぱくりと口を閉じた。しまった、つい心の言葉が。

 ヤン翁は皺に埋もれた赤い目を見開いている。

 これはちょっとごまかしたほうがいいかもしれない。


「すてきなものをいっぱい落としてくれるけれど、魔獣もいっぱいいるのでしょう? 安全にドロップ品だけ手に入れられれば良いのに」

「そうですなあ、我らの見果てぬ夢でございますなあ」


 ヤン翁はほほえましそうにりのの言葉を聞いていた。


「ダンジョンっていっぱいあるんですか?」

「ございますぞ。特に多いのはズワト山脈のロード地方ですな」


 ヤン翁は手元に置いていた数枚の紙の中から一枚をひっぱりだし、テーブルに広げて見せてくれた。

 それは、ウェルゲア王国の地図だった。


 りのも一度、国の全体像を知ろうと図書館で地図を探してみたことがある。しかし簡易な地図しかなく、りのは未だにこの国の地理がつかめていない。

 それを前回の授業の時に伝えると、では次の授業ではウェルゲアの地理をやりましょう、という話になった。

 おそらくこの地図はその資料としてもってきてくれたのだろう。


 地図には、下の辺が短く上の辺が長い台形の陸地が描いてあった。

 その陸地の中央、やや北東に寄ったところを、ヤン翁のしなびた指が丸く囲う。


「これはウェルゲアの地図で、この辺りがズワト山脈です。ウェルゲアで最も峻険な山脈であり、またウェルゲアで最も魔獣の出没の多いところでもあります。ここはセティロード、ミラロード、ノルロード、ラギスロードの四つの侯爵家の領地となっております」


 この四家がおさめるところをまとめてロード地方というそうだ。


「ロード地方の各領にはそれぞれいくつものダンジョンがありまして、それぞれに特産品を生み出しております。ただ、五十年ほど前からこの辺の魔獣が活発化しておりましてな。ダンジョンは閉じるか、もしくは最低限の規模まで減らして管理しております。特にセティロードはスタンピードも多く、ダンジョンまで手が回らぬと言って、ほぼダンジョンを閉じておるのですよ」

「えっと、ダンジョンって閉じることができるんですか?」


 ダンジョンが死ぬ、ということはウェスから聞いたが、閉じるとはどういうことだろうか。

 そう聞くと、ヤン翁はあごひげをしごきながら教えてくれた。


 曰く、ダンジョンの最奥にはダンジョン核というものがあるという。

 この核にとある魔道具を設置することで、ダンジョンの活動、つまり魔獣が生まれる頻度や数をかなり抑えることができるらしい。

 余裕がないときはなんとか最奥まで行ってこれをとりつけ、ダンジョンにかかる手間を減らすのだそうだ。

 もちろん貴重な資源が出なくなるので財政は厳しくなるが、それどころではない時に使用するのだという。


「すごい道具があるんですねえ」

「この魔道具は、確かかなり前にミルトニア王国が召喚した聖女様の手によるものだと聞いております」


 ぽろりとこぼれた重要情報に、りのはとっさに表情を作った。


(察知されるな、自然に聞くことが大事!)


「あ、他の国でも聖女さまを連れてきてるんですね。ミルトニア? というのは、ウェルゲアの近くの国ですか?」


 今まで、その名を聞いた記憶がなかったので軽く首をかしげると、ヤン先生が苦く笑った。




「ミルトニア王国は、二年前に滅亡しました」



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