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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第6話 いろいろ調べてみる


 目を覚ましたとき、小さなくもりガラスの窓の向こうはうっすら明るんでいた。夜明け前、という感じだろうか。

 ぎゅっと丸まって寝ていたはずなのに、体のどこにも痛みがない。


(……目も乾いてなくて開けやすい。そうね、二十代のころってそうだったな)


 苦笑して、ひとつ大きく伸びをして立ち上がった。

 気分は、悪くなかった。


(やっぱりおなかすいてる時と疲れてる時と眠たい時は考え事したらだめだわー)


 暗い方向へ転がっていた夕べの思考を思い出し、もう一度苦笑する。

 夕べは自分が異物になった気がして絶望的な気分になっていたが、ご飯を食べてしっかり眠ったことで、思考がずいぶんフラットになったようだ。

 考えてみれば昨日は出張の最終日で、東京から長距離移動をし、大量の買い物をして家に帰るところだったわけで、疲れていて当然だったのだろう。四十代の体だったし。しかもその後に、理解不能なことの連続だったのだ。

 今は気持ちも少し前向きになっていた。


(今の状況を打開するには、魔法はぜったいに役に立つ。若くなったから、多少の無理ができる。美人になったから色仕掛けもできる……気はしないけど、まぁラッキーって思おう。向こうに帰ったら全部戻る可能性も大きいんだし。それに、正直言って「鑑定」ってほんっとに便利! 向こうで絵とかアンティークとか見るときに使ったら、贋物をつかまされなくてすむし、何より状態が一発でわかるわけで……いや、「鑑定」に頼ると勉強しなくなるし目も鈍るかな……でも便利よねぇ……)


 インベントリから化粧水を取り出してふき取り洗顔をした。乳液で保湿をし、髪をとかし、最低限の身だしなみを整える。まだ鏡を見る気にはなれなかったので化粧は省いた。


「そういえば、髪の色は変わらなかったんだなぁ。ちょっと黒黒したくらい? 白髪がまったくなくなってるのは嬉しいけど」


 呟きながら、手早く髪を一つにまとめた。

 どうせなら、ピンクとかでも面白かったのになぁ。




 さて食事をしようと、昨日あけた水のペットボトルとクロワッサンの袋を取り出して、りのはおかしなことに気が付いた。

 昨日四分の三くらい飲んでいたはずなのに、水は満タンで、しかもキャップが開いていない。

 あれ、と思ってもう一度確認してみたが、やっぱりきっちりキャップは未開封。


(どういうこと?)


 チョコレートも昨日ひとかけ食べたはずなのに、元に戻っている。悪くなる前にと思って少しずつ食べたポテトサラダやカクテキも、買ったときと同じ状態に戻っていた。しかも、


(水、冷たいままだ……)


 昨日は気づかなかったが、冷蔵品は冷蔵のまま、インベントリに納まっているようだ。


(時間経過がない、ってこと? いや、それじゃ元に戻ってることの説明がつかないよね?)


 はっ、と今度はスマホを取り出してバッテリーを確認すると、九十六%。使う前の状態に戻っている。

 りのは食事もそこそこに、検証を開始した。





 予想通り誰も来なかったので、検証は大変はかどった。

 わかったのは三つだ。


 インベントリ内での時間経過はない。

 インベントリに入れておくと、向こうで使っていた、または買った時点の状態まで回復する。

 回復にかかる時間はどのくらい減っているかによって変化し、完全に消費すると、戻らない。


「これは予想外……とってもありがたい」


 りのは遠くを見ながらつぶやいた。

 こちらの生活レベルがどうなのかはわからないが、慣れ親しんだ日用品を繰り返し使えるのはとてもうれしかった。今は台所がないので料理はできないが、米、味噌、醤油がそろっているのだ。そのうち日本食を作ろう。

 あの時ショッピングモールで、テンション上げて買いまくった自分をほめたい、とりのは真剣に当時の自分を称えた。


 二つ目まではスムーズに検証できたのだが、三つめは難題だった。

 正確に言えば、完全に消費した時のことを調べるためのアイテム選びが。

 料理しなければ食べられないもの、これから絶対に必要となる食料や日用品は省き、残りの中からりのは泣く泣くちょっとお高めのポテトチップを一袋、全部食べた。建物や衣服が西洋に似ているようだったので、じゃがいもならこちらの世界にもあるだろうと判断したのだ。のりはないかもしれないと思って、それでうだうだ悩んでしまったのだけれど。

 全部食べて、残った袋をインベントリに突っ込んでおいたのだが、残念ながら復活はしなかった。


(それから、ごみが消えた)


 復活しなかったので、ごみとなったポテチの袋をテーブルの上にのせて経過観察をしていたら、しばらくたつと溶けるように消えてしまった。

 りのの見ている前で、存在しなかったかのようにあっさりとかけらも残さずに。

 スマホのストップウォッチではかっていたのだが、きっかり十分だった。


 それから、スマホについてもわかったことがある。

 時計は、時間がそこから進まないので止まっているらしい。永遠の十五時三十七分である。

 つまり、こちらの世界に来た時点でスマホの機能がすべて止まっているのだ。

 動かなくなったとかではなく、こちらに来る直前の機能で留まっているようである。それまで使えていたものは、通信機能以外は今でも使える。ネットはもちろん、サブスクも使えるようだ。これはスマホだけではなく、インベントリに入っていたタブレットも同様だ。


(動画サイトもSNSも、検索も、こっちに来る直前までネットに上がっていたものはダウンロードも閲覧もできる。そのかわり、新しい情報の更新はないし、こっちから新しい情報や写真をアップすることもできない。先に進めない、向こうに変化は起こせない。たぶん通信ができないのもそういうことかな)


 ウェブ上にある情報、特にレシピや日用品のつくり方を調べられるのはとてもありがたい。仕事関連のことならともかく、レシピなどの細かい数字や作り方を覚えてはいないし、小説を読むに、どうやらそれらは飯のタネになることもあるようだ。万が一向こうに帰れなかった時のことを思うと心強かった。


 一方で、どれだけ長くサイトを見ても時計は同じ時間を表示している。どんなに待っていてもSNSのタイムラインは更新されないし、異世界転移の物語の続きは上がらない。電話はつながらないし新しいメールは届かないし、もちろんこちらから送ることもできない。それはとても寂しかった。


(せめてお母さんにメール送りたかったな)


 りのがこっちに持ってきたものは、こちらへさらわれてきたあの一瞬を繰り返し生き続け、存在し続けている。

 生き続けて、その役目が終わったら消える。


(……私もかな?)


 もし死んだとしたら、遺体はあのごみのように、ふわっと消えていくのかもしれない。


(そのあとはどこに行くんだろうね。この世界のものじゃないから消える、って仮定するなら、)


 元の世界に戻るってこともあるんじゃないのかな。


 その想像は、りのにとってうれしいことだった。

 向こうで、止まった時間から再スタートできるかもしれないし、このおかしなことになった自分のままだったとしても、家に、向こうの世界に帰れるならそれでいい。死んだままだったとしても、向こうの世界で眠ることができる。


「うん、なんか、ものすっごく後ろ向きでヤケクソな感じだけど、元気出てきたな!」


 こちらに誘拐されて丸一日、この世界のひとたちからの接触はない。これは好都合だ。目的のための交渉に有利になる。

 りのの目的は、自分の世界に、自分の家に帰ること。


「よし、明日、がんばろ!」


 りのはひとりでこぶしを天井に突き上げた。



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