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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第59話 レオニード・タンリーの訪問販売5


「ガディアさん、ガディアさんにもお聞きしたいことがあるのですが」

「なんなりと」

「ありがとうございます。ガディアさんの商会は、食物全般を扱っていると聞きました。でも、本日見せて頂いたものの中に、お願いしていたスパイスや薬草類はほとんどありませんでしたね。なぜか、お聞きしても?」

「はい。タンリ―君が来ると聞きましたので」


 レオニードは俺? と目をぱちりとさせた。


「商業形態が違うこともありますが、彼の薬草やスパイス類の扱いは私をしのぎます。ならば、そちらはタンリ―君に任せた方がいいかと思いまして」


 かっとレオニードは頬に血が上るのを感じた。

 憧れの商会長に、「私をしのぐ」だなんて……!


「そうなのですね。――では、ガディアさんの商会では、他にどのようなものを扱っていらっしゃるのでしょう? 今日見せて頂いたようなお肉類が主力ですか?」


 ほほえまし気な視線は、すぐにレオニードから外れた。

 そろそろと視線をあげると、目の奥は笑っていないのににこやかな笑顔で、二人が向き合っている。


「私共の商会は食料品を中心に商いをしております。最近ではそれ以外に衣料品や武器、宝飾品についても取引を拡大しているところでございます」

「なるほど、総合商社」

「え?」

「ああ、いえ、お気になさらず。順調でいらっしゃるのね」

「おかげさまで。ありがとうございます」

「これから、取引の中心はそちらに移すのですか?」


 ソウゴウショウシャというおかしな響きの言葉には、複雑な色があった。それがどんな感情から来ているのかはわからない。

 レオニードは顔を整えて、二人の会話を黙って聞き続ける。


「はい、ともいいえとも言えましょうな。今はまとめて扱っておりますが、さらに大きくなるようであれば店を分けることも考えております。と言いますのも、私共の扱うものの核は、変わらずダンジョン品でございますので」


 その言葉に、彼女は目を丸くした。紫と金色の猫目が好奇心にきらめいている。


「ダンジョン品、ですか。この国に来たばかりで、不勉強ながらダンジョン品に関しては何も知らないんです。よかったら少し教えて頂けますか?」


 ああそうか、とレオニードは小さく息をついた。

 聖女は異世界から召喚される。彼女の居た世界には、ダンジョンがなかったのだろう。

 ガディアも同じ考えに至ったのか、きわめて基本的なところから話し始めた。


 この世界におけるダンジョンとは、恐ろしい魔獣が生み出され続ける場所であると同時に、貴重な品が生み出される場所でもある。

 ダンジョン自体の構造に決まりはなく、地下に広がるものもあれば高い塔になっているものもあるし、高山の上にあるものも、海の底にあるダンジョンもある。ワンフロアになっているものもあれば、百階層以上のダンジョンさえある。


 ただ、いくつか共通していることもあった。

 ダンジョン内の魔獣を退治すると、最低ひとつ以上のドロップ品を落とすこと。

 さまざまな魔獣が跋扈しているが、そのフロアのボスともいえる魔獣を退治すると、次のフロア、あるいは出口への門が開くこと。そしてそのフロアボスからはひときわ貴重な品がドロップすること。

 肉や鱗、皮革、角といった魔獣由来のものから、スパイスや酒のような食料品、鉱物や素材、衣料品や武器類、果ては何に使うのかさえわからないものまで、ドロップするものの種類は様々あること。


「このドロップ品を、総称してダンジョン品と呼んでおります」

「まぁ」

「私どもは、このダンジョン品の中でも、特に食料品を中心に商いを始めました」


 貴族家に生まれたとはいえ子爵家の四男。

 騎士になれるほどの能力には恵まれず、何か自領のためになることをと探していきついたのがダンジョン品の商いだったのだという。

 ガディア子爵家はマレット伯領内に領地を賜っており、その領地に小さいながらもダンジョンができたのがきっかけだったそうだ。


「ダンジョンが、できた……? ダンジョンって、生まれるものなんですか? そこにあるものではなく?」


 目を思い切り丸くする様子に、ガディアも思わず微笑みをこぼした。


「ダンジョンもまた生き物ですので、非常に稀ではありますが、生まれたり死んだりします。ほとんどのダンジョンは、そこにあり続けられるよう管理されているので、『そこにあるもの』とも言えますが」

「管理……ああ、貴重な品を生みだす場所だからつぶれないようにするのね……」


 やはり頭の回転が速い。商売人としての考え方が身についているのだろう。


「実家の近くに新しく生まれたダンジョンは、食に関するものが多くドロップすることがわかりまして。それで私共は、魔獣肉に加え、ドロップした香辛料や酒、食材などの売買から商いをはじめました。そのうちに他のドロップ品についても相談を受けることが多くなりまして、それならばと別部門で食材以外のドロップ品やアーティファクトに関しても扱いを広げております。すると今度は、通常の商材についても商ってほしいという声が大きくなりまして……」

「よいお取引をなさっていたからでしょうね。すてきですね」

「ありがとうございます。ただ、こちらに関してはまだ思案中でして……本業をおろそかにすることに繋がってはなりませんし、人も育てねばなりませんし」


 ガディアのこういうところを、レオニードは非常に尊敬していた。

 ひたすらに手堅く慎重。一攫千金ものの多いドロップ品を扱いながら、信用第一でやってきて、実際にそれだけの信頼を積み上げている。

 一方で、機を見れば食材以外のドロップ品に手を広げる決断もできる。

 店を大きくする気のないレオニードには、ひたすらに眩しい。


「人の育成は大仕事ですものねー……急がなくてもよいのならじっくり育てるほうがいいけれど、それもまた商機を逃すことになりますし、悩ましいことです」

「――そうなのですよ……詳しいもののたいていは自分の店を持っていますし、店に対する誇りもあるでしょう。店を畳んでうちに来てほしいとはなかなか言えず……かといって、特に宝飾品関係は扱えるならば扱いたいものではありますので。本当に難しいことです」


 聖女様が、疲れを笑みににじませたガディアに大変ですね、と同情したように答えて、ぽつりと。


「んー、代理店やフランチャイズだと名前が消えるもんなあ……デパートかショッピングモール形式かなあ」


 でぱあと?


「ミハイル様?」

「ああいいえ、すみません、何でもありませんので。では、ガディアさんにお願いしたら、たいていのものは揃うという認識でいいのでしょうか?」


 ふしぎな言葉を呟いた聖女様が場を切り替えるようにわずかに首をかしげて笑うと、ガディアがお望みに添えるようにがんばります、と同じような笑みを返した。


「なにかお望みのものがございますか?」

「ドロップ品のお酒とかって、タンリ―さんのところでは扱ってます?」

「いえ、残念ながら」

「わかりました。ではガディアさん、ドロップ品の香辛料やお酒もお願いします。それから、ドロップ品に限らず探しているものがあります。こちらで何と呼んでるのかはわかりませんが、まずコメという植物です」

「コメ、ですか……」

「ええ。小麦と同じようにもみ殻がついた状態で、穂のように実るんです。私の国の主食となるもので、いろいろな料理法で食べます」


 そっと細められた目に浮かぶのは郷愁だろうか。


「ウェルゲアの辞典は一通り目を通しましたが載ってなかったので、もしかしたらよその国か、もしくは今日お話をうかがって、それこそドロップ品の中にあるのではと思っているんですけど……」

「私の記憶の中にはありませんが、戻って店の者にも聞いてみましょう。もしなかったとしても、探してみます。出ればすぐにご連絡いたしますね」

「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」


 嬉しそうに笑う顔はとてもきれいではあったが、やはり近所の少女たちと変わらない素直さで。

 ああ、このひとはさぞかし王宮で窮屈な思いをしているのだろうと思った。

 なにか、慰めになるものがあればよいのだが。

 それはやはり、頼まれたものを早急に、頼まれていないものも含めていろいろ届けるのが、自分にできることだろう。

 レオニードはひそかに気合をいれなおした。


「では、紅茶などの準備ができましたらすぐにご連絡いたしますね」

「私の方は少しお時間ちょうだいしますが、都度ご報告を入れるようにいたしましょう。他にご入用のものがありましたら、遠慮なく仰ってください」

「ありがとうタンリ―さん、楽しみにしています。ガディアさん、どうぞよろしくお願いします。頼りにしていますね」

「どうぞ、ウェスとお呼びください」

「私も、どうぞレオと」


 聖女は、ぱっと笑った。


「ありがとう! ウェスさん、レオさん、私はリノアって呼んでくださいね!」



 こうして、レオニードの王宮訪問は終わり、聖女リノアとの長きにわたる付き合いが始まったのである。



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