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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第58話 レオニード・タンリーの訪問販売4


 その後、アルフィオ宰相と近衛騎士は文官とエクルスを引っ立てて辞去した。最後、エクルスが小さく聖女に礼をしたのが印象的だった。

 背が丸まり、入ってきたより小さくなったように見える後姿を見送って、レオニードもふっと小さく息をつく。


「お二人とも、ごめんなさい、妙なことにつき合わせてしまって」


 よろしかったらお茶をどうぞ、と別室に招いてくれたので、レオニードガディアとお茶をふるまわれている。

 とても薫り高く、柔らかな柑橘の香りのする紅茶だが、銘柄がわからない。

 レモンを紅茶に入れるレモンティーではないのに、なぜかほのかに柑橘の香がする。それが何とも言えず上品でおいしいのだが、食料品店の主として何の茶かわからないというのははとても情けないことだ。

 レオニードがちらりとガディアを見ると、こちらも探るような顔つきで紅茶を口に含んでいた。


(ガディアさんもわかってない感じかねこれは。柑橘の香りがしなければ、ミュケディ領のバランジュっぽいが……バランジュにしては少し苦みが少ないか? マレット領のヘルネ村だと、もう少し香りが甘いから違うな。シャルニエ領のオーヴェリも近いが、あそこはもう少し煙の香りが混じるはずだ……どこのだろう)


「こちらも良かったら召し上がってください」


 差し出されたのは、ころんとした白いクッキーのようなものだった。勧められるままに口に入れて、


「「!?」」


 しゅわっと、口の中で噛みもしていないのに溶けた……溶けた!

 思わずもう一つ手に取って、小さなそれを半分だけかじってみる。口の中に入れた分はさっきよりもはかなく消えた。残り半分の断面を見つめる。ぽこぽこと細かな穴があいていた。しかし、眺めてみても嗅いでみても、材料が何でできているのかわからない。


(甘みはおそらく砂糖だな……だがこのおおもとになっているのは何だろう)


 思わず無言になってしまう二人を尻目に、聖女はのほほんとお茶を飲み、お菓子をつまんでいる。こちらの衝撃を見透かしていたんだろうとレオニードは呆れ、あきれたことでお菓子から頭が離れた。


「――お嬢様、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「構いませんよ。ああ、そういえば名乗っていませんでしたね。さっきののに名前を知られるのは面倒だったので名乗らなかったんです、失礼しました。私はリノア・ミハイルといいます」

「お名前をありがとうございます、ミハイル様」


 口火を切ったのはガディアだった。端正な顔を薄い笑みで固定して、穏やかに聖女に話しかける。

 貴族らしいこの表情は、レオニードが苦手とするところだった。


「ミハイル様は、このような状況になることをご存じだったのでしょうか?」

「え?」

「エクルスが口を開いてすぐ、連絡をとっていただろう? このような事態になることを想定して手順を決めておられたのではと思ってね」


 ガディアがレオニードを見て、丁寧に解説してくれた。

 聖女はふふ、と微笑んだ。


「もともと、お会いする食料品店の方は二人、ガディアさんとタンリ―さんという話だったんですよ。ですから、三人いた時点で一人は正規の手順で入ってきてないということはわかってました。ただ、それがどの方か、どういうスジの方かはわからなくて。だからすぐに追い出せなかったんです。それに、ちょっとつついて情報をとらないと、面倒に巻き込まれ損になるでしょう?」

「面倒……」

「面倒、ですか……」


 聖女はきゅっと眉根を寄せて、面倒ごとでしょう、失礼な人だったし他にしたいこともあるのに、と不服そうに言う。

 それが年相応の可愛らしさだった。

 本当はもう少し状況を聞いておきたい。だが、おそらくかなり政治的な話になるだろう。そうなれば、後ろ盾のないレオニードはまさしく「巻き込まれ損」になる可能性が高すぎる。政治は恐ろしいのだ。黙っておこうともう一口、紅茶を飲んだ。冷めた紅茶は少し柑橘の香りが強くなっていた。


「――それで、ミハイル様のなさりたいこととは何なのでしょう。伺うに、そのために私どもをこちらにお呼びになったのですよね」


 ガディアの疑問は、そのままレオニードの疑問だった。

 お茶を理由に残されたのは、何か話があったからなのではと思っていたからだ。


「探しているものがいろいろありまして。ただ、私はこの国に来たばかりで、それがこの国にあるかもわからないんです」


 まさかのリクエストだった。こうなると商売の話である、気合が入る。


「なるほど、だからできるだけ多くの食材を、というご要望だったのですね」

「ええ。本当はお店に行けたらよかったのでしょうけど、それはダメだといわれてしまいましたので」


 小さく肩を竦める仕草は、貴族というよりは市井の女の子らしい闊達なものだ。


「今日一通り見せて頂いて、欲しいものや興味の湧いたものは頂きました。今後、今日お持ちでなかったもので私の気に入りそうなものが出たときにご連絡いただけたら嬉しいなと思っています」

「ミハイル様の気に入りそうなもの、ですか」

「ええ。タンリ―さんには、薬草やスパイス類、それに飲料に関するものを色々集めて頂きたいです。わかりやすく言うと、お茶やお酒の類です」


 ごふっと息が詰まった。必死で咳をこらえ、ひくひく痙攣する腹筋をおさえつける。レオニードは知っている。

 これは、これは間違いなく自分の、


「もしかして、お茶やお酒がお好きでいらっしゃるのですか?」

「ええ、大好きです」



 同類だ!



「お茶やお酒は人生を豊かにするものです」

「全くその通りです」


 聖女様は話している間に興奮してきたのか、頬が赤く染まっていた。

 つられてこちらの気分も上がっていく。


「素朴なもの、手をかけられた豊かなもの、全部違って全部いい! 大切なのはおいしいか否か、好みに合っているか否かです!」

「その通りです! わかりました、ひとまず私のおすすめの紅茶から一通りお持ちします! 他の飲み物も随時お届けします!」

「まぁ、ありがとうございます!」


 美貌の少女が嬉しそうに微笑んだ。


「実は私、欲しい紅茶がありまして」

「ほしいお茶、ですか?」

「はい。私、自分の故郷でも紅茶を好んでましたので、こちらの紅茶を使って似たようなものを作ってみたのです。ああ、さきほどから試していただいている紅茶もそうなんですけど、どうですか?」


 いたずらっぽく、小さくティーカップを指ではじく。

 マナーとしてはあれだが、その朗らかさが小気味よかった。


「とてもおいしいですね。ふわりと柑橘の香りがするのがとても爽やかでよいと思います」

「こちらの紅茶でこのような美味しいものができるとは驚きました。柑橘の香がするのに酸味がないのも飲みやすくてよいかと」

「よかった」


 レオニードは冷めた紅茶をもう一口飲み込み、緊張を無理やりにほどいた。

 「どうやって作ったのですか」という一言を、ごくりと飲み下す。

 今はまだ駄目だ。多分、試されている。


「タンリ―さん、これのベース……おおもとになっている茶葉は、ミュケディ領のバランジュというところで作ったものなんだそうです。ただ、個人的にはもう少し香りの強いものがほしくて」

「香りの強いもの、ですか」

「ええ。個人的な好みですけど、もう少し紅茶そのものの香りがほしいなあって。できればもう少し個性が強めのお茶がいいんです」

「本当に紅茶がお好きなんですねえ」


 紅茶の香りのバランスや個性にまで気を配っているということは、それだけ思い入れがあるということだ。レオニードは微笑んだ。


「バランジュより香りの強い紅茶と言いますと、ミュケディ領であればパヴィア村のものやラフォン村のものがあります。パヴィアの紅茶はどちらかというと渋みのあるといいますか、木の皮を燃やした時のようなニュアンスが出ますが、ラフォンのものはバランジュと同じ系統のまま香りが強く広がるという特徴がありますね。またお話を伺った限りですが、柑橘の香りと合わせるのであればラヴァリエ領のノール・ルイ近郊のお茶もいいかもしれません」

「のーるるい」


 しまった、思わず早口になってしまった。

 紅茶は、レオニードがこの世界に入るきっかけになったもので、思い入れも愛情も人一倍あると自負している。

 好きなものは語りたいものなのだ!


「はい。ノール・ルイはラヴァリエ領の領都なのですが、最近になってその周辺の街や村が茶を作り始めたのですよ。まだまだ生産量も味もこれからというところですが、他の紅茶に比べて、香りが甘く味がすきとおっているのが特徴です。悪く言えば重厚さがないといいますか、まあ味が浅いと言われておりまして、まだ人気も出ていないのですが、爽やかな柑橘の香りと相性を合わせてみてはいかがでしょうか。個人的には、甘めの柑橘の香りの方がいいような気もしますが……」


 渋みの少ない、香りの甘い紅茶に、爽やかな柑橘の香りは上手いこと重なるかもしれない。より華やかさのある紅茶になるかもしれない。

 そう言うと、聖女が嬉しそうに笑った。


「クリアな紅茶は大歓迎です。ではタンリ―さん、その三種、他にもあなたがお好きな紅茶の取り寄せをお願いしてもよろしいでしょうか。ああ、もちろん他のスパイスや薬草、お酒類に関してもおすすめをお願いします」

「はい、喜んで」


 これはまさかの茶友達だ、とレオニードは満面の嬉しさを抑えることができない。はたから見ればよいパトロンがついたということだとわかっているが、それよりもお茶の話ができる人と知り合いになれたという喜びの方が大きかった。


「よかった。こういうのは、お好きな人にお願いするのが一番確実だし、いいものが手に入るものだから」

「が、がんばります……」


 さりげなく圧をかけてくるあたりがいかにも商売人で、レオニードは引きつった笑いを浮かべた。


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