第57話 レオニード・タンリーの訪問販売3
彼女はそれからもガディアと主に地方の郷土料理の話に花を咲かせながら買い物を行い、大銀貨五枚の支払いでまとめたようだった。
もともとは大銀貨四枚分だったのだが、ちょっとお高めのデミバハムートとクイーンオークの肉を買うか迷い、結局「よく合う野菜や果物をいくつかまとめてお付けします」というガディアの言葉に押されて購入を上乗せしたのだ。この辺りはガディアの腕が輝いたところだった。
もっとも、「ならついでにこのデミバハムートとかを使ったお料理についても知りたいわ。その料理の作り方と合わせて届けて頂けると嬉しい」という彼女の要望も飲んでいたので、もしかしたらとんとんだったのかもしれない。
とはいえ聖女とつながりができるという意味では、ガディアにとって大きな利がある。
先と同じように請求書のあて先を姫騎士に頼んだところで、ノックの音がした。
ティレルの姫騎士の表情が、とたんに厳しくひきしめられる。
「どなたか」
「副隊長、カミロ・ロアーダ、お呼びにより参りました。担当の文官も連れております。……名を名乗れ!」
「ダ、ダリオ・ボガート、と、申します」
どうやら先ぶれの騎士は姫騎士の知り合いだったようだが、連れは名を名乗らされていた。
その名を聞いて、憤怒の形相をしていたエクルスが小さく息を飲んだ時、姫騎士が入室を許可する、と言い、ばたりとドアが開いた。
入ってきたのは、騎士に拘束された一人の冴えない顔をした文官と、
「こんにちは、アルフィオ様」
「お邪魔いたします。ご迷惑をおかけしました」
「どういたしまして」
深緑の髪にアイスグリーンの目の、ウェルゲア王国の切れ者宰相の姿があった。
思わぬ大物の登場に、一同が息を止めたその瞬間、文官を連れてきた騎士が目にもとまらぬ速さで剣を抜き、エクルスの首元へ突きつける。
「な、な、なにが、」
「黙れ。――ボガート、貴様が呼んだのか」
「お許しくださいませ、そ、そんなつもりは、」
「痴れ者が」
アルフィオの冷たい魔力がボガートと呼ばれた文官とエクルスの周囲を吹きすさんだ。微細な魔力操作で、レオニードの方には少しも寒気が来ない。
(これが、氷の宰相の力……!)
圧倒的な魔力に竦んだ一同の中で、聖女がころころと笑い、姫騎士が小さなため息をつく。
「ふふ、部下が信用できないなんて、アルフィオ様、お仕事大変ですねぇ」
あっけらかんとした声に、レオニードたちはぽかんとし、アルフィオはすうっと表情を消し去った。
「……こちらの者が大変失礼をいたしました」
「まったくです。とっても上から目線で言ってましたよ、『こちらの礼儀を知らないあなた』に礼儀を教えてあげるんですって。平民から話しかけるのはダメ、常識だって言われました。エクルス家の尊い血って言ってましたけど、こちらの貴族は平民を下に見ることが常識だなんて初めて知りました。エクルス家って言ってましたけど、エクルス家ってそんなに偉いんですか? 寄り親がガズメンディ様で、報告を入れるそうですよ。アルフィオ様、私はガズメンディ家に叱られますか?」
「そ、それは、違うのです、宰相様、その女が」
「黙れ無礼者が。貴様に口を開くことを、誰が許した?」
ぱりん、とエクルスのとんがった口髭の先が凍りつく。ひぃ、とエクルスがかぼそい悲鳴をあげた。
「ボガート」
「はっ、はいぃぃ」
凡庸な文官はアルフィオに冷ややかな声で名を呼ばれ、土下座のように平伏した。
「貴様がこの男に情報を流したのか」
「い、いえ、そ、その」
「答えよ、愚か者が!」
ぴきぴきと、ボガートの足元から凍りついていく。その様を見て、ボガートだけでなくエクルスも悲鳴をあげた。先ほどまでの傲慢な様子は欠片もなく、地面にひっくり返っている。
「わ、私は、エクルスに情報を流したわけではありません! このようなたかが男爵の妾の子に、なぜそんなことをする必要が!」
レオニードは内心でため息をついた。この文官も貴族主義を極めているらしい。
すっと目を細めた聖女に、なぜかアルフィオ宰相が顔色を悪くしている。
ボガートを覆う氷がどんどん多く、厚くなっていく。
「指示があったことを、お伝えしたのは、ア、アロギスさまです……!」
「アロギス」
聖女が目を瞠った。
「アロギス家の誰に流した」
「ご、ご当主のサヴィーノさまです……! そしたら、サヴィーノさまから、ガズメンディ派の専門店からもひとり、紛れ込ませるようにと、指示があり……! それでなんとか調べて、この男に連絡を……!」
「お前が繋ぎをとったのか」
「は、はい! 評判は悪いのですが、この男しか、食料品を取り扱っているものが、おりませんで……!」
必死に言葉を紡ぐボガートの横で、聖女様がおっとりと首を傾げた。
「あら、おかしなことを仰る。その方、食料品なんてまともに持ってきていないでしょうに」
は? と目と口をぽかんと開けるボガートに、エクルスは焦りながら自分の荷物のほうへずりずりと寄っていた。
押さえろ、荷物を開けよ、というアルフィオの命令に近衛騎士が即座に従い、そして出てきたものは、
「ほぼ宝飾品です。後は布と、これは何でしょうか、赤い糸くずのような……」
「サフランかな」
「え、サフラン?」
ぽそりとちいさな聖女のつぶやきに、レオニードは思わず反応した。
それは、アーファ森国で秘蔵されていたという貴重な香辛料の名前だった。
たしか、花のめしべだかおしべだかを手で摘み、丁寧に乾燥させてできるもので、食べ物が美しい黄色に染まるのだという。はじめは染料として珍重されていたのだが、最近になって食べられるらしいということが分かり、レオニードも興味を引かれていた貴重な薬草だ。
「サフランといえば、大変に高価でなかなか手に入らないと聞いていますが……」
「そ、それは、その、」
「宝飾品じゃないけど高くで売れるから持ってきたってところかしらねぇ」
宰相殿の言葉に、おっとりと聖女が笑う。彼女だけが先ほどまでと全く変わらない態度を保っていて、それがなんだかひどく異質だった。
エクルスは頭の稼働が止まったらしく、自分の持ってきた宝飾品を意味もなく自分のポケットに詰め込み始めた。
(あんなに偉そうにしてたのに、まあなんとも)
「……さて、アルフィオ様、どう始末なさいます?」
ひぃ、と息を止めるような悲鳴が二つ。
それを気にも留めず、聖女は楽しそうにアルフィオ宰相を見ていた。一方のアルフィオ宰相は貴族らしく、うっすらと笑みを漂わせた無表情である。
「何かご希望はありますか」
「特には。というか、こんな会話は前にもしましたね? どうぞこの国の法に則って裁いてください」
「そう仰るだろうと思いました。この場合、こちらの文官に関しましては私の方で罰することになります。そしてそっちの」
冷ややかに目線を落とされて、エクルスはお許しを、お許しをと頭を抱えて地面に這いつくばった。そのポケットからぼろぼろと高そうな宝飾品がこぼれ落ちている。
「失礼な商人には、登城禁止が申し付けられるでしょう。ただ、それだけです」
「それだけ?」
ちょんと首をかしげる聖女は、ああ、とため息をついた。
「宰相閣下にとって、それでは罰が軽いのではということですね? つまり、私の気が収まらないのではと」
「ええ。あなたを不快にさせたのです、腕の一本や二本、落としても良いのですが」
いやだあああ、ととうとうエクルスが泣き出した。
みっともない、泣くぐらいなら、
「泣くぐらいなら初めからしなきゃいいのに」
自分の心の声とぴったり重なった、心底嫌そうな聖女の声に、ですよねえ、とレオニードは内心で激しく頷く。
「んー……、まあいいか」
小さな呟きの後、聖女は静かに立ち上がり、つかつかとエクルスのところまできて、彼の荷物を嫌そうに見始めた。とても適当に広げたり開けたり。
エクルスはぽかんとしている。
「あーもういいやめんどくさい、この一番大きな袋に入ってるのとサフラン、この二つを、銀貨一枚で買います。私からの罰は買い叩きということでおさめましょう。腕や目がなくなったら商売しにくくなりますからね」
いまなんかこわいのが付け加わった。
腕や目を落とすのと比べれば格段に優しいとはいえ、商売人としてはなかなかに辛い罰である。明らかに原価割れだし、売ろうと思って持ってきた宝飾品ではなく、おまけのように持ってきた食品しか選んでもらえなかったのだ、商売人としての目を完全否定されたに等しい。心もぽっきり折れるというものだ。
けれど、買ってくれたという事実は残るし、何より腕も目も無事だ。命の保障はもらえた。
エクルスもそれがわかったのだろう、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をあげ、茫然と聖女を見ている。
聖女は、小さく笑って肩を軽くすくめた。
「これに懲りたら、ちょっとは客の方を向いて商売しなさいね」
その声は、なんだか素のように聞こえた。
今日はここまでとなります。
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