第56話 レオニード・タンリーの訪問販売2
「えっと、レオニード・タンリ―さん?」
「は、はい!」
いきなり声をかけられてはっと頭を下げる。つっと首筋を汗が流れていった。
「そんなに緊張しないでください。いろいろ見せて頂いてもよろしいですか?」
「はい、もちろん!」
笑みを含んでこちらを見る、神秘的な青紫の目。
急いで手元に箱を引き寄せようとしたその時、となりからエクルスの声がした。
「これはこれは、お嬢様、だめですよ、そちらの平民から声をかけては」
気取った声とともに、エクルスはガディアの方へ手を差しのべた。
「まずはこちらのガディア様。それから私にお声かけください」
「なぜですか」
間髪を置かず、少女が声を返す。
紫の目が楽しそうに細められていた。
(楽しそう……?)
「ご存じないならば致し方ございませんが、こちらの平民と比べ、ガディア様はもちろん、私も末端ながら高貴なる血を引いております。位階順に相対するのが常識です」
「へぇ。常識」
今度は唇まで、楽しそうにつりあがった。
レオニードの『直感』が激しく警鐘を送ってくる。
(まさかこの嬢ちゃん、計算ずくかよ!?)
「ロゼ」
「はい」
聖女は、なぜか後ろの姫騎士に声をかけた。
「ご連絡を。ああ、担当者も呼んで」
「すぐに」
姫騎士はメイドの耳元に何かをささやき、控えていたメイドがそそくさと部屋を出ていく。
エクルスはもちろん、ガディアも目を見開いて茫然と立ちすくんでいた。
「ふふ。中断してごめんなさいね、タンリ―さん。箱を開けて見せてくださいな」
「ちょ、ちょっと」
聖女は、エクルスを完全に無視している。
レオニードは警戒を残したまま、持ってきた箱からいくつもの袋を取り出した。
「こちらの礼儀を知らないあなたに教えて差し上げたのに、その態度はいかがなものかと思いますな!」
「ああ、そちらの方も、箱を開いてお待ちくださいね」
顔はレオニードの方へ向けたまま楽しそうにそう言う。相手がガディアかエクルスかわからないままで、エクルスのボルテージが上がっていった。
「私はエクルス家の血をひいているのですぞ! 寄り親のガズメンディ公爵閣下へ話をせねばなりませんな!」
「そう、ガズメンディなのねぇ」
そこで初めてエクルスを見て、にこりと、聖女が笑った。
その笑みは、うまく相手を丸め込んだ時にこぼれるような笑み。商売人相手の商談でよくみる種類の笑顔だった。
(!! この嬢ちゃん、聖女なんだろうが、商売人でもあるのか!!)
エクルスは、この女性を、たとえ聖女だろうが年相応の、おとなしい平民の女の子だと思ったから、居丈高に上から目線で教えてやったのだろう。そうすることで上手をとり、いろいろなものを買わせようとした。エクルスらしい、爵位の上下を存分に使ったやりかただ。
だが、エクルスは見誤った。
レオニードの『直感』が知らせたように、彼女はおそらく商売人に類する、交渉を生業とするタイプの人間、それも相手のやり方を逆手にとれるほどの腕を持っているのだ。
そんな相手に、小手先の技が通用するものか。
聖女の笑顔に気圧されたエクルスがうっと黙り込むのを横に、レオニードはバクバクする心臓を必死に抑えながら、自分の仕事を始めた。
開いた袋の中身を、ひとつひとつ小さな土器の上に広げていく。
いつも通り、まっとうに、商売をするしかない。
「独特だけどいい香り」
「ペリアノという植物の葉です。どうぞご自由にお試しください。薬として使うところもありますが、この国では主に料理に使います」
からからになっている葉を興味深そうにつまみあげて、聖女はこちらを見た。
「たとえばどんな料理でしょうか?」
「主に肉類ですね。臭みとりによく使います」
へぇ、と鼻先にぺリアノの葉を寄せてにおいを確かめている。
「これは野菜の扱いなのですか? 価格は?」
「野菜といいますか、香辛料の扱いになります。たくさんとれますので価格はそれほどでもありません。中袋ひとつにぎっしり詰めて銀貨一枚から一枚半というところです。もちろん、料理店などならともかく、平民にはなかなか手を出しにくいものではありますが」
「なるほど。薬としてはどうやって使うのでしょうか? どんな効果がありますか?」
「煎じて飲むそうですよ。二日酔いや食べすぎの時に飲むそうです」
「そうなのね。ああ、セージという薬草はあるかしら」
「せえじ……? 申し訳ありません、存じません」
「いいんですよ、気にしないでください。こっちの桃色のはどういうものですか? お花?」
聖女は異世界の知識を持っており、それらは非常の価値のあるものだ、と言われていることをレオニードは知っていた。ぺリアノも、彼女の世界では別の使い方をしているのかもしれないし、セージというものに近いのかもしれない。
好奇心がむくむくと湧き上がるが、それを強い意志の力で押さえつけた。
今は商談以前、商品をみてもらっている段階。そこで対価を求められるようなことをするのは絶対にマイナスになる。
ましてやこの人は、見た目からするとびっくりだが、商売に通じているようだし。
それからいくつもの薬草やスパイスを試し、質問をし、話を聞いた聖女は満足そうに頷いた。
「このぺリアノ、オレガノ、エルダーフラワー、ミントと生姜、大蒜を中袋に二つずつ。それからこっちの胡椒と赤チリ、青チリ、クローブとペリッラ、テミシア、それにトルカリアは中袋一つずつお願いします。それに、今日持ってきてもらった乾燥果物はすべていただきますね。請求書はこちらまで。ロゼ」
「はい。タンリ―殿、あて先はこちらだ」
「あ、ありがとうございます……」
レオニードは度肝を抜かれた。
総額は約大銀貨三枚。庶民には手を出しにくいスパイスや薬草類とはいえ、そして王宮向けに割高にしているとはいえ、小商いをするレオニードにとって一人あたりの買い物としてはなかなかの値である。しかも、おそらく乾燥果物は金額の調整で買った可能性が高い。かるく並べた金額を計算して調整をとったのだろう。
それに、金額もだが選んだ商品に驚く。この国ではまだ広まっていない類のスパイス類は、先日、他国と渡りをつけて輸入を始めたものだ。よその国の人なら懐かしいのではないかと思って持ってきたが、それが当たった形である。
むに、とレオニードは上がりかける口の端を無理やり押さえつけた。
こういうのが一番面白いのだ、商売は。
(喜んでもらえる商品を的確に選んで薦め、それをしっかり買ってもらえること)
ロゼリアから請求書の送り先のメモを受け取り、大切に懐にしまいこむ。
聖女に、また見せてもらうかもしれないから少しこのまま広げてもらっていてもいいでしょうか、と問われ、もちろん喜んで、と答えた。
彼女は、エクルスの広げたものをちらりと見、
「!?」
華麗に無視をした。
そのままガディアの元へ歩み寄り、よろしくお願いしますね、と声をかける。
そちらでも商談が始まった。
エクルスは怒りで顔を真っ赤にしてぶるぶると震えている。
ちらりと横目で見ると、ガディアは魔獣の食材を中心に持ってきていたようだ。
コカトリス、マッドホーン、ソードラビット、プレイリーボアにサンダーヤエル、ダークバッファローなどなどの肉の各部位を、高価なマジックボックスに入れている。おそらく時間経過の遅いもの、あるいはないものだろう。
うらやましい、あれは高いんだよなァとレオニードは商談を横目に思った。
ガディアは、どうやらレオニードよりも聖女についての情報を多く仕入れていたらしい。魔獣肉の中でも、王宮での晩さん会に使うようなとびきり高価なものは省いてあった。おいしく、ある程度の量と価格で、そして料理しやすいものばかりを選んできている。
(これは、聖女様がご自身で料理なさるのかもしれんな)
「家畜のお肉はあるのかしら」
聖女が紫の目をガディアに向けていた。
ガディアは穏やかな表情を変えず、ていねいに聞き取りを行っている。
「家畜と申しますと、人が育てた食肉という意味でしょうか」
「ええ、普通の鶏とか、牛とか、羊とか」
「ないことはありませんが、基本的に育てているのは魔獣と交配した種になりますので、味わいなどはこちらの魔獣に近いものなのです」
「交配種がいるんですね。すごいわ。育てるのは危なくないのでしょうか」
「原種と言いますか、交配前の種はたしかに荒っぽいようですが、それも世代を経るにつれて落ち着いてくるそうですよ」
「なるほど。流通している基本が魔獣との交配種のお肉となるわけですね。交配種のほうがおいしいのかしら?」
「いえ、本日お持ちしているような天然の魔獣肉、つまり原種にあたるものは、養育された食肉よりも味が濃く、また魔力も多く含まれており、体に良いと言われております」
きょとん、と聖女はその紫の目をしばたたかせた。
「てんねんのまじゅうのおにく」
妙な発音だった。
「つまりこれらは、野生の魔獣のお肉……?」
「はい。自然の中に生息していたもの、あるいはダンジョンにいたものです。ああ、人を食べているものは避けてありますのでご安心ください。魔獣の肉の中に含まれるヒトの魔力を測る魔道具がありまして、私の商会ではそちらでひとつひとつ丁寧に確認してから出荷しております」
「そうですか、よかった……」
心底安心した、という表情が印象的だった。




