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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第54話 ストーンウェア


「リノアさま、魔術師棟の食堂の料理長さんから、お皿とかカップとかを預かってきました」


 りのがダイニングで書き物をしていると、魔術師棟の食堂へ料理を習いに出かけていたレノアが帰ってきた。


「おかえりなさい……って、レノアは本当に力持ちだねえ……」


 華奢な肩に大きな箱を一つ、両手で大きなかごをひとつと大きな袋をひとつ抱えたレノアが、けろりとした顔でこちらを見ていた。

 この少女は見た目に反して、とても力持ちで体力があった。


 肩に担いだ箱をそっとテーブルの上に置くと、かしゃんという器がぶつかり合うような音が聞こえた。

 早速開いてみると、中に詰まっていたのは、


「おお、焼き締めだ! いい色!」


 焼き締め、いわゆる半磁器と言われる焼き物で、磁器と陶器の間の焼き物という意味で半磁器と言われている。釉薬はかかっていないが耐水性があり、食器としては使いやすい。

 某イギリスのペールブルーが特徴のメーカーや、日本でいえば備前焼が有名だろうか。

 ストーンウェアと呼ばれるジャンルで、現行で作っているメーカーももちろん多いし、ヴィンテージアイテムとして古いものも人気がある。

 りのはこのスト―ンウェアが好きで、現行のものもヴィンテージも、機会を見つけてはちょこちょこ仕入れていた。


 箱の中の食器類を手に取って明るいところで眺めてみる。

 うっすらとグレーがかった柔らかい白地、円周に濃いめのブルーグレーですみれを抽象化した絵がぐるりと、白地の半分くらいまで入っていた。

 スープカップとソーサーのセット、パン皿、デザート皿、ディナー皿、それにティーカップとソーサーのセットが、各四つずつ。

 いろいろな料理が映える、とても使い勝手のよさそうなセットである。


「食堂で使おうと思ってそろえたけど、あまり使ってないんだそうです。料理長さんが、もしよろしければお使いください、食器たちも使ってもらえる方が嬉しいでしょう、って」


 魔術師棟の食堂は、レノアの元の職場だ。

 そこの料理人たちにレノアはとてもかわいがってもらっていたらしい。


「かわいい……! 色とりどりのお花が描いてある磁器の食器も素敵だけど、こういうのも私は大好きだなあ……!」


 ぽってりとして、どこかのんびりで、おっとりとした雰囲気が漂う。

 高価そうには見えないが、上品で使いやすそうだ。りのの感覚でいえば、レトロな雰囲気がとてもかわいい。普段使いの食器としてとても重宝しそうだ。



 もともと、りののところに用意されていた食器は、どれも高級品だろうことがよくわかるものだった。

 金や銀で縁取りをし、華やかな色絵で飾られている真っ白な地で、整った形の食器セット。ゴージャス。

 こっちの世界の磁器にも上絵の技法があるんだ~金彩銀彩もあるんだ~、と嬉しかったのだが、さすがに毎日、毎食それらの食器を使うのは、なかなかにストレスだった。

 りの視点では、毎日の素朴なおうちごはんに、シェフがフルコースをのせるような食器は、さすがに申し訳がなさすぎたのである。



 そんな中、レノアを助手に料理をしているとき、ふと、もう少し使いやすい食器がほしいなあ、とぼやいてしまったことがあった。

 レノアが元いた魔術師棟の食堂の食器はシンプルな木製の皿がメインで、高位貴族の方がこられたときだけ白い磁器を使っているとレノアに聞いて、ちょっとうらやましかったのだ。

 木製の食器は、軽いし、ぶつけても割れることはあまりないので、気軽に使える。向こうの世界なら食洗器が使えないから避ける人もいたのだが、そもそもこちらに食洗器はないし、メイドさんたちがさっさと洗って乾かしてくれるので、水に漬けすぎて割れたり変形したりする可能性もほとんどない。

 それに、木のお皿の、ナチュラルでほっとするような優しいたたずまいはいいものだ。

 新鮮なフルーツにサラダとサンドイッチをワンプレートにまとめ、それにスープを入れたカップを添えて出せば、おしゃれな朝のテーブルになる。


 いいなあ、私もほしいなあ、木のお皿。


 ぼそりと呟いて、あヤバい、と思い、でもこの磁器のお皿も華やかでいいよね、と笑っておいたのだ。今の生活品に文句があるわけではないのに、どこかへ話が伝わって、曲解されるのは避けたかったから。


 それを聞いていたレノアが、魔術師棟の料理長に料理を習いに行ったときに、向こうの料理長に相談したらしい。



「リノア様が木の食器がほしいって。料理長、木のお皿って私でも買えますか? とてもお世話になっているので、プレゼントしたいです。孤児院にもいつか買ってあげられたらいいなあ……」



 そんなけなげなレノアに胸を打たれた料理人たちがレノアの代わりに、木皿のセットの新品をりのに贈ってくれたのである。

 りのはとてもとても喜んだ。

 まだ十二歳の子になにげない愚痴を言ってしまったことは恥ずかしかったが、そんな小さな一言を拾い上げてくれたレノアの優しさが嬉しくて、そんなレノアのために動いてくれた料理人たちの気持ちも嬉しくて、狂喜乱舞した。


 そしてやってしまった。

 ちょうど完成品ができたとろとろプリンを、お礼として料理人たちに差し入れしてしまったのである!


 内心、ちょっとやっちまったかなと思わないでもなかったが、プリンは間違いなくこちらの材料とこちらの道具のみで作っているし、大丈夫だろう。

 それに、騎士団ではなく魔術師団の食堂、というところも大きかった。あそこは、魔術で頭がいっぱいで、食べることや洋服を着ることに無頓着な人間が多い。食堂の台所から甘い香りがしたって気づかない人の方が多い気がする。

 そのうえ、トップにいるのがユーゴ・ジュランディアだ。よっぽど下手なことをしない限り、こちらの行動を制限したりはしないと思う。――――好奇心いっぱいの顔で押しかけてくる可能性はあるかもしれないが……。


 そんな感じで、レノアに作ったプリンをもっていってもらったのだが、


「みなさん、口に入れるなり、黙り込んで、どうやって作ってるのか考え込んでるみたいでした……」


 とちょっとひいたような顔で帰ってきた。

 プリンは、あちらの世界では普通に手作りして楽しむ人が多いスイーツだ。そんなに難しくないはずですが!? と思ってしまったが、よくよく考えてみれば、この世界ではあんなぷるぷるとろとろの触感のものはないかもしれないし、湯煎焼きという蒸し料理に近い焼き方は知られていないかもしれない。

 そこで一計を案じ、レノアに伝えた。



「レノア、このプリンの作り方をしっかり覚えたら、魔術師棟の料理人さんたちに、こっそり教えてあげてね」と。



 レノアは、自分が料理長たちに!? と目を白黒させていたが、いつもお世話になってるお返しになるんじゃないかなというと、気合を入れていた。


 そして、レノアは料理を習いつつプリンのつくり方を教えるという日々を送っている。

 プリンは手順と温度管理がとても大事だ。

 こちらの世界のオーブンは温度管理が難しいのでなかなか苦戦しているらしいが、りのも時々レノア経由でアドバイスをしつつ、料理人たちの試行錯誤を応援していた。

 そのアドバイスのお礼になればと、料理人たちは、時々りのの好みそうな食器や料理道具を贈ってくれている。

 このストーンウェアもその一環だろう。



 実はこの件、りのには、ちょっとした狙いがあった。

 「プリン」という異世界の食べ物が、この世界の人たちの手で広まるのか。発展するのかを確かめてみたいという狙いが。


 小さな異世界の知識が、レノアというフィルターを通したらどのような発展を遂げるのか、とても興味があった。他の異世界由来の知識みたいに、与えられたままとどまってしまうのか、試してみたかったのだ。


 プリンから、茶わん蒸しやプリンのアレンジレシピが生まれてくれたら嬉しい。

 あるいは、湯煎焼きから蒸し料理が生まれてくれたらいいな、と思っている。


(異世界の知識だから発展させないのか、そもそもこの世界の人たちに発展させるという意識が弱いのか。――まあこっちはあの磁器のレベルを見ると考えにくいけど、一人の大天才によって発展したのかもしれないから……ここで確かめとくのはいいと思う。それに、ごちゃごちゃ言ったって、やっぱり木皿のお礼だから。おいしいもの、食べてほしいもんね)


 あれこれ理屈をつけてみたが、結局、木のお皿が嬉しかったので、お礼をしたかっただけ。後悔はない。




「ねーレノア、明日のデザートは、このお皿に、いつもとはちょっと違うプリンをのせてみよっか?」

「いつもと違うプリン、ですか?」


 隅に控えているメリルとイリットの耳がぴーん! と立った気配を感じながら、りのはうふふと笑った。大サービスだ。


「そう! 紅茶風味のプリンなんて、おいしそうじゃない?」

「紅茶風味のプリン……!」

「基本のプリンの作り方をもとに、どんどん工夫してみちゃお! もっとおいしいものができるかもよ?」

「いいですね! えっ、それなら、イチゴ風味のプリンとか、アゼリアのプリンとかもできるのかな…!?」


 ストーンウェアの柔らかな白地に、ミルクティー色のプリンはきっととてもかわいいだろう。

 少しずつ世界が広がっていく感覚に、りのはふふと小さく笑った。 



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