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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第52話 ふわふわのパン


 その日、アルフィオ付きの文官が王妃殿下の返事を携えてやってきた。


『一度、お茶でも飲みながらゆっくりとお話いたしましょう』


 うわー召集令状……! と思いながら、りのはアルフィオに二つ言付けをした。

 ひとつはお会いするまでに調べたいことがあるのと、礼儀作法を押さえておきたいので、少し日にちを頂きたいこと。

 そしてもうひとつは、対策についてお話するにあたり、できれば手に入れたいものがあるので、自分が店に行けないのであれば、スパイスや薬草に詳しい商人にそれらをできるだけ多くの種類でもってきてほしいということ。

 文官経由で、アルフィオはすぐに食料品店に連絡して、面会をセッティングしてくれた。こちらでは、料理に使う薬草やスパイスはまとめて食料品店が扱っているという。


「ロゼ、明後日のお昼、はじめての方と会うことになったの。ガディア商会のウェス・ガディア商会長さんと、タンリ―食料品店のレオニード・タンリーさん」

「どちらとも食料品をもってくるんでしたよね?」

「うん。いろいろ見てみたくって。うまくいけばおいしいお菓子や飲み物のレシピもできるし」


 美味しいお菓子、という言葉に、ロゼの目がぱあっと輝く。仕事中なので冷静な表情を崩しはしていないが、親しいものには嬉しがっていることが何となくわかる、そんな雰囲気だった。

 承知しました、準備しておきますというロゼの返事によろしくーと返しながら、りのは先日のアルフィオとの会談を思い出す。



『あちらの知識で王妃殿下が良くなられたら素晴らしいことです』



 冷静で計算高いアルフィオにしては珍しい言葉だったと思う。ぽろりと内心を零してしまう程、王妃様の具合は良くないし、心配しているのだろう。


(まぁそれはともかく、やっぱり異世界人の知識は価値があるっていうことを認識してるよね、あの言い方だと)


 ということは、やはり今までこっちに誘拐された聖女たちがいろいろな知識をもたらしているということなのだろう。それも、役に立つ知識。そうでなければ、あんなに期待するような言葉は出てこない。

 それが一部の上層部だけが知る話なのか、それとも民間にも広まっている話なのかが気になる。

 聖女の知識を利用したい、あるいは搾取したいと考えるのはどういう層のひとたちなのかは、身の安全のためにも知っておきたい。

 そういう意味では、このタイミングで王室御用達とはいえ一般の商人に面会できるのはいいことかもしれない。

 いくつかネタを仕込んでおこう、とりのは心のToDоリストに書き加えた。


「リン、大丈夫ですか?」


 考えに耽っているりのに、ロゼリアが声をかけた。

 最近、りのはロゼリアにリンと呼んでほしいと伝えたのだ。「リン」は、学生のころからのりののあだ名である。

 友人と呼べるような関係になってきたので、リンと呼んでほしいと思った。

 向こうの世界と同じように友だちに呼んでもらうことは、慰めにもなった。帰りたいという気持ちが、少し引っ込んでくれるから。


「うん、大丈夫。明日は文学の講義があるし、面会の次の日は歴史の講義が入ってるから、そっちもよろしくね。あと、近々リシェル・レンデリーア先生の礼儀作法の講義も入ります」

「はい、承知しました」

「そしてロゼ、あれがやっとできました」


 重々しくいうりのに、ロゼリアの綺麗な孔雀石の目がくるんと大きくなった。


「あれ、といいますと、もしかして、葡萄の」

「そう! 葡萄を使った天然酵母のパン! 調整ができたから、昨夜仕込んでおいたの!」


 わーいっと万歳をすると、ロゼリアがにこにこと拍手をしてくれた。ロゼリアは天然酵母が何かはわかってないだろうけど、一緒に喜んでくれるのが嬉しい。


「というわけで! さっそく今日はふわふわのパンを焼きます! おひるごはんにしようね!」


 うれしそうに目をきらきらさせるロゼリアと一緒に、キッチンへ移動する。


 きれいに手を洗いエプロンをしたりのは、冷蔵庫の中からバットのような容器を取り出した。

 容器には、できあがったレーズン酵母に粉やらを混ぜて二度ほど発酵を促したふわふわのパン種が入っていた。

 りのがカーティスに持ってきてもらっていろいろなパンを食べてみた感じ、この国ではやはりサワードゥでパンを作るのが一般的なようだ。

 サワードゥで作ったパンは栄養価こそ高いが、ずっしり身の詰まった感じになるし、何より独特の酸味がある。

 これもこれで好きではあったが、やはり食べなれたふわふわ甘みのあるパンも食べたい。

 インベントリの中にはふわふわの食パンも総菜パンも、何ならさくふわなクロワッサンまであるけれど、現時点でそれを出すのは難しい。それに何より、親しい人と焼きたてを食べたい。

 だから、りのはふわふわパンを成功させるべく、隙間時間を見つけては、小麦粉の種類や材料の分量を少しずつ変えて何度か試作をしていた。


(ものすごく手間だったけど、これはこっちの材料と道具だけでできてるから、それほど問題にはならない、と思いたい! 固い黒パンもいいけど、やわらかいパンも食べたい!)


 パンは手間のかかる料理だ。

 前もってスマホからメモっておいたレシピをキッチンの端っこに立てて、りのは材料をそろえ始めた。

 わざわざ産地を指定して用意してもらった小麦粉、塩、はちみつにバターに牛乳がたっぷり。


「さあ作るぞ! ロゼ、待っててね!」

「はい!」


 冷蔵庫にいれていたパン生地を室温に戻してガスを抜き、軽く丸めてベンチタイム。その後きちんと成型し、仕上げの発酵。

 空いた時間は昼食の準備をしたりお茶をのんだりして、発酵が終わったらいよいよだ。

 予熱したオーブンに入れ、温度に気をつけながら焼いた。

 温度計はこちらにはないようなので、発酵温度もオーブンの温度も、練習がてら「鑑定」や「ヒート」をフル活用した。

 りのは魔術の講義を初めて受けた日から、「鑑定」などのレベルをあげるべく、いろいろなところで使っている。気づかれないよう人にはかけないようにしているが、物などにはよくかけていた。


 そうこうするうちに、ふんわりと、香ばしい匂いが漂いだした。


「幸せの香り」

「リン?」


 目を細めて、りのは思いだしていた。

 近所のお気に入りのパン屋さんの前を通ったときや、旅行兼仕入れで訪れたイスタンブールの街角でゴマパンを担ぐおじさんの前を通り過ぎたとき、それに家のホームベーカリーでパンが焼きあがったときにかいだ香りだ。


「こういうね、パンの焼ける匂いのことを、私たちの世界では『幸せの香り』って言ってたの」


 ロゼリアはそっと目を伏せた。たぶん、りのからそういう幸せな香りを奪ってしまったのだと思っているのだろう。

 彼女が罪悪感と戦っていることがわかり、りのは明るい声で告げる。

 ロゼリアには一度謝ってもらったから、もういいのだ。


「ほかにもお米っていう私たちの主食を炊く時の香りとかもそう言ってたかな。お肉の焼ける匂いも暴力的に幸せね!」

「――それはわかります。遠征で野営をするとき、獣の肉などを串にさして焼くのですが、いつもお腹が鳴りそうで困ってしまいます」

「わかるわかる。ちなみに、まさに今私のお腹はなろうとしています」


 くすっと笑みをこぼすロゼリアにほっとして、りのはお茶の準備をする。パンが焼けたらすかさず飲めるようにしておくのだ。レノアはおつかい中、メイドたちも別の仕事で席を外していたので、二人分だ。

 幸せの香りの芳ばしさが少しずつ強くなって、りのの鑑定でも焼き上がりがわかった。

 りのは、満面の笑みでロゼリアを振り返った。


「よっし、そろそろだ! いこうロゼ、オーブンから出しましょ!」

「はい!」



本日はここまで。

そろそろストックが……ががが。がんばります。

お読みいただきありがとうございます!

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