第51話 ユーゴとゼノンは魔術師だから
講義をありがとうございました、次回もよろしくお願いします、とリノアが帰っていくのを見送り、ユーゴはふっとため息をついた。
女性らしいシルエットの背中だが、内に渦巻いている魔力の大きさを感じとれば、守りたいなどという気持ちは欠片もわかない。
どちらかというと感じるのは好奇心と警戒心だ。
「団長、……聖女様たちってやっぱり怖いですね。おれ、カノン様のときもそうでしたけど、魔力が濃くて、酔いそうでした」
「魔力感知が鋭いとそういう弊害もあるかぁ」
「水球」から落ちて、自分で水気を飛ばしたゼノンがいつの間にか横に立っていた。
ふわりと風が動いて、防音の魔術が自分たちの周りにかかったことがわかったので、ユーゴはそのまま報告を促した。
「報告します。魔力属性は、やはり間違いなく全属性でした。六属性の中では、今は水と光が強めのようですね。魔力濃度は先ほども言ったように、魔術師団員の倍以上は軽くありました」
真面目な顔をしていれば本当にきれいなんだけどねえこの子、と思いつつ、ユーゴは顔をしかめた。
「倍以上かぁ……。それだけ多い魔力をこめて魔術をつかって、平然としてるとは……。他には?」
「特には。――――ただ、ちょっと気になることがありまして」
このゼノン・レディーゼは、魔術の研究を業務とする第三部隊の隊長である。
ユーゴも含め、魔術師はどうしても魔術の運用や魔力操作の技術の向上に熱心になる。いかに魔術の威力を高めるか、いかに効率よく魔力を使って魔術を発動するか。あるいは、いかに威力の高い魔術を発明するかが主な興味関心だ。国の防衛や魔獣討伐に出るときのことを考えるとそれが当然だ。
だが、この第三部隊は、魔術そのものの研究を好み、魔術の根源を追い求める者で構成されていた。
だから、ゼノンを呼んだのだ。
「なに?」
「カノン様も全属性で、魔力もおそらくリノア様と同じくらいですけど、強い属性は違ってますよね。カノン様は風と闇が強いし、ちょっと見ただけですけどリノア様は水と光が強い。でも、なんか、似てるんです」
「似てる?」
はい、と煌めく水色の瞳をひたりとユーゴに据えて、ゼノンは告げた。
「リノア様の『水球』に飛び込んだ感じと、この間カノン様の『微風』に包まれたときの感じが。お二人のは似てて、他の魔術師団員のそれとはなんか違うんですよね。聖属性に近いのかなと初めは思ったんですが、それともやっぱりなんか違う」
「ねぇゼノン、その違和感、リノア様とカノン様と、どっちが強い?」
「リノア様ですね」
迷いなく言い切る美貌の部下は、何でしょうねえこの違い、と言いながら考え込み始めた。
(あーあーもう、無防備になって団員を惑わすなって言ってるのに……まぁゼノンが悪いわけではないんだけどさぁ)
軽く「隠形」の魔術をかけ、ゼノンの姿を少しぼやかして周囲の目から隠しながら、ユーゴも今日の授業のことを振り返り始める。
「やっぱり一番驚いたのは、魔術変化だよねぇ」
「ですね。熱魔術まで到達したんですかね?」
「それはないと思うよ、本人も言ってたけど火魔術ほとんど使ってないんだから」
「――――可能性としては、異世界人は初めから上位魔術を使うことができるようになってるから、魔術変化ができたってことでしょうか」
「それもどうだろうなぁ……リノアちゃんはまだわかってないけど、カノン様の方は『鑑定』で見ると上位魔術はまだ見えてないからね」
「そうでしたか。うーん……使ったことがないから発現してないとか?」
ああそれはありそうだとユーゴは思う。
聖女カノンは、帰れないということのショックからまだ立ち直れていないため、魔術の講義も止まってしまっているのだ。
以前よりも部屋に引きこもり、学園も休みがちだと聞いている。
(うーん、そっちも頭が痛いなぁ……)
「ああもう一つ、リノアちゃんの魔術が今までの魔術とは違うって可能性はあるかもしれないな」
「!? なんでですか? えっそれどういうことですか団長!」
目をぎらんぎらんさせて迫ってくる美しい顔を掌で押しのけながら、ユーゴは落ち着きなよと小さな氷の塊を襟首に落とす。
ひゃあああぁぁぁと情けない悲鳴を上げるゼノン。
(「そもそも魔力って何なのでしょう」、かぁ……)
カノンもリノアも、非常に珍しい全属性持ちで魔力も多い。
しかし、その二点の条件を満たす人間ならば、自分も含め、ウェルゲアに数人はいるのだ。
それにもかかわらず魔獣は湧き続けている。ということは。
「ねぇゼノン」
「ひゃいいいぃぃぃ」
じたばたとローブをむしり取って、シャツの下の氷を何とか取り出したゼノンは、シャツが乱れたしどけない姿になって涙目だ。
ああこれはいかん、また気絶者が出てしまう。
ばふっとローブを「浮遊」の魔術で浮かせてかぶせ、姿を周囲から隠してやりながら、ユーゴは言った。
「魔力って、そもそも何だと思う?」
「はい?」
「リノアちゃんが言ってたんだよ、魔力って何ですかって。そんなこと考えたこともなかったけど」
「魔力とは何か……?」
ゼノンが考え込みだす。
魔力が何かは考えたこともないしわからないが、異世界人、聖女たちと自分たちの違いが、その魔力そのものにある可能性は、あるかもしれない。
「つまり、おれの感じた違和感は、おれたちの魔力との違い……? 大きさや属性ではなく……?」
「性質の違いってことかもね」
「ありえますね。でも、さっき団長が言ってた魔術の形態が違うってこともあり得ると思います」
「なんで?」
「『土球』です」
ごそごそとローブを羽織りなおし、ゼノンは細長い人差し指で自分の唇をポンポン叩きはじめる。考え事をまとめているときのゼノンの癖だ。
「おれもそうでしたけど、土を堅くするって想像すると、ふつうは泥団子をぎゅっと握りしめた感じとか、あるいは鍬が入らないほど堅い土、というのが普通だと思うんですよね。でも、遠くから見ただけですけど、リノア様の土球、その程度の堅さじゃなかったでしょう?」
「……?」
「アッすみません、そういえば団長って侯爵家のおぼっちゃんだった! 土耕したことあるわけなかった!」
あちゃー、と掌で目を覆い隠し空を仰ぐ。
ユーゴはイラっとして、その華奢な腰にまわし蹴りをくらわした。どふ、とゼノンは倒れ伏す。
どうせ坊ちゃんだようるさいな!
「どっちかというと、つついた感じは岩だったな」
「っぽかったですよね」
も―団長乱暴だなーとか言いながらしれっと立ち上がって、ゼノンはユーゴの目をのぞきこんだ。
好奇心でぎらぎらと光る眼。
「ってことは、リノア様はおれたちとは違う魔術を使ってる、あるいは違うことを想像して魔術を使ってる可能性があるってことではないでしょうか」
「なるほどね、魔術の形が違う可能性もあるし、もっと単純に想像の方向性が違うってこともあるし、魔力の質が違う可能性もある、か」
「はい! いやあ、研究のしがいがありますねえええ!」
もっとも自分も似たような目をしているだろうとユーゴは思った。
魔術に傾倒している人間なんて、みんなこんなもんだ。
「ゼノン隊長」
「はっ」
「あらゆる可能性を検証するように」
「おまかせください!」
ユーゴは、聖女という名の人間の形をした魔術の可能性と出会えた幸運に感謝している。
国益にかなうこともあるだろうが、そもそも魔術師の自分としては、魔術の新しい可能性に出会えたことが一番だ。
さてこの研究はどこまで進んで、何をどんなふうに変えるんだろうなあと、わくわくした。




