第49話 美貌のガガンボ
※タイトルにありますように、虫の名前が出てきます。詳しい描写はありません。
「うん、じゃあ次は『水球』を大きくうってみよう。まず小さいところからどんどん大きくしてみてね」
「はーい。行きます、『水球』」
自分から少し離れたところに、小さな水滴を出した。風船のように膨らんでいくイメージで、それに魔力を少しずつつぎ込んでいく。
(やっぱりこのイメージが理由なんだろうなあ)
イメージで魔術を深めていけるから、理論で魔術を発展させることに重きを置いていないのだろうとりのは推測する。
魔力についてもそうだ。そこにあるものだから、別に気にしていないのだ。
水滴は、野球ボールからバスケットボールの大きさへ、バランスボールへ、少しずつ、確実に大きくなっていく。
(ちょっと試してみようかなあ……『ヒート』)
大きくなっていく水のボールに、魔法をかける。
この「ヒート」は、かけた対象をじんわりと温めていくイメージで作った魔法だ。イメージのおおもとはカイロである。冷え性なので、足先やお腹や背中を温めるのに重宝している。
りのは、ユーゴに習うこちらの世界の不思議な術を「魔術」、自分で想像して作った魔術を「魔法」と区別して使っていた。
似たようなものがあるかもしれないが、ひとまず「自分で作った」、というところがポイントである。
魔術も魔法も、一人でやって何かあると怖いので、大がかりなものは、バレる危険性はあってもここで試してみたかった。
(んー、やっぱ魔術と魔法は両立するんだなあ……)
「鑑定」をかけてちらりと流し見ると、水球の温度がゆっくりと上がっている。
「水球」を維持しながらの「ヒート」も、問題なくできるようだ。つまり、魔術と魔法の並行使用は可能。
「リノアちゃん、そ、そろそろ大きくするのをとめよっか?」
「え?」
魔力操作に夢中なふりをしていろいろ考えていると、ユーゴがひきつった笑顔でこちらを見ていた。その細い指が、水球をさしていて。
「え、うっわ、ごめんなさい!」
そこにはバランスボール二十個分くらいの巨大水球が!
「すぐ消します!」
「あ、待ってまって、消さなくていいよ、そのままの大きさで維持できる?」
「いいんですか? たぶんできますけど……」
「うん、ちょっと調べたいことがあるから、ここからは魔術維持を練習しよう。――――ゼノーン、ゼノンちょっとおいでー!」
「うひゃああああぁぁ~、おれですかあああぁぁぁ~! ありがとうございまああああす!」
ユーゴが、どこからそんな大きな声が!? と思うような大音声で叫ぶと、遠くの円の一番前からも同じように大きな叫び声が返ってきて、ものすごいスピードでそこから何かが突進してくる。
ひえっ、と体を堅くするりの。ユーゴが「『防壁』」と小さな声で呟くと、りのの前方で、突進してきた何かがばいんとはね返された。
「……は?」
べしょ、と地面にひっくり返っていたのは、細長い形をした何か……? 巨大な虫?
(いや違うわ、顔が見えないだけで人だわ、ってか手足なっが! ガガンボレベル!!)
胴体が細く短くて手足が長く、しかもその手足がばたばたしているので、なんだか虫っぽく……いやその。
あぜんとしているりのを置いて、ユーゴが早く立ちなよゼノン、とおかしそうに声をかけていた。
(いやそのガガンボっぽいのをびったんてさせたのはあなたですよね!?)
その声で、ゼノンという名らしい彼は、胴体を一度そらせてブリッジの状態になり、そこからぐいんと跳ね起きた。人っぽくない動きだった。
が。
「……は?」
きらっきらに虹色のプリズムをはねかえす、可憐な淡い桃色の髪。
すきとおるほど白い肌にはほんのりとバラ色がさしていた。
顔には赤すぎない絶妙な色と下がぷっくりとした唇、すっと通った鼻。
発光するようなネオンブルーの切れ長の瞳。
(あの目、極上のパライバトルマリンの色だ……)
いつぞや展示会で見たレアストーンの、目のくらむような透明な水色。
太陽がきらめく南洋の浅い海をそのまま切り取ったような目が、完璧な位置に配置されていた。
造形だけなら天使もかくやという感じだが、左目の下に小さくほくろがあって、かろうじてこの人が人間なんだと思わせた。
それがまた危うくて色っぽい。
こちらの世界には美形が多いけれど、今まであった人の中で一番の美貌だ。眩しい。きらきらだ。
(なにこのすっごい美人……でもガガンボ……)
ガガンボに絶世の美人の顔。
ギャップがひどい。
全体をみると手足が長くてスマートで、スタイル抜群なんだけど、何せさっきのイメージが……
「うひゃあああああ、はっじめまして聖女さまー!! 魔術みせてくださってありがとうございますうううう!」
「ひえっ」
次の瞬間、パライバトルマリンの目がすぐ前にあって、りのは情けない悲鳴を上げて後ろに飛び退った。
怖い。きれいだから余計怖い、ガガンボ怖い!
「こらゼノン」
「はーなーしーてーくーだーさーいー、団長ー! 聖女さまの魔術をすぐそばで見るんですううううう!」
「まだ聖女さまかはわかんないでしょ。というか、見るどころか体感させてあげようと思って呼んだのに」
「えっほんとですか! 団長さいこー!」
襟首をひっつかまれてじたばたしていた手足が、ユーゴの一言でぴたっとおさまった。
黙って立っていると、美形の圧がすごい。というかひどい。
「はい、あいさつ!」
「はじめまして、おれ、じゃなくって私はゼノン・レディーゼと申します! 魔術師団第三部隊隊長です!」
左手を右肩に当てて一礼。伏せられた目がぞっとするほど艶っぽい。
「さっそく! さっそく魔術をお願いします! できればでっかいので!」
「ごめんねえリノアちゃん、この子、魔術が好きすぎてちょっとアレなんだよねえ、顔はきれいなんだけどねえ」
「顔なんて魔術にはまったく影響ないのでどうでもいいです。というか、迷惑しかかかってないです」
表情がすん、と無になった。
目の光が消えてる……。
「はじめましてレディーゼ隊長、リノア・ミハイルです……」
まだばくばくしている心臓をおさえながら、ちょんと頭を下げた。
「おお、リノアちゃん、こんな中でも魔術を維持できててえらいねえ」
「え? ――あ、本当だ。まだありますねぇ。よかった~」
「リノアちゃんは、一度感覚をつかむとそこからの成長が早い人なんだね~」
この辺りは、たぶん「ハイド」や「バリア」を使い倒した経験が生きたのだろう。動揺しまくったわりに、水球は相変わらずの大きさでぷかりと浮いていた。しいていえば、少し高度が下がったくらい。
(ヒートも問題なくかかってる。水温四十度……我ながら良い出来だ)
「ん、じゃあゼノン、いってらっしゃーい」
「はぁ~~い!!」
親指でくいと水球を指して、ユーゴが笑顔でそういうと、とたんに目をキラキラさせたゼノンが右手を大きく上げて。
「『水中呼吸』! 『飛翔』!」
長い脚がゆるやかに曲がったかと思ったら、勢いよくりのが出した水球の真上までとびあがり、そのまま垂直に中に突っ込んだ。
どぼーんという音と一緒に、水滴がぼちゃぼちゃぼちゃっと降ってくる。
「ありゃ、ゼノンってばほんとに魔術のこととなると周りが見えなくなるんだから」
ごめんね、とユーゴは自分とりのにかかった水滴を、パチッと指をはじいて乾かしてくれた。
無詠唱の術師だからこその技である。
「だんちょー! だんちょおおおー!!」
そこへ、水のボールからゼノンの頭だけがにゅっと出てくる。
ひょえっ、とりのはびっくりして、再度思い切り後ろに飛び退った。
「報告します! 通常の水よりも魔力は濃いです! 無味無臭! 中は動いておらず、波などもありません! あとあったかいです! お風呂です!」
跳ねるような声でそれだけ言うと、またにゅっと水球の中に戻っていった。
今度は水の中で手足を動かして、移動したりぐるぐるまわったりしている。楽しそうだ。
「……お風呂? あったかい?」
あ、やべ。
りのは一瞬ごまかそうかと考えたが、バレそうだし下手なことは言わないほうが良いな、と白状することにした。
「あの、途中で水球の魔術に変化をつけたんです。水球を大きくして、もしはじけて濡れるようなことになったら冷たい水は嫌だなって思って。それで、途中からお湯になれーって思って『水球』を使いました」
魔法のことは口に出さず、経過だけを正直に話すと、ユーゴはその琥珀の目をぎらぎらと輝かせた。
「つまり、水球の魔術に変化を加えて発展させたってことか。リノアちゃん、これはすごいことだよ。魔術を始めてひと月にもならないのに、この修得の早さは本当にすごい!」
「あ、ありがとうございます……」
「魔術を途中から変化させたり威力を加えたりするには、精緻な魔力操作の技術と、豊富な魔力がないとできないんだよ。このウェルゲアでも十人いるかいないかだ」
おおう、思ったよりおおごとだった!
(こ、これが「俺なにかやっちゃいました?」ってやつ!? やばいやつ!? フラグなんかいらないんですけど!)
たらりと冷や汗が流れた。




