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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第47話 シュトロイゼルとハーブティー


「イリット、メリル、ちょっといいかな?」


 キッチン兼ダイニングに戻ると、キッチンの作業机でメイドの二人がケーキを堪能していた。


「むぐ、……はい、なんでしょうリノア様!」

「ああ、手を止めなくていいよ、ケーキ食べちゃって。あ、そうだ、よかったらこっちも食べて」


 キッチンの上の棚に置いてある瓶を一つ取り出した。中にぎっしりとつまっているのは、シュトロイゼルである。

 小さめの皿にこんもり盛ってテーブルの真ん中に置いた。

 わぁ、と小さな歓声を上げる二人に目じりを下げながら、冷蔵庫から取り出したレモン水をグラスについで、それを片手に自分も椅子に腰かけた。


「これ、この間ロゼリアに作ってもらったアーディルン粉が余ったから作ったんだ。カリカリして美味しいよ」


 二人が気兼ねせずに手を伸ばせるように、まず一個とって口に運ぶ。


 シュトロイゼルは、アメリカではクランブル、日本ではそぼろクッキーともいうカリッとした歯ごたえが楽しいお菓子で、たいていはフルーツタルトやケーキ、パンのトッピングとして使う。

 りのはアーモンドプードルの入ったシュトロイゼルがお気に入りだ。やや悪食だが、これをかじりながらウィスキーを舐めるのが好きだったりする。

 先日、ほぼアーモンドと同じであるアーディルンの粉がけっこう残っていたので、懐かしくなって作ってみた。シュトロイゼルを少し小さめのクッキーの形にして焼いたものだ。


 どうぞ~とすすめると、二人ともおそるおそる手を伸ばして口に入れる。

 とたんにカリッと軽やかな音がした。


「おいしいです……」

「こちらのケーキとはまた違った歯触りと甘みで、その対比がとても新鮮です。ケーキは時を重ねた大人の味、こちらの焼き菓子は素朴な、大人になる前の少年のような味わい。両者を一度に味わえるとは、なんとも背徳的で贅沢な気分になりますね……」


 うっとりと咀嚼するイリットの横で、メリルがぽそりと、けれど滔々とグルメコメントを残した。

 二人とも甘いものが大好きなので、とても幸せそうだ。

 メリルは普段はおとなしいけれど、甘いものや美味しいものに出会うと言葉数が増える。その表現の独特のセンスや言葉選びがりのは好きだ。


「これを果物と合わせて焼くとまたおいしいんだよ。今度やってみようね」


 三人できゃっきゃうふふとどんな果物と合わせるか、タルトにするかケーキにするかを話し合う。


(私はさくらんぼのがイチオシなんだけど、こっちにさくらんぼがあるかはわかんないんだよなぁ……って、そうじゃなかった!)


 話が一区切りしたところで、りのは本題に入った。


「ねえメリル、イリット、ちょっと聞いてもいい? こっちでは、肩こりとか頭痛とかってどうやって治すの?」


 とたんに二人が心配そうな顔になる。


「リノア様、どこかご不調ですか?」

「い、医者を呼びましょう……!」

「待って待って、そんな大げさなことじゃないの」


 ぱたぱたと手を振って、今は何にもないけど、もしそういう症状が出たらこっちの人はどうするのかなあと思って、と言う。


「私、向こうでも肩こりとかひどかったから……って、こっちにも肩こりって、ある、かな?」


 フランスには「肩こり」という概念がないので、肩こりもまとめて頭痛というらしい。

 仕入れ先のアンティーク屋のおばあちゃんも実際にそう言っていたのを思い出して確認してみるが、ウェルゲアに肩こりはあった。よかった。


「上位貴族家の方は、不調が出るとたいていは治癒魔術師を呼んで治すときいておりますが……」

「でも、肩こりって治癒魔術で治らないんじゃなかった?」

「そうねイリット、治らないというか、治ってもすぐ元に戻るって聞いたことがあるわ」

「そっかあ、治癒魔術も、なんでも治せるってわけじゃないのね」


 どういう理屈なのかなあ、とりのは首をひねる。

 筋肉を柔らかくする、血行をほぐす感じで治せばけっこうよくなるのでは?


(あ、でも全体のバランスとか考えると、安易に肩とか首だけ治すの怖いね!?)


 しっかり勉強して、できそうなら魔法を作って試してみようと思いながら、りのは二人のおしゃべりに耳を傾ける。


「ご本家の奥様方は、肩が重くなると、お風呂上りに蜂蜜油を塗らせるってお聞きしたことがあるわ」

「蜂蜜油?」

「オリーブを絞った油に蜂蜜を混ぜたものです。お肌がつやつやになるので人気がありますが、オリーブオイルは、その、」

「ああ……ちょっとびっくりするお値段だものね……」


 オリーブは、この国では貴重品だ。国内での生産ができておらず、輸入品のみなので、小瓶で大銀貨五枚はするという。

 りのの感覚でいえば、金貨一枚が百万円、大銀貨一枚が十万円、銀貨一枚が一万円というところだ。もちろん物価の違いや年収の違いもあるので、一概に比較はできないけれど、メイドたちやレノアに聞いた話を総合するとそんな感じになった。

 ちなみに、このアトラロでは、家族四人のひと月の生活費が大銀貨三枚ほどだという。

 つまり、小瓶一本五十万円なのである、オリーブオイルは。


「ですので、平民はもちろん、普通の貴族にも全く手が出ませんね」

「一回やってみたいけど、さすがにその額を美容のためだけに突っ込むのは厳しいですし。まあ蜂蜜油がなくても生きていけますから!」


 イリットの言う「ご本家」は、シプラスト公爵家、つまり宰相アルフィオの家だったりする。イリットは、シプラスト家の寄り子の男爵家の出だそうで、アルフィオがいかに気を配って人選を行ったかがよくわかるなあとりのは思ったものだ。

 本人はあっけらかんとして前向きで、その辺りの事情を深くとらえてはいないようだったが、そののんきさが好ましかった。


(楽しいからメリルには美味しいもの食べてほしいし、イリットといるとほっとするのよねえ)


「じゃあ普通の人たちはどうしてるの?」

「そうですねえ、薬師が作るお薬を飲んだり、でしょうか? でも、あの薬って効くか効かないか微妙なんですよねー」

「その薬師の腕がわかりやすく出ますからね。それに、薬師が作るのはポーションが中心ですから、病や肩こり、頭痛や腹痛の薬を作っている薬師というのがそもそも多くないんです」

「……それ、普通の人たちは大変じゃない?」

「もうしかたがないので耐えるしかないというところはありますね。あ、私の母や祖母は、自分で薬草を育てて煎じて飲んだり貼ったりしています」


 お、きたきたきた! それ知りたかったやつ!


「薬草を、煎じる? メリルもしたことある?」

「ええ、本格的なことはしていませんが、お茶にしたり、煮詰めたり。けっこう効くのもあります」

「私のところでもあったな、薬草をお茶にするの」


 お腹痛いって言うと飲まされて、でもすっごく苦くって。

 苦そうな顔をするイリットに笑った。


「お腹痛い時はこれ、肩こりの時はこれって薬草が決まってるの?」

「どうでしょう……? たいていコルティアドが入っていた気はしますが」


 コルティアドは体力ポーションの原料だ。


「ん~………たしか、眩暈がするときはテミシアを食べなさいとか、頭が痛い時はピペルトのお茶がいいとか、だったような……?」


 薬草茶やハーブの利用はこの国でもあるらしい。


「高位の方は薬草茶とかは飲まないの?」


 二人は顔を見合わせて首をかしげた。


「どうでしょう……? メリル、知ってる?」

「薬草よりは薬を飲まれるのではないでしょうか?」

「薬もまずいんですけどね……」


 なるほど、薬の方が重要視されている。つまり、薬草茶なんかは民間療法だから高位貴族はあまり手を出さない、と。


 なんとなく方針が見えてきたな、とりのは思った。


 試したことがないなら、薬草茶、ハーブティーをすすめるのはアリだろう。薬草類は、体に合いさえすればけっこう効果が期待できるし、おいしければストレスの発散にもなる。

 どれがどの症状に効くかは今のところ分からないので、あらかじめ辞典で効きそうなものを探そう。

 店には行けないだろうから、お店の人に来てもらおう。「鑑定」すれば、少しは情報が出るかもしれないし。



「薬草茶も薬も、もちろんお菓子も、美味しいのがいいよねえ」


 シュトロイゼルをもう一個摘まんで眺めながらしみじみ呟くと、イリットとメリルも深々と頷いた。

 おいしいは大事だ。


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