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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第45話 医者じゃないんですけど


 高位貴族の礼儀作法を教えるというならば、その教師はもちろん高位貴族の人だろう。

 そう予想するりのに、アルフィオはしれっと告げた。


「本来は、王妃殿下がお教えするはずだったのですが」

「げほっっ」


 思わずむせた。

 なぜそうなった!?


「王妃殿下の教えであれば、熟練度はともかく、その内容を批判することは難しいので」

「な、なるほど……」


 理解した……けど、なんか納得できない……。

 りのが表情に出さないまま苦悶していると、アルフィオがほっと溜息をついた。


「ただ、王妃殿下は今体調を崩されておりまして。お教えするのは難しいだろうとなりました」


 そういえば、とりのは今までを振り返った。

 謁見の時も、王妃はいなかった。

 ロゼリアが副隊長を勤めていることから知ったのだが、この国は女性でもわりと責任ある立場についていることが多い。

 聞いたところによると、貴族家の当主になっている女性もけっこういるし、男でなければならないという意識もそれほどないという。昔は男でなければという時代もあったそうだが、今はそうでもないらしい。

 それなら王妃があの場にいてもおかしくないはずだ。


「ええと、もしかして何かのご病気ですか? あ、聞いちゃダメでしたら構いませんので」

「大きな病気というわけではないのですが……」

「具体的にこれという症状があるわけではないんですか?」

「そうですね、頭痛や関節痛、筋肉の痛みなどでうまく体が動かせなかったり、動悸や息切れがひどくなったり、突然熱っぽくなったりと、ひとつひとつは対処もできるのですが、いくつも同時に起こっているうえになかなか治らないのですよ」


ご本人もとても辛そうで、とアルフィオが目を細めて心配そうにつぶやいた。

りのはうーん、と考える。


(どうしよう、なんとなく原因とかわかりそうな気がしてしまう……いくつかは私も向こうで経験してるし……。でも治療できるかなんてわからないし、下手なこと言って医者の代わりにされるのもなぁ……でもあれだったら本当につらいって話だしなぁ……)


 紅茶を飲みながら、少し迷った。

 向こうの知識を持ち込むことへのためらいは大きいが、どうしようか。

 りのは、もう少しだけ病名を絞り込めないかと思って、聞いてみた。


「あの、アルフィオ様。王妃様、ほてりとか発汗とかが急に起こったりしていませんか? それに、精神的に不安定になってイライラしたり、落ち込んだり、感情の波が激しくなったりしているとか」


 アルフィオが目をみはる。

 予想はどうやらあたりのようだ。


 りのは、向こうの年上の友人に、本当につらいから今から対策しておけ、体力をつけておけと忠告を受けたことがある。

 それが更年期障害だった。

 その友人は朗らかな性格だったのに妙に神経質になっていて、どうしたのかと聞いたら更年期障害だと言ったのだ。

 彼女は、加齢によるホルモンバランスの乱れからくるさまざまな症状に悩まされていた。



「ちなみに、王妃様はおいくつでしょうか」

「――今年で御年四十になられます」


 まさかの同い年だった!

 更年期が始まるにしては少し早いだろうか。けれどありえないことではないし、平均寿命が短ければそのくらいから始まるかもしれない。

 ストレスの多そうな立場だし。それにたしかプレ期間もあったような気がする。


(更年期障害というか、ホルモンバランスの乱れなのかもしれないね)


 りのは改めて、どうしようかなぁ、と考えた。

 辛い病気らしいから手伝うのはいいけど、本人と自分の相性もわからないし、気の合わない人におせっかいやくのもなあ。

 そもそも、症状が和らぐかもわからないし……。


「リノア様、もしかして、この病をご存じなのですか?」

「まぁもしかしたら、というレベルですが……。私は医者ではありませんので」

「治療法をご存じですか?」

「うーん……人によって症状が違うものですし、基本的には対症療法ですから何とも言えないというか。そもそも私、医者じゃありませんので……」

「それでもかまいません。王妃殿下の許可もとってまいりますので、一度詳しいお話を聞かせていただけませんか」


 アルフィオがなんだか必死だ。

 聞くと、フィンレーとアルフィオ、ユーゴに王妃は幼なじみだという。活発で朗らかで、おおらかな女性なのだが、病気ですっかりと性格が変わってしまい、見ているのもつらいと陛下も悩んでいる、とアルフィオは力をこめてりのに懇願した。

 なるほど、幼なじみが苦しんでいれば必死にもなるだろう。


「治るか保証はできませんが……王妃様がいいと仰いましたら、お話くらいなら……」


 手助けしたい気持ちはあるが責任を押し付けられるのは嫌なので、十分に予防線をひいて、りのは頷いた。


「ああ、ありがとうございます。対価についてはまた改めてお話させてください。あちらの知識で王妃殿下が良くなられたら素晴らしいことです」

「――ええ、お力になれればよいのですが。それで、礼儀作法の授業ですが、教師はどなたなのでしょう」

「はい、リシェル・レンデリーア嬢です」


 ん?

 今、何て言った?


「レンデリーア……第一王子殿下の婚約者の……?」

「はい」

「えーと……マナー教師の方などはおられないんですか?」

「おりますが、リシェル嬢はそのマナー教師の中でももっとも厳しい方に、これ以上教えることはもうない、と言わしめるほどの礼儀作法を身につけていまして。リノア様とは年齢も近いですし、お話も弾むのではないかと」

「……。」


 アルフィオの今日の本題はこれだったのだろう、とりのは目を細めた。

 レンデリーア家から、どうしても自分と繋がれる人間を出したいのだろうか、と思って、いやそれなら初めからまともな人間を送り込んでくるだろうと考えなおした。意図が分からない。

 じいっとアルフィオを見つめていると、彼が肩を竦めた。


「実は、公爵からではなくリシェル嬢本人から依頼があったのです。ぜひ一度お話させていただけたら、と。彼女は第一王子殿下の年代では令嬢として最も高い地位と教養、礼儀作法をもっていますし、国王派ということで派閥の問題もありません」

「派閥の問題ねえ……」


 本当に派閥の問題はないのだろうか。派閥というか、政治の問題としては大きいところがあるだろうに。

 婚約者の実家が後見に立たないなんて、それ第一王子めっちゃ嫌われてない? と思うりのである。


「彼女は素晴らしい令嬢ですが、その、第一王子殿下の婚約者ということもあり、同年代の令嬢たちからは遠巻きにされていまして。同年代の女性と仲良くなりたいという気持ちがあるのではと思います」

「取り巻きの女の子たちとか、いそうですけどねぇ。それに、同年代の子と仲良くなりたいならカノン様のほうがよっぽど良いのでは?」


 ざっくり切り返すと、アルフィオがほんの少しだけ視線を揺らした。

 おやぁ?


「カノン様、お元気ですか」

「――あまり……」

「そうですか……」

「リノア嬢と会わせて差し上げたいのですが、いろいろと現状では障りがありまして。できるだけ……できるだけ早く何とかいたしますので……」


 ものすごく頭が痛そうだ。

 少なくとも今、カノンとりのが会うことは良くない影響をもたらすのだろう。

 その辺りの判断はこちらではできないので、りのは警告だけすることにした。


「大事な聖女さまでしょう? いろいろ思惑もあるでしょうが、彼女の心身の安寧を第一にしないと、嫌われますよ。前も言いましたが、私たちの国での十五歳は、成長途中で反抗期真っただ中の子どもです。大人のような判断を求めて期待を裏切られたなぞと抜かしたり、子ども扱いしすぎて嫌われたりしないようにご注意くださいね。側に、いろいろ打ち明けられるような、彼女の話を聞いてくれるような人をつけてあげてください」



 がっくり肩を落としたアルフィオが、それでもしっかりとケーキを持って辞去するのを見送りながら、りのもため息をついた。


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