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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第44話 お茶会の目的はいろいろ


 機嫌よさそうにカトルカールを口に運ぶアルフィオを見て、よし、この流れなら言える、とりのは口を開いた。


「あの、アルフィオ様。先々のことでいいのですが、ひとつご相談がありまして」

「はい? 相談、ですか」


 アルフィオは、持っていたフォークを皿に戻し、わずかに緊張感を漂わせてこちらに向き直った。

 それもそうかとりのは思う。たぶん、「相談」するのはこれが初めてだ。


「もっとこの国やこの世界について知ってからでいいんですが、街に行ってみたいんです」

「街、と言いますと、アトラロの街を見てみたい、観光してみたいということでしょうか?」


 正確に言うと少し違う。

 見たいのは、庶民が利用する商店や宿、飲食店、市場の品ぞろえや価格であり、やはり存在していた各種ギルドの様子だ。

 何の仕事をするのかを考えたり、冒険者や商売をするときのことを考えたりするのに知っておきたいことが山ほどあるので。

 だがそれを言うと、「街に逃げようとしているのではないか」「この国から離れようとしているのではないか」という危惧を抱かせてしまうだろう。

 そう思われて対策を打たれても困るし、その計画も今はまだ未定なので、りのは別の、もっとわかりやすい理由を述べた。


「はい。メイドの二人やレノアに聞いたのですが、王都アトラロは、この大陸の人々の憧れだそうですね。とてもきれいに整っていて、人がにぎやかで、いろいろなものが売られていて、とても素敵な街なのだと。治安も良くて、衛兵さんたちがしっかり取り締まりをしているから、昼間であれば安全に街を見てまわることができると聞きました」

「そう言ってもらえるとは嬉しいことです」


 歴史の先生に聞いたところによると、前王の時代、このアトラロ、そしてウェルゲア王国はかなり荒れていたのだそうだ。

 フィンレーの父親は、圧政こそしなかったもののかなりの凡愚で、特に経済面に弱かったという。天候の不良も続き、財政も苦しかったらしい。

 それを立て直し、国を安定させ、このアトラロを安全で豊かな街に戻したのが、フィンレー王とこのアルフィオなのだという。

 だからこそ、そういう評価は彼にとってうれしいものだったのだろう。


「三人とも、この街が大好きだと。あの子たちにそういわせる街を、私も見てみたくなりました」


 この人たちは、りのにこの国を気にいってもらいたいと思っている。

 その気持ちが何となく伝わってくるから、この言い方であれば拒否しにくいだろうとりのは思っていた。

 もちろん、こちらからの譲歩と提案もする。交渉の基本だ。


「とはいえ、私がひとりでふらっと見に行くのは」

「絶対に駄目です」

「ですよねー」


 わかってますよ、とうんうん頷く。


「なので、ロゼリア卿やいつも護衛をしてくださってる方々にお願いしてついて来ていただくことになると思うんですが、そうするとどうしても貴族のお忍びって感じになると思うんです。私は世間知らずだし、ロゼリア卿や護衛騎士の皆様はたいそう上品でお綺麗ですから。ならばいっそ、こう、『世間知らずの田舎のお嬢さんがおのぼりさんでアトラロ観光に来た』みたいな設定でいけないかなあって」

「ふうむ」

「街のことについても、いろいろ勉強して、護衛してもらいやすいようにあらかじめ行きたいところは申告します。ちょっと買い物をしてみたい気持ちはあるんですけど」

「ほしいものでもおありですか? 商人を呼ぶことはすぐできますが」


 ああいえ、とりのは片手を軽く振った。


「特にほしいものがあるわけではなくて、ただ店で買い物をしてみたいんです。こちらで買い物をしたことってまだありませんし、皆さんがどんな暮らしをしているのかも覗いてみたくって。それに、私は自分で料理をしてますから、面白い食材や調味料も見てみたいです」

「なるほど。一度、食料品関連の商人を呼びましょうか? いろいろ持ってこさせることもできますよ」


 ぶんぶん、と首を振った。


「それはもちろんおいしいものや珍しいものを揃えられるのでしょうが、私、今頂いている分で十分です。その、単に私が食いしん坊で、おいしそうなものを見てみたいなっていうだけですから。何か探し物が出たり、必要なものが出たりしたら、その時はお願いしたいと思います」

「そうですか……。では、あなたの食いしん坊に感謝を。おかげでこんなにおいしいお菓子を頂けるのですから」


 悪戯っぽくそう言うアルフィオに、りのも思わず笑う。冷厳な宰相ではあるが、一面ではユーモアのある男だとわかってきたのは最近のこと。

 ちゃんと話してみないとわからないことってあるよね、とりのは自分の態度を省みた。怒りをなだめきれずに会話を拒否してしまったら、失うものも多いだろう。

 気をつけよう、と短気な自分を反省する。


「城下への視察の件は承知しました。良い案だと思います。もう少し考えをまとめてから、改めて詰めていきましょう。もしやりたいことや見たい場所などがまとまったりしましたら、その都度お伝えください」

「はい。ありがとうございます」


 やったー、と内心でにこにこするりの。今日の懸案は片付いたと、自分も目の前のカトルカールに手をつけた。

 重めの赤ワインを材料に混ぜ込み、レーズンを赤ワインで戻し、焼いてからも繰り返し赤ワインを塗ったので、かみしめるたびにじんわりと赤ワインの香りが鼻を抜けていく。

 はーおいしー、と紅茶を飲むりのに、今度はアルフィオが声をかけた。


「リノア嬢、私からもひとつ相談というか、提案がありまして」

「はい?」


 相談返しされて、りのはきょとんとした。本当は警戒しなければいけない場面だが、ワインたっぷりケーキですっかり気が抜けてしまっている。これではいかん、と、りのはぐっと背筋を伸ばして聞く姿勢を整えた。


「高位貴族の礼儀作法についての講義を受けてみませんか」

「こういきぞくのれいぎさほう」

「はい。陛下の庇護下ということで安全はかなりの確度で保たれますが、その弊害といいますか、こういった催し物への招待などはこれからも絶えないでしょう。それに、国が主催するものにはおそらく出ていただくことになると思うのです」

「なるほど。そのためには一度、きちんと礼儀作法を学んでおいた方がいいということですね」

「はい。あなたがこういった催しを好まれないことは存じていますし、陛下からも招待は最小限にするよう言われておりますが、それでも自衛のためには必要なことだと思います」


 確かにその通りだ、とりのは頷く。

 逃げられない人間関係というものはどこに行っても存在していて、それを少しでもなめらかにするには、礼儀作法は大事なことだ。

 面倒を避けるための対策ならば必要経費というやつだろう。

 それに、こういうことを自分だけで身につけるのは、よそから来た人間にはとても難しいので、先生をつけてくれるならそれが一番てっとりばやくて効率もいい。


「わかりました。お気遣いありがとうございます。よろしくお願いします」


 あっさりそう言ったりのに、アルフィオは目を瞠っていた。ごねられると思っていたのだろうか。


「先生はもう決まっているのですか?」


 すましてそういうりのに、苦笑交じりにアルフィオは頷いた。




今日はここまで!

お読みいただきありがとうございます。

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