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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第43話 ワインのカトルカールと面倒ごと


 謁見の間での公開交渉(?)の後、りのは講義が入ってとても忙しくなった。

 今までは大した用事もなく、料理をするか図書館へ行くか散歩をするかくらいしか用事らしい用事はなかったのだが。


「そうなるだろうなあと思ってはいましたが、それにしたって……!」


 ぎゅっと目をつぶって片手を額にあてるりのの前で、アルフィオが無表情でソファに腰かけている。

 二人の間のローテーブルの上には、手紙の山が積みあがっていた。

ここは、王宮左翼棟の二階にあるりののリビングルームである。

 本来なら、未婚の女性の部屋に男が入るわけにはいかないというのがこちらのルールだそうだが、左翼棟と言えど王宮内を出歩きたくないりのと、出歩いてほしくないアルフィオの思惑が一致して、こっそりとりのが部屋に招く形をとっている。

 りのの感覚でいえばリビングは客間、寝室が私室なので、大して問題もなかった。


「お茶会に晩餐会に舞踏会の招待状、面会の申し込みに商品紹介の申し入れに教師の紹介状ですか……」

「先週の講師変更で、派閥は関係ないらしいということが知れ渡ったようです」

「ああ、あのひと、国王派だったんですか」

「分家の末端ではありますが、レンデリーア公爵家の血筋ですね。レンデリーアらしからぬ性格で有名ではありました」

「――なるほど?」


 へえ~、私を口実に内部粛清とか、ハラたつ~。

 お前レンデリーアとやらに伝えとけやアァン!? とでも言いたげなあからさまな独り言に、アルフィオは小さく頷いた。彼も、大分りのの性格などを把握してきている。


 先週、歴史を教えに来ていた講師をりのは変更してもらっていた。「異世界の下等な下民になんで俺が貴重な時間を使ってやらなければならない」という姿勢で、質問したことにも答えないという状況だったからだ。

 こんな奴に時間も言葉も使うのは惜しいということで、その言葉を聞いてすぐに叩き出した。

 その後、その講師の実家とその寄り親(というらしい。派閥の長にあたる家のことだそうだ)であるレンデリーア公爵から詫び状が来ていた。


「レンデリーアって、たしか第一王子殿下の婚約者の方の実家? でしたっけ?」

「はい。婚約者はリシェル・レンデリーア嬢です」

「第一王子殿下の婚約者……。ダルクス派ってことですか?」

「いえ、違います。レンデリーア公爵家は、代々王家の守りであると同時にもっとも厳しい査問官たることを求められている家門でして、伝統的に国王派です。そのため、現国王のフィンレー王陛下には忠誠を誓っていても、次代にそれを誓っているわけではないといいますか……それはこれからのことですので……」


 なるほどなあ、とりのはうっすらと微笑むいつもの顔の下で考えた。

 あの王子様は、まだレンデリーア家に認められていないらしい。


(奥さんの実家が認めてくれないって、なかなか辛そう。それもあってダルクス一味がデカいツラしてるのかもね)


「ひとまず、この招待状や申し入れはすべてお断りしていただいてもよろしいですか。講義が忙しいのでまたいつかの機会に、とお伝えください」

「わかりました。差出人のリストはどうしましょうか」

「いただけるとありがたいです」


 りのの世話役をアルフィオが行っているのは国王の命でもあるので、断りやすくていい。

 今、誰かと積極的に知り合おうとは思っていないので、あっさりとこの件は片付いた。


「教師に関してですが、代わりの歴史の先生は大変面白い方なので、引き続きお願いしたいと思います」

「シャルニエ殿ですね。家督を子息に譲って一線から退いていますが、ダルクス侯爵家の派閥の者です。問題はありませんか?」

「特にありません。ダルクス侯爵本人ではありませんしね。それに、派閥に関して私はヘタに触らない方がいいのでしょう?」


 無表情をキープするアルフィオに、ちっと内心舌打ちしながらりのは薄い笑みを保った。

 ヤン・シャルニエ前伯爵は白髪白髭に落ち着いたワイン色の目の、りのから見ると仙人のような風体の御仁だった。話がうまく、また質問に対して「わからない」「研究されていない」ということを隠さずに答えてくれるので、教師としては信用できると思っている。

 現役時代は凄腕の文官だったそうで、議論もうまい。

 このひとは相当なタヌキで、何か目的があって先生やってんだろうなあとは思っているが、別にそれもかまわない。政治に絡む気は一切ないからだ。巻き込まれるのは別にしても。授業の内容を精査して知識が偏らないようにする手間はあるが、それも覚悟の上だ。


「数学に関しては、もうお教えすることはありません、と言われました。それから、魔術の講義、本当にユーゴ様にしていただいていいのでしょうか」

「数学の教師に関しては聞いております。お教えすることが少なくて申し訳ないと言っておりました。魔術に関しては、ユーゴがどうしても自分でやりたいと言ってまして……もしお嫌でなければ、受けてやってください……」


 今度はアルフィオが額に手をやって目をつぶっている。


「ユーゴ様、お仕事とか大丈夫なんでしょうか」

「ええ………………多分……」


 ものすごく長い沈黙の末に本音が帰ってきて、りのはこの人苦労してるな、と同情した。

 こんなに冷静でデキる男なのに、親友二人に振り回されているなんて気の毒に。

 そっとテーブルの上の皿を押し出した。皿にのっているのは昨日作ったカトルカール、つまりパウンドケーキだ。干し葡萄をたっぷりと入れたしっとりケーキ。

 忙しくなったため時間がなかなかできず、天然酵母を作り始めたのはつい先日で、まだできあがっていない。そのため、イーストを使わないお菓子を作ってみたのである。

 実は甘いものが好きなアルフィオの眉間の皺がほんの少し緩んだ。


「お菓子ですか? 初めてみます」

「ええ、故郷のレシピ……作り方で作っています。よかったら感想を聞かせてください」


 本当はラムかブランデーを使って大人な雰囲気のスイーツに仕上げたかったのだが、こちらにはラムもブランデーもないので、赤ワインを使ったものである。


「ワインですね。香りが芳醇でとてもおいしいです」

「ええ、赤ワインを使ってます。紅茶と合うと思います」


 上品に切り分けて口に含むと、冴え冴えとしたアイスグリーンの瞳がふんわりと和らぐ。その様は可憐な花がゆっくり開くようで美しい。

 ひそかにアルフィオとお茶をする時のりののお楽しみになっている。


(これも餌付けっていうのかなあ。いやあそれにしても眼福だわー)


 カトルカールを優雅に半分ほどお腹に収めて、アルフィオがさきほどより柔らかな声で聞いてきた。


「文学の方はいかがでしょうか」

「文学の先生には、ウェルゲア語の文法や文字についてと、こちらの文学についておおまかな説明を頂きまして、あとは自由に読んだり書いたりするとよい、とのことでした。何か質問があったらその時に聞いてほしいと言われました」

「その件なのですが、実は文学の講師をお願いしていたハリーダ殿の文学研究の先輩筋にあたる方から、月に一度ほど、ハリーダ殿と一緒に文学に関するお話をさせてほしいという希望がありました」

「はぁ」

「その方がイーヴァ侯爵家の現当主殿でして……」


 はー、とりのはため息を無理やりかみ殺す。

 もともと人の名前を覚えるのは得意ではないのだ。商売をしているときはそれでとても苦労した。

 だいたい教師が何で軒並み貴族なのか。

 この間そう聞いてみると、学問をするのは貴族のたしなみの一つですので、とつらりと言われ、肩を落としたりのである。


「ええと、文学講師のジョルディ先生はハリーダ伯爵家の三男、でしたっけ。で、ハリーダ伯爵家はガズメンディ公爵家と同じ派閥ですよね?」

「はい」

「ということは、イーヴァ侯爵家もガズメンディ公爵家の派閥ということでいいんでしょうか?」

「まあ、大まかに言えば、というところです。イーヴァ侯爵領はガズメンディ公爵領の南に接したところで、昔からつながりが深いのですよ。前当主の伯母上がガズメンディ公爵家に嫁がれましたしね。前当主は第二王子殿下のお母上であったヴィット―リア妃の従兄で、お二人はたいそう仲が良かったのです。親子ほど年が離れていましたし、前当主には娘はいませんでしたので、余計可愛かったようですね。ただ、現当主は父君と考えが合わず、彼自身はどちらかといえば政治からは距離をとりたいような様子がうかがえます。なので、イーヴァ侯爵自身は中立派と言ってよいかと」


 めーんーどーいー。

 そう叫びそうになるのを押さえつけて、りのは一生懸命に考える。

 前当主はガチガチのガズメンディ派、でも息子とは仲が悪くて息子は中立派。ならば、


「前ご当主様はどうされてるんですか?」

「イーヴァ領から王都へ向かう途中、魔獣に遭遇しまして、亡くなりました」

「そうですか……」


 魔獣は身分を問わず襲ってくるものらしい。

 まだりのの人間関係はそんなに広くはないが、その中でも「魔獣に襲われてけがを負った、亡くなった」という人の話は時々耳にする。

 りのはそのたびに、ここはやっぱり異世界なんだな、と思っていた。現実感がなく、その程度の感慨しかなかったのである。


「現当主のシュテファン・イーヴァ殿は、お母上がファルマン公爵家の出の方でしてね。ファルマン家は昔から学問の気風が強く、彼自身もその血を強く受け継いでいるようです。文学に造詣が深く、自身で文献調査もしています」

「それは面白そうですね。いろいろなお話が聞けそうです」

「はい。彼は文学の中でも小説を専門にしており、ハリーダ殿からあなたの世界の文学の話を聞いて興味を持ったようです」

「なるほど」


 先日シャルニエ先生に「ファルマン家は中立派」と聞いたことを思い出しながら、りのは素早く考えた。


(国王派のレンデリーアはクビ、だけど同じく国王派のユーゴ様が魔術の先生。ダルクス派が歴史、文学はガズメンディ派と中立派。うん、バランスはとれてるし、どの派閥とも一通り話のルートは通った感じかな。中立派が微妙なところではあるけど、まあいいでしょ)


 政治に関わる気はないとはいえ、それぞれの動向は把握しておきたい。

 そのためには情報のルートが必要だ。


(仕入れとか催事の会場押さえとか、いろいろなツテを持ってた方が選択肢が広がったからねぇ。たぶん同じことだと思うわ)


「承知しました。イーヴァ先生にお会いするのを楽しみにしています」

「ありがとうございます。本人にも伝えておきますね」


 ねじ込まれた人選だったのだろう、了承をとってほっとしたように笑い、アルフィオはあらためてケーキに手を伸ばした。

 どうやら本当に気に入ったらしい。

 少し包みますのでよかったらお土産にどうぞ、とりのが言うと、アルフィオは嬉しそうに礼を言った。ひゅー、いっけめーん!



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