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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第41話 上層部のひみつの打ち上げ


 その日の夜。

 フィンレー王の執務室のさらに奥、限られた人間しか入れない、「防音」を幾重にもかけた王の私室に、フィンレー王とアルフィオ、ユーゴの三人が集っていた。侍従たちも誰もいない。ソファーにゆったりと座り、それぞれがワインのグラスを揺らしながらゆっくりとつまみをつまんでいる。

 ようやっと、聖女関連のごたごたを一歩前進させられた小さな祝いとねぎらいの席だった。


「それにしたって、肝が冷えたぞ、フィン」


 酒に弱いアルフィオが、頬を真っ赤に染めながら恨めし気にフィンレー王をねめつける。

 無礼講の場では、宰相ではなく幼なじみとしてふるまうのが決まりだ。

 フィンレーははははと笑い、手元の赤ワインを喉へ流し込んだ。ふくよかな葡萄の香りが旨い。


「こっちこそだ。俺はリノアとだいたいの筋書きを決めてたが、カタブツのお前が芝居にのってくるとは、びっくりってもんじゃなかった! だが助かったぞ、あれで一気に真実味が出たからな!」

「僕もびっくりしたよー! でもさすがアルだったね、ダルクスとガズメンディに恩を売りつつ、貴族をかばいつつ、リノアちゃんの安全を固めるなんて、よくあの一瞬で思いついたねえ」


 二人のわりと本気のねぎらいに、うるさい、ともごもご返しつつ、アルフィオはフィンレーをもう一度ねめつけた。

 全くお前は昔からそうだ、とぶちぶち言いだしそうな気配に、フィンレーがあわてて説明を始める。


「前もって報告するかとも思ったんだが、俺がリノアと接触したことはできるだけ知られない方がいいと思ってな。それならいっそお前たちにも内緒にしておくほうが真実味がでるというもんだろう」

「まあ僕たちも一緒に驚いたり笑ったりしたから、今日のがフィンとリノアちゃんのお芝居だと気づいたやつはいないんじゃないかなぁ」


 ユーゴは白ワインのほうが好みである。白ワインをごくごく飲みながらレーズンをぽいぽいと口にほうりこんで、こちらは興味津々にフィンレーを覗き込んだ。


「どんな話したのさ、リノアちゃんと二人で、僕たちにも内緒にして」

「まあこれからの基本方針だな。ちなみに言っておくと、あの子は今でもこの国を全く信用していない。何を望むか聞いたら、まず当面の安全を確保したいと言われた」


 アルフィオが苦い顔をする。

 暗殺未遂後、リノアがこちらを信用していないのはわかっていた。

 フィンレーは親友二人にその時のことを話し始めた。




 コルティアドの庭での邂逅の時。

 当面の安全を確保したいと言われて、フィンレーは最初、自分の庇護下にあることを発表しようと言ったのだが、リノアはそれだけでは不安だと言った。


「国が招いたにもかかわらず、情報はきちんと伝達されてないし、監禁されたし毒殺されかけたんですよ? どうしてそんなことになってるのかは知りませんが、あなたの庇護下に入ったと言っても、効果は疑わしいと思います。そもそも、この国の貴族は、国の主導にもかかわらず、平気で毒殺をしかけてくる人たちですし」


 ずばずば言われて、フィンレーは思わず視線をそらした。


「召喚の責任者はあの場にいた第一王子殿下、その失態で監禁と暗殺が起きた。第一王子殿下はもちろん、あなただって責任を問われてもおかしくない状況でしょう。ただ、私は『聖女』と断言されていません。だからあなたも第一王子殿下もそれほど責められていないのではないかと思います。聖女でないなら殺してもいいという考え方は腹が立ちますが」


 そう言って、リノアは少しだけ首をかしげる。


「ユーゴ様が何度かいらっしゃって『鑑定』をなさってるのですが、聖女と出ていないということなのでしょうか」

「ああ、そう聞いている。全力を挙げて解読中と言っていたから、そのうち結果は出てくると思うぞ」

「そうですか。聖女ではないならこちらからの希望も変わってくるんですけど」

「ん? 聖女でなくても協力してくれるのか?」


 その軽い台詞に、リノアはうさん臭げな視線をよこした。


「聖女だろうがなんだろうが、協力を求めるなら対価をもって交渉してください」

「交渉には応じてくれるのか」

「相手があなたなら」


 それは、フィンレーにとってはとても嬉しい言葉だった。

 少なくとも、取引の相手としては認められたということだ。


「でも、それも落ち着いてからの話です。時間がいりますよね、お互いに」

「うん? 俺もか?」


 とぼけやがってと言いたげなリノアに、フィンレーは思わず笑みがもれる。

 対等に話し、対等に交渉してくれる。それは、国王たるフィンレーにとっては新鮮であったし、何よりリノアがフィンレーを交渉の相手として信用してくれている証拠のように思えたのだ。


「いるでしょう? どんな問題が起こっているのかはわかりませんが、あなたもアルフィオ宰相も何かを待っているように見えます。そのためにダルクス侯爵たちを泳がせているのでは?」


 フィンレーは全力で顔を作った。

 バレないように祈りながら。


「私を巻き込むなと言いたいところですが、今は利害が一致しますので」


 ぼやくようにそういうリノアに、お前は何で時間がほしいんだ? と疑問を投げかけた。


「この世界や国のいろいろを知るためですね。ひとまずほしいのは、生活と安全の保障、それから学ぶ環境です。具体的に言うと、いろいろなことを教えてくれる教師、できれば質問にこたえるのが巧みで、十分な知識のあるひとの手配をお願いしたいです」

「生活と安全の保障に関しては、この国にいてくれる限りすべてこちらが見よう」

「あら、ずいぶんとケチ臭い。この国から出たら知らないと? 召喚した者の責任はどこへ行きました?」


 言葉尻はずいぶんきついが、口調は楽しげで、彼女も交渉を楽しんでいるらしいとフィンレーは思う。

 自分の口の端も楽しさに上がっていく。

 ひとまず条件を付けておいてよかった。


「いやしかしなあ、国を出られると理由をつけにくくてなあ」

「えー、そんなに貧乏なんですか、ウェルゲアって? 私そんなに贅沢しませんし、ドレスも宝石もそんなに興味ないし、お金のかからない女ですよ? 住むところと生活費くらいみてくださいよ、たかが女一人」

「というか予算が余るとそれはそれで問題なので、きっちり使ってもらうほうが良いのだが」

「じゃあ残りは期末に現金でください」


 ぽんぽんとやりあいながら二人が微笑みあうのを、フィリベルとロゼリアが生暖かい目で見ている。


「まあ金額とかその辺りは、お前の立場がはっきりしてからだな」

「そうですね。聖女なのか否か、どう扱うかが決まってからあらためて」


 どう扱うか。

 その一言に、リノアが、聖女認定がこの国にとって政治問題であると認識していることがうかがえた。

 真実はどうあれ、国がどのようにリノアを見るか、どのように利用するかで立場が変わるということだ。

 ついでに言うならば、フィンレーはリノアが国外に出ようとも、一生涯の保障をする気はある。ただ交渉として、一つ手前のラインに条件を落としただけで。


「立場があいまいなままでも、国の庇護下という名目で安全を確保する方法が必要ですね」


 ふむ、とフィンレーは顎を親指と人差し指で撫でつつ思考をめぐらせる。


「少なくとも、国ももちろんだが俺自身とも近い関係にあることは知らしめたい。そのうえで、お前自身の力を示せればより効果的だな」

「ちから」

「ああ。この国の貴族は、武力でも政治力でも知性でも、本人が何らかの力を持っていることをわりと重要視する。どこかで口喧嘩でもしてやりこめちまえばいいんじゃねぇかなぁ」


 うーん、けっこう筋肉なお国柄、と謎な表現で、リノアは首をひねった。


「偶然を装ってどこかで接触するとか? でも警戒されないでしょうか。どうせ毒殺未遂の黒幕連中なんでしょう? のこのこ会ったりしないと思うんですけど」

「そこまで賢い連中じゃねぇが、まあ一理ある」


 うーん、と二人は皿の上にあったランギスのクリームロールをとってもぐもぐしながら考える。

 もぐもぐ、うーん、と何度か首をひねり、全部食べ終わってから、リノアは深いため息をついた。


「やりこめなきゃいけないのがいっぱいいそうでどう考えても面倒です。面倒なこと何回もするの嫌です」


 ボヤくようなリノアの台詞に、フィンレーは目を見開いた。


「そうだ、面倒なんだから一回で終わらせればいい! 場を整えて、お前が俺の庇護下にあり俺とも親しいということと合わせて、俺とお前が『対等な』相手であることを堂々とぶちかまそう。聖女だからではなく、聖女でなくとも、俺と同等の知性や交渉力があると知らしめれば、抑止力になるだろう」

「――なるほど。それはたしかに効果がありそうです。おもいっきり嫌味いいたいです。魔力、でしたっけ、あのぐるぐるしたやつ。ついでにあれもお届けしたいです。連中相手ならぶつけられるような気がします」

「よし、お前と話し合いをすることは前回の謁見で知られてるから、次の謁見の日程を噂として流そう。あいつら絶対自分にも同席させろとねじこんでくるだろう。その時に自分の有利にお前を使おうと提案してくるに決まってる」

「まあ、ふふふ、楽しそう」

「その場で、奴らの心を折ればいい。ついでにきっちり公開で交渉もしよう」

「内容は先に決めておいても?」

「了解した」



 悪戯を計画しているようなわくわく感に、フィンレーの心が浮き立つ。

 リノアと顔を見合わせてにんまり笑うと、クリームロールの残りを口の中へ押し込んだ。



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