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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第4話 「インベントリ」



 ひとしきり泣いて、りのはぱちん、と頬をたたいた。

 キャパがあまり大きくない自分の再起動のためのおまじないだ。いちおう四十年も生きているので、自分の短所も、そのカバーの仕方も、少しはわかっている。

 ほっぺたの痛みとともに、固まっていた頭と心が動き出す。


(安全は安全みたいだから、とにかく現状把握をしよう。あの人たちから話がある可能性は薄そうだし、とにかく情報がほしい)


 あらためて、握りしめていたスマホを起動した。

 時間、日にちが気になったのだ。気を失ってからどのくらい時間が立っていたのかもわからない。


(うーん、時計は倒れた時くらいのままかなぁ、ちょうど夕方だったし……日付も変わってない)


 この部屋に来る途中にいったん外に出たけれど、その時見た限りではまだ外は明るくて、夕方という感じはなかった。しかし、ショッピングモールから十二時間以上時間がたったかと言われると自信がない。

 日付、時間、情報なし。いや、スマホの時計機能がフリーズしているかもしれないということはわかった。

 次は何をチェックしたらいいだろうか。


(調べるならネットだけど、ここは……って、あれ?)


 うっかり手癖で起動したウェブのトップページ。

 起動した。

 思わず声が出た。


「つながってる……? え、ここやっぱり日本なの? あんな色の髪の人たちが集まってるのに? どういう誘拐犯なの? コスプレなの?」


 というか、日本に限らず、世界でもない色の髪では?



 ――――あれ?



(いやいや……ちょっと待とうか。今はほら、ああいう色のヘアマニキュアとかあるし……でも、けっこう年とった人たちが多かったような……?)


頭によぎった言葉を必死で否定する。


(えー……別世界、とか……タイムスリップとか……?)


 タイムスリップはないな、と混乱する思考をなだめつつりのは思った。

 工業製品が見当たらない室内。高級な手作り家具というには拙い技術。

 未来に飛んだなら工業製品がないわけがないし、高級品ではなかったとしても、手工芸の技術だってもっと高いだろう。

 過去にタイムスリップというのも、トイレや明かりの謎技術を思えば考えにくい。ムー大陸とかならともかく。



「日本ではない別の世界。――――――異世界?」



 ハハ、マサカネーと口から乾いた笑いが漏れる。

 じゃあなんでインターネットがつながってるんだ。

 

 そこまで考えて、りのは息をのんだ。



 そうだ、なぜかネットはつながっている。

 つまり、ネットは使える?



(バッテリー、は、九十六%)


 帰ってくる飛行機の中で充電した。古い機種だが、あまりアプリを入れていないので、動きはそこそこ軽い。バッテリーのもちもそんなに悪くはない。

 何より。


(いつまでもつながってるとは限らないし。情報がないと動けないし。使うなら今だよね。というか、調べて情報が出てくるとも限らないわけだし、やるだけやってみればいいよね)


 りのは覚悟を決めて、検索画面を開き、「異世界」と打ち込んだ。









 ある程度の情報を集めたとき、部屋は少し暗くなっていた。


「異世界転移、かなぁ」


 スマホの電源を見ると、五十%。半分減ったか、とスマホの電源を落として、りのは軽く首をまわした。


 あれからスマホで検索して出てきたのは、さまざまな物語、小説だった。

 そりゃそうだ、ネットで異世界の情報が出てくるならそれはお話の世界のことだわ、と多少がっかりしながらいくつかの小説に目を通して、りのはたちまち真剣になった。



 まさに! 今、私が置かれている状況!!



 大学生くらいまではアニメや漫画を嗜んでいたものの、社会人となって遠ざかっていたこともあり、りのはそのジャンルの小説に触れたことがなかった。そのため、小説の中のこととはいえど、得られた情報は大量で、初めて知ることばかりだった。


(異世界転移ではたまたま落ちる場合と人為的に落とされる場合がある。私の場合は、たぶん後者で、雰囲気的にはこの国の偉い人たちによるものなんだろうな。ちらっとしか見てないけどここお城っぽいし)


 たぶんあの時、少女を連れ去っていった青年が「偉い人」にあたるのだろう。命令をしなれていたように感じたことともつじつまが合っている。

 お話の中では神様とかに転移された人もいたけれど、りのは会っていないので、こちらの人間? が、何らかの技術で、何らかの目的をもってりのとあの少女を呼び寄せたのではないだろうか。


(囲い込まれなくてよかった。侍女に間違ってくれたあのオウジサマに大感謝)


 囲い込まれて辛い目にあっていた主人公たちを思い出し、ふるりと身を震わせる。

 とはいえ、あまり状況が良いわけでもない。呼び寄せられてあっさり放逐される主人公もいたからだ。状況を考えるに、その可能性も高い。

 まあ頭がフリーズして傍目にはおとなしくしていたから、少しくらいは余裕があるだろう。危険だとか無能だとかみなされて、すぐに追い出されたり処刑されたり、そういうことはない……と思いたい。侍女らしいし。


(ある程度安全が確保されているうちに、できる限り確認をしよう。まずは、)


 りのはこほん、と咳ばらいをし、小さくつぶやいた。



「『インベントリ』」



 その瞬間、目の前に透明なボードのようなものが現れた。ひえっ、とベッドの上で飛び上がる。


「本当に現れちゃったよ……!」


 友だちの子どもと一緒に遊んだ、四角いキューブでクラフトする某ゲーム。その中で使われていたアイテムボックスのように、ボードには黒い縦横のグリッドが刻まれている。


(ずいぶん大きい画面でマス目が細かく分かれてるけど、これマス目の数だけ入るってことなのかな。あれ、ここだけ線の色が違う……あ!)


 ボードの左上、一区画だけグリッドが白になっているところがあり、そこにはいろいろなアイテムの姿がマス目ごとに表示されていた。どうやらアイテムを収納しているところはグリッドが白になるらしい。黒のマス目には入れられるということなのだろう。


(わあ、タブレット、化粧ポーチ、スーパーで買い物したものもあるし、下着も薬もある! やったー!!)


 どういう法則になっているのかはわからないが、スーパーで買ったものや、最後までスーツケースに入っていた最低限の身の回りのものが一通りあるのを確認する。その一番左上の角が空欄になっていたので、スマホはここから来たのだろうと想像がついた。


「スマホ収納」


 呟けばしゅっと手の中からスマホが消えて、マス目の中に納まった。

 うーん、とりのは考える。


(チョコレート)


 マス目の一つに納まっているアイテムを思い浮かべながら心の中で唱えると、ころりと板チョコがあらわれた。


(わざわざ口に出す必要もないのかぁ。イメージが大事ってことね。先人たちの知恵ってすごい)


 多くの小説で唱えられていた法則が自分の連れてこられた世界でも生きていることに、りのは感動した。

 出てきた板チョコをひとかけら割って口に放り込むと、大好きな甘い香り。


(こっちにチョコレートがあるか分かんないもんなぁ。大事に食べよ……それにしたって、この「インベントリ」って便利すぎる……これで運べばイベントの設営めっちゃ楽だし、なにより破損がなくなる……! 傷をつけずに並べられるって最高! まあ魔法使えなくなったって向こうに帰れればそれでいいけど)


 チョコレートをしまって、次は水のペットボトルとお惣菜やパンなどを出す。

 明日までとは言っていたが、あの様子だと二人はりののことなどすっぱり忘れて励むに違いない。食事が来る可能性は限りなく低いだろう。水がなければ死ぬというのに、そんなこともわからんのかあのクズども!


 ムカムカしながら、りのは買った中で足の早いものを少しずつ食べて水を飲み、残りはまたインベントリの中へ戻した。


 焼肉と一緒に食べるはずだったポテトサラダとカクテキは、すきっ腹にしみておいしかった。


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