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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第39話 異世界人の力のゆくえ


 沈黙の中に、淡々としたリノアの声が響いた。

 謁見の間は天井が高く、静かな中でその柔らかい声が冷え冷えと反響している。


「無理やり誘拐されて連れてこられ、帰せないという。監禁されて死にかけ、毒を盛られて死にかけ、挙句の果てには私の意志を無視して道具扱い。どこにも信用できる要素がありません。特に、そこのお二人とお二人に連なる皆さんは私の意志を聞こうともしなかったのですから、彼らの言うことは絶対に聞きません」

「こ、この国の、民が、死にかけて、いるのだぞ……っ」

「あなたが自分で退治すればいいでしょう。私に何の関係があるというのです」

「げ、外道が!」

「その外道に魔獣退治を頼るなど、あなたの無能さが輝きますね」


 ダルクス侯爵をせせら笑うさまもどこか美しいのは、その高貴な目の色のおかげだろう、とアルフィオは冷静に事態を眺めながら頭の片隅で思う。

 彼女の目の色は、この世界ではありえない色なのだ。


『聖女の目』。

 異世界人の聖女が持つ、紫に光の色が重なる目だ。

 その目をすいと細めて、ダルクス侯爵を軽蔑のまなざしで見下ろしている。


「私の世界で魔術なんて使う人はいないんですよ。ねえ、あなたたちは本当に私と同じ人間なのですか? 同じでないなら、この世界の人間がすべて滅びたって、私の心はどこも痛みません。だって、あなたがたは私と同じではない、別種の生き物なんですから」


 その冷酷ともいえる言葉と同時に、ダルクス侯爵とガズメンディ公爵にさらに魔力の重しがかかったようで、二人ともとうとう頭を地につけた。つぶれるカエルのようなうめき声をあげている。

 苦笑をにじませたフィンレー王が口を開いた。


「ミハイル嬢、魔術を解除して頂けないか。もう少し事情を聞きたいゆえ」

「魔術? 私、そのようなものは使っておりませんが」


 はて、と首をかしげるリノアに、衝撃が走った。


「陛下、発言をよろしいでしょうか」


 アルフィオの隣で、ユーゴが許可を求める。それだけで、勝手にしゃべっていた連中との差が浮き彫りになった。

 構わぬ、というフィンレー王の言葉を聞いて、ユーゴがすらりと立ち上がる。きらりと透き通るアメジストの長い髪が光を反射した。


「リノアちゃん、さっき、リノアちゃんの世界には魔術はないって言ったよね?」


 あえてだろう、リノアちゃん、という親し気な呼びかけをする。

 リノアは面白そうに少しだけ目を細め、こっくりと頷いた。


「はい、ユーゴ様。私の世界にはありません」

「魔術も使ったことはないんだよね。じゃあ聞いてもいいかな、今、どんな感じ? 体が熱いとか、重いとか、そういうのはある?」

「ええっと……体調の変化は特にありません。ただ、そこのお二人とその取り巻きに、心の底から怒りと恨みと軽蔑を感じているだけです」


 いっそにこやかにそう言われて、ユーゴは吹き出しそうになるのを抑え、重々しく頷いた。


「ありがとう、リノアちゃん」

「どういたしまして。お役に立てたならよいのですが」


 柔らかくほほえむさまに、貴族たちはわずかに息をのんだ。

 先ほどまでダルクス侯爵らを糾弾していた女と同じ人間だとは思えないほどのたおやかさ。

 こちらが彼女の素なのか? 怒らせさえしなければ、仲良くなりさえすれば、穏やかで優しい女なのか?

 そんな声のないつぶやきが聞こえてくるようで、アルフィオは目を細める。


「うん、いろいろわかったよ。――陛下、よろしいでしょうか」

「申せ、ジュランディア魔術師団長」

「は。ミハイル嬢は、今までに魔術に触れたことはなく、彼女が魔術を行っているということもありません。魔術詠唱がなかったことからも、それがうかがえます。ただ、彼女の魔力量はすばらしく多い」


 一同の目が、目の前の女性に集中した。


「つまり彼女は、魔術ではなく、単純にその魔力をぶつけているだけなのでしょう。ひどく効率が悪く、大量の魔力を消費いたしますが、彼女の魔力量であればたいした負荷もなく行えるのだろうと推測いたします」


 なるほど、とフィンレー王はゆっくりと頷いた。


「魔術師団の研究でも解読に時間がかかるほど、彼女の能力は不思議に満ちておりますが、その素晴らしい可能性の一端がここにあるのではないかと思われます」


 場の雰囲気が流れ始める。

 冷酷な、手に負えないモンスターだという恐れから、強い力をもった、けれど気安くなれば礼儀正しい才能ある女性なのではないかという期待に。

 それを、次のリノアの台詞が後押しする。


「え、ということは、半分くらいの人がつぶれているのは私のせいってことですか? そういう礼儀とか病気とか、他の誰かが黙らせているとかではなく? 私、別にそのひとたちを潰したいわけではないのですが!」


 言っていることはかなりひどいが、慌てている。――ように見えるが、アルフィオにはどこか芝居のように見えた。

 声のトーンが一つあがっているし、口調も丁寧な言葉と素の言葉がごちゃまぜになっている。

 頑張って芝居を打っている感じがした。

 彼女の意図はわからないが、ここは自分も乗っておくべきだろう、とアルフィオも手を挙げて。


「陛下、私も異世界からのお客様にお声掛けしてよろしいでしょうか」

「ああ、構わんぞ」


 すっと立ち上がると、リノアの目がこちらを向いた。


「アルフィオ様、どうしましょう! この人たちつぶれてしまいます! ぐちゃって!」


 芝居なのだろうが、実に的確に恐怖を煽ってくるリノアの台詞に、思わずアルフィオも笑ってしまう。


(おい、氷の宰相殿が笑っているぞ!)

(仲がいいのか? ずいぶん親しそうだが)


「落ち着いてください、リノア嬢。といいますか、彼らはあなたに潰されても仕方のないことを言ったと思うのですが」


 さらりと自分の立場をアルフィオは告げておく。

 自分はダルクス侯爵とガズメンディ公爵を守らない、かばわない。

 その意図に気づいた彼らの取り巻きの顔が青ざめた。

 国王派の中核が、どちらにも与しないと断言したのだ。


「どんな人であれ何をした人であれ、その罰はこの国の法に基づくべきです! 異世界人とはいえそれを無視するのはよくないです! 命の危険がせまったら無視しますが!」

「ええ、命を狙われたときは構わず潰してください。あなたは替えのない大切な方です」

「わかりました、でも今は命の危険ではないので!」


 どうしましょう、と情けない顔でいうリノアに、アルフィオは笑いながらユーゴを見る。


「感情を抑えるのと、魔力の方向を示すのとどちらがいいだろうか?」

「両方かな。あれだけのことを言われて、怒るなってほうが無理だと思うよぉ」


 大きめの声でユーゴが言って、二人でリノアの傍に歩み寄った。


「リノア嬢、まず落ち着いてください」

「は、はい」

「深呼吸してみよっか?」

「はい」


 ゆっくりと、細く長く。

 それに合わせるかのように、床の連中の上に乗っかった重しが少しずつ軽くなっていく。それでも立ち上がれないものが大半で、ダルクス侯爵たちもなんとか四つん這いに戻れた程度だ。


「魔力操作は感情の制御が要点のひとつです。冷静になれば操作が細やかになり、激しく感情が動けば操作は荒くなる代わりに出力があがります」

「さっきのアレで怒るなっていうのは無理だろうから、そうだね、リノアちゃん、ほら、あそこの窓があいてるだろう、見えるかな?」


 ユーゴが指さした方向にはダルクス侯爵とガズメンディ公爵がいて、その向こうに腰高の窓が大きく開いている。青空が澄んでいて平和な空気だ。


「怒りとか恨みとか軽蔑とか、そういうのをあの窓から外にえーいって投げてみて」

「投げる?」

「はじめは声をイメージしてみてください。感情を声に出して、あの窓から外に叫んでみる感じです」

「叫ぶ……」


 ぎり、と侯爵たちをにらみつけたリノアは、ひとつ大きく息を吸って、大声で叫んだ。



「道具扱いすんな!! ハゲろ――――――!!!」



 ぶはっと笑うユーゴの声と同時に、すさまじい渦が炎を生みながらあらわれた。

 炎の矢のように一直線に飛んだそれは、公爵たちの頭の上をかすめて窓から外へと飛び出し、そこで大きく爆発した。ドガアアアアン、すさまじい音が響く。

 沈黙が、再び謁見の間を満たした。




メリークリスマス!

今夜はここまで。お読みいただきありがとうございます。

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