第38話 つるし上げに反撃
宰相アルフィオ・シプラストは、謁見の間に運び込まれた椅子の一つに深く腰掛け、内心でちっと舌を打った。
今日は、異世界人リノア・ミハイルと国王たるフィンレー王のこれからの話し合いが行われる。
本来は宰相であるアルフィオとフィンレー王だけで行う予定だったのだが、自分たちも臨席させてほしいという横やりがいくつも入り、結局謁見の間で行うことになったのである。
「つるし上げとどう違うんだ」
大体、前回聖女カノンにあれだけの魔力を放たれて動けなくなっておきながら、よくもまあ顔を出せたものだと思う。
「たぶんねえ、あれを抑えたのはリノアちゃんじゃなくて聖女様か僕だと思ってるんだと思うよ」
ぼそりとつぶやいた言葉が聞こえたのだろう、となりの椅子に腰かけたユーゴ・ジュランディアが、妙に優し気な笑みを浮かべている。
柔和な表情にごまかされがちだが、これは冷笑だった。
おそらく、「防音」の魔術で会話を聞かれないようにしているから表情と言葉が一致していないのだろうとアルフィオは思った。いつものユーゴの手口なのだ。だから、アルフィオも穏やかな表情を作って吐き捨てた。
「愚かな」
「まったくね。――でも、フィンはいいって言ったから、何らかの思惑はあるんだと思うけど」
「しりぬぐいをするのはこっちだぞ?」
聖女でもない異世界人、適当に言いくるめて好きに使ってやろうという魂胆が見え見えの連中だ。
あれが適当に言いくるめられるタマなわけがないだろうに。
「フィンのことだから大丈夫でしょ」
「周辺の被る被害を考えなければな……!」
彼らの幼なじみであり国王たるフィンレーは、結果は出す男だ。だから、この謁見も何らかの形で落ち着くだろう。しかし、それによって生じる余波については考えてくれない。それをおさめるのは宰相たるアルフィオなのである。
「どうなるかねえ……ああ、来たみたいだよ、リノアちゃん」
ふわりと風が吹いたように髪が揺れ、「防音」の術が解かれた。いつもながらに見事な手際である。
途端に戻ってくる周囲の音の中に、「リノア・ミハイル嬢、ご到着」という声が聞こえた。
入ってきたリノアは、柔らかなスミレ色のドレスを着ていた。シンプルでスカートのボリュームもあまりない、控えめなデザインではあるが、上質な布を使い、すっきりとした上品さが良く映えていた。彼女の目の色よりも少し淡く、その対比が美しい。
短めの黒髪もきれいにまとめ上げられ、白い首筋があらわになっている。
玉座の真向かい、少し離れたホールの中央に置かれた椅子に導かれた。
その唇がかすかに動くのを見て、ユーゴは静かに魔術を発動させ、その音を拾った。アルフィオの耳にも届けてくれる。
『何この位置。つるし上げかよ』
ぷっ、と笑いそうになってしまった。
「ねえねえアル、アルと同じこと言ってるよ!」
ひとりだとあの子言葉荒いんだねえ、あっちが素かもねえ。
こそっとアルフィオにささやいて、ユーゴは立ち上がった。
国王の入場を知らせるラッパの音が聞こえた。
「ミハイル嬢、騒がしくてすまんな。そなたと話し合いをすると言ったら、なぜか同席させよと押しかけてきた者たちが多くてなぁ……」
そんな言葉と、ぎろりと鋭い一瞥で始まった話し合いの中、リノアはほとんど口を開かなかった。
そのかわり、貴族どもがうるさくさえずっている。
「ミハイル嬢にはまず我が領にぜひともお越しいただきたい!」
「いや、我が領の安全を確保していただくのが先でありましょう」
「これは異なことを。なぜダルクス侯爵領へ? わがガズメンディ領は第二王子殿下の血縁、こちらが先であろう!」
第一王子派のダルクス侯爵と、第二王子派のガズメンディ公爵、それぞれの取り巻きが好き勝手に唾を飛ばして叫びあう中、フィンレー王とリノアはうっすらと笑みを浮かべているだけ。アルフィオは違和感を覚える。
(フィン、何を狙っている? どうしてリノア嬢もそれに同調している?)
その言い争いがどうしようもない方向に転がったとき、ダルクス侯爵からとんでもない言葉が飛び出した。
「ええい、どちらにも行かせればよいではありませんか! そのために呼んだのですから!!」
その言葉のひどさに驚くものが半分、うなずくものが半分。
そして、その頷いた者たちが、次の瞬間、椅子から転げ落ち、ドンとその頭が床にめり込んだ。
「な、なにが」
「ぐぅぅっ……」
魔力の比較的多いダルクス侯爵とガズメンディ公爵の二人だけが、かろうじて四つん這いになっている。
その様子を尻目に、リノアがすらりと立ち上がった。
「行かせればいい、と言いましたね?」
その彼女にしては低い声は、おそろしく凍えており、けれど落ち着いていて。
「行かせれば、なんて、なぜ、私があなたたちのような誘拐犯に、道具のように使われなければならないのです」
冷ややかに、ダルクス侯爵とガズメンディ公爵を見降ろして目を細めた。
ぐっと、周囲に渦巻く魔力が強くなり、二人が前かがみに腕を折る。
ダルクス侯爵が、きっと顔をあげた。
「それは……言葉のあやだ……!」
「あなた、言葉のあやという言葉の意味をちゃんとご存じですか? 使用する言葉の表現や技術が変わるということで、その核となる意味は変わらないということですよ? つまり、表現は悪かったけど便利に私を利用しようという意図は変わらないと自白したも同然なんですが」
「……生意気な、お前はたかが平民なのだろう……!!」
「その『たかが平民』に自分の領地の防衛を押し付けるなんて、あなたは恥ずかしくないんですか? そもそも私が聖女だとは限らないんでしょう、よく知りませんけど。だから、どこかのどなたかは私を毒殺しようとしたんでしょうし?」
そのおおもとの犯人、一生呪いますね! と爽やかな笑顔で告げてから、首をかしげてうーんと考える。
「それとも、この国の貴族とは無能の集まりで、他の人間に問題を押し付けるのがお仕事なのでしょうか。でもじゃあなんで『たかが平民』という言葉が出てくるのでしょうね、無能のくせに恥知らずもいいところです。もしかして、最終的な責任をとるために、魔獣とやらを巻き込んだ自爆攻撃をするのですか? それならば多少は偉ぶってもしかたないのかも。命と引き換えに領地を守ることを運命づけられているんですものね。まあそれでも、死にたくなくて、自分の責任を異世界から誘拐してきた女一人に押し付けて逃げようとした卑怯な臆病者という評価は何も変わりませんが」
流れる水のような滑らかな弁舌は、けれど強烈な毒を含み、ダルクス侯爵は言い返すこともできず顔を真っ赤にしている。
なまじっか顔が清楚で可憐なので、ギャップがひどい。
「陛下」
つぶれている貴族たちを無視して、リノアは国王を振り返った。
「彼らの考えが、この国の貴族、貴族の考え方を代表しているのでしょうか? それならば、私は即刻この地を去ります。自害してでもこの国にはいたくありません。なぜ私が、こんな下劣な誘拐を平気で行うような人たちのために、言われるまま危険なところに行かなければならないのでしょう。絶対にお断りいたします。無理やりさせるというなら、この国のすべてを呪ってでも死にます」
その宣言に一同が青ざめる。
もう一人いるとはいえ、聖女かどうかはわかっていないとはいえ、異世界人に去られるなど国としての信頼が地に堕ちる。ましてや呪いなど!
「ミハイル嬢、ウェルゲア王国国王として断言しよう。そやつらの言葉、考え方は、我が王国の貴族たちの代表では決してない!」
フィンレーの威圧を含んだ重い言葉が、広い謁見の間に波及する。
床にめり込んでいた者たちもぴたりと動きを止めた。
「私は」
静かに静かに、リノアが微笑む。
「この国の人たちのほとんどを信用していません」
沈黙が落ちた。




