第37話 ねこの舌
国王フィンレーとのヒミツのオハナシを終え、フィンレー側が「話し合い」という名の舞台の調整をつけている間、りのはプリンにハマっていた。
正確に言うと、うまく作れなかったのが悔しくて、何度も何度もプリンばかりを作っていた。
「リノアさま、昨日のプリン、美味しかったですね……」
「本当に。ぷるぷるしていて、口に入れるととろりとして、この世のものとは思えませんでしたわ……」
プリンそのものが大好きになったレノアと、同じくプリンにハートを奪われているイリットがほう、とため息をついている。
昨日食べた、完全成功のプリンの味を思い出しているらしい。
何度も繰り返し作り、そのたびに一緒に食べていたわりに、彼女たちがプリンに飽きた様子はなかった。
砂糖が貴重とはいえ、貴族であればそう珍しいものではないという。イリットも、末端とはいえ貴族令嬢のはずなのだが、プリンには甘いだけではない魅力があったようだ。
「成功するまで時間かかってごめんね……」
「何をおっしゃいます、リノア様。最初のパンも、その後のプリンもおいしかったですし、私たちにはとても嬉しいご褒美でしたわ」
いつもはおとなしやかなメリルも、そっと手をにぎりしめて力説している。
一番最初のプリンは、固まらなかった。もう一度火を入れてみたがとろとろのままで、しかたなくパンをひたして、翌朝フレンチトーストに転生させた。プリンにすらならなかった……。
(オーブンの温度が低かったのと、あと卵の量が少なかったんだ……サイズの小さい卵がいくつかあったし……こっちの卵、規格がないのを忘れていました……)
バニラビーンズがないので香りは物足りないが、それでもフレンチトーストは美味しかった。
次のチャレンジでは、りっぱなすが入った。今度はオーブンの温度が高くなりすぎたのだ。しかたなく、いろいろなフルーツとホイップクリームと合わせてプリン・アラモードにしてごまかした。
「フルーツといっしょに食べたのも私は好きでした。ボリュームもありましたし、幸せでした」
きりっとした美貌の騎士が、目だけをうっとりと甘やかにして、すいりのプリンを絶賛している。
作った時もそう言っていて、りのは無性に申し訳ない気持ちになったのだ。
待っててロゼ、私、全身全霊をかけて、つやつやぷるぷるのとろとろプリンを作るからね……!!
そんな思いに突き動かされ、なかばムキになって、りのは数日間、プリンを作り続けた。
(このオーブンは本当に難物だったわ……こんなに火加減を読ませなかったのはお前くらいだぜ……)
相性が悪かったのか、そもそもりのが不器用だからなのか、オーブンのクセをつかむのにかなりの時間がかかってしまったが、ようやっとその辺をつかめるようになり、昨日、とろとろプリンが完成したのである。
ぶっちゃけ、「鑑定」を使うようになってからは早かった。「鑑定」の便利さに震えたりのである。オーブンは「鑑定」に敗れたのだ……。
とはいえ、大変は大変だった。注意に注意を重ねてプリンを作ったからだ。
いっぱい食べてみんなの好みもわかったので、レノアとイリット、ロゼリア用に少し甘めにし苦みを抑えたカラメルソースと、りのとメリルに合わせて甘さをあっさりさせて苦みを強めに出したカラメルソースの二つを用意。
卵黄に砂糖を入れて、泡が入らないように気をつけて丁寧に混ぜた。
生クリームと牛乳を温めたものを卵液に混ぜ込むときも、少しずつ、すこーしずつにした。
そして、しつこいくらいに濾した。濾すのは大事だとレシピに書いてあったので、繰り返し濾した。たぶんすごい顔をしていただろう。自分の顔が自分で見られなくてよかった。
最後に、オーブンにぴったりはりついて、がっつり「鑑定」をにらみながら温度管理をして、湯煎焼きした。
ぷるっぷるになった……!!!
りのだけではなく、手伝っていたレノアも、見守っていたイリットとメリルも、もちろんロゼリアも、みんなで歓声をあげて成功を喜び、達成感を共有した。それから、そわそわしながら冷蔵庫で冷やして、みんなでおやつにした。
おいしかった……。
それしか言えないくらい、おいしかった……。
そして今日。
キッチンの作業用のテーブルには、大量の卵白が鎮座していた。
「わかってはいたの……スープに入れたりするだけでは、プリンに使った卵黄分の卵白を使いきれないって……」
「リノアさま……」
両手で顔を覆うりの。いまだにプリンの熱狂が下がっておらず、おかしなテンションだ。
「なので、今日はこの卵白を使ったお菓子を量産します」
卵白を大量に使うお菓子、というのも、実はいろいろある。
りのはその中では、かるかんが大好きだった。
とはいっても、中にあんこが入ったかるかんではなく、あんこの入っていない、ふわふわの生地だけのかるかんだ。
りののお店の常連さんで、よくうつわを購入してくれるおじさんがいたのだが、彼は鹿児島の出身で、地元に帰るたびにお土産だと言ってかるかんを買ってきてくれた。あんこが入っていないかるかんに驚くと、彼は、昔ながらの地元のかるかんはこんなもんよ、と笑った。
かみしめると、砂糖でも小麦粉でも、もち米でもない柔らかな甘さがふわっと口いっぱいに広がって、もちっとした歯ごたえが出てくる。
あっさりとした甘さで、しつこさがなく、後味もすっきりと消える。
地元の人が焼酎のアテにすると聞いたが、それも納得だった。芋焼酎とこの何とも言えない甘みは合うに違いない。
だが、このかるかんを作るには、ヤマトイモと上新粉が必要なのである。どちらも、この世界では見当たらないものだ。
よってかるかんは将来の目標の一つとして、今回は却下した。
(ウ・ア・ラ・ネージュも大好きだけど、あれは自分で作るには手間がかかりすぎるしなー。淡雪もマシュマロも材料が足りないし、メレンゲクッキーはちょこちょこ作ってるし……シフォンケーキはベーキングパウダーがないとなぁ。フィナンシェも美味しくて大好きだけど、昨日までのプリン尽くしでやわらかいおやつには正直ちょっと飽きました……)
となると、
「うん、ラング・ド・シャにしよう!」
ラング・ド・シャ。
ねこの舌、という可愛い名のこのクッキーは、ざらりとした表面の感触と、さくりと軽い歯ごたえの楽しいお菓子だ。
りのは某お菓子屋さんの、葉巻の形にしたこのクッキーが大好きだった。
今日は手軽にすませたいので、巻かずにフラットな丸のままにする予定だ。
「リノアさま、今日のお菓子はどんなのですか?」
好奇心で目をキラキラさせるレノアに、さくさくで口の中でほろってするクッキーだよ、と答えて、オーブンの火を入れて予熱するようにお願いする。
りのは冷蔵庫からバターを取り出し、こっそり「ヒート」という魔法をかけた。
これは、冷え性気味のりのが、手足やお腹や背中を温めたくて作った魔法だ。カイロをイメージしていて、そのせいか体だけではなく、こうやって食べ物や布団などにも使える。
手早く室温にバターを戻しながら、次はロゼリアを呼んだ。
「ロゼ、すこしだけ手伝ってもらってもいいかな?」
ロゼリアは火、水、土、風の魔術適性がある。魔力操作もすばらしく上手らしい。彼女が副隊長に任命されたのは、剣術は当然として、魔術のうまさが大きかったのだという。
そんな彼女に、土の魔術の「粉砕」で、砂糖と、アーディルンという木の実を細かくしてもらった。
アーディルンは真っ白なアーモンドのような実だ。木の実ではなく、草の実らしいが、食べた感じもほぼアーモンドなので、りのは料理によく使っていた。どこかにアーモンドもあるのかもしれないが、ひとまずはこれでいいかなと思っている。
これと砂糖を、小麦粉と同じくらいの細かい粒にしてほしい、というと、ロゼリアは真面目な顔でうなずいて、おそろしく真剣に粉にしてくれた。もしかしたら、りのが「お菓子の出来を左右します」と言って渡したからかもしれない。
粉になった砂糖をレノアに渡し、これをさらにふるいにかけてもらう。それが終わったら、小麦粉とアーディルンの粉も合わせてふるってもらった。
りのはその間、卵白が常温に戻っていることを確かめ、オーブンの予熱がうまくいっているかをにらみつつ、室温に戻ったバターを練り始めた。
なめらかになったら、レノアからふるった砂糖を受け取り、どかんとバターにぶちこんで、ていねいに混ぜた。その間、レノアに卵白を軽く混ぜてもらう。混ぜすぎは要注意だ。
「よっし。レノア、次は卵白をほんのちょっとずつ、これに混ぜていくね」
「ちょっとずつ、わかりました! バターと卵白、えっと、油とお水だから、少しずつ、ていねいに、じゃないとうまく混ざらないんですよね」
「その通り!」
りのは、料理をしながらちょっとしたマメ知識をレノアに伝えている。料理人になるには便利で役に立つ知識だが、実はその基本は科学だ。もちろん本人にそんなことを伝えはしない。あくまで、料理に関する知識を、理由と合わせて教えているだけ。こっちでもプロの料理人なら知っていることかもしれないが。
(種を植えるなら、小さく、少しずつだ)
つやのあるクリーム状になってきたら、アーディルン粉と小麦粉を一度に加えて混ぜ合わせ、三十分ほどベンチタイムをとった。その方が形が崩れないらしい。
ベンチタイムの間に軽く片づけをしてから、生地を取り出し少し押さえてガス抜きをしてから、オーブンの天板にスプーンで生地を落とし、少し広げた。生地と生地の間は、普通より広めにとっておく。本当は絞り袋がほしかったが、口金がないのであきらめた。
(料理関連の道具はマジでどうにかしなくちゃ、不便でしかたないわー)
そして、オーブンへ……。
一気に色が変わるので、焼きすぎないようにオーブンにはりつきながら、ここぞというタイミングで取り出した。
ふわりと甘い香りが、キッチンいっぱいに広がる。
幸せそうな「ん~……」「ああ~……」「いい香り……」といった声も合わせて響いた。
「ん、良い焼き色! あとはこれを乾燥させながら冷ましたらお茶にしようか」
「承知しました! お茶の準備をいたします!」
「あ、イリット、お茶はバランジュの、この間ラトマの皮を少し混ぜたものにしてくれる? 味を試したいの」
「わかりましたー!」
「では、私はリビングの方を整えてまいりますね。終わりましたらこちらに戻り、後片付けに加わります」
「よろしくメリル! さあレノア、私たちは残りの生地を焼き上げちゃおっか」
「はぁい!」
「ロゼ、楽しみにしててね~!」
「ありがとうございます、とても楽しみです」
きっと今日のお茶の時間も楽しいだろう。
りのは一つ伸びをして、もう一度オーブンに向き直った。
左翼棟の二階は、お茶の時間になると甘い香りが漂う。
そう噂が立つのはすぐ後のこと。
本当かどうかを聞かれた、左翼棟の二階の奥の部屋の前に立つ護衛騎士はにやりと笑い、さあな、と答えた。
護衛対象の情報を守るのが護衛騎士だから。
おすそ分けをもらっているからなんて、知られたら口に入る量が少なくなるかもなんて、そんなこと、少ししか思っていないとも。




