第359話 馬上にて
結局、アーティファクトのテントはりのがもらうことになった。
使うかどうかもわからないし、もっと頻繁に使う人の方がいいんじゃないかと言ってはみたが、何せ全員持っているし、ダンジョンがお前さんに使ってほしくて落としたみたいだから、持っててやってくれと言われて、りのが折れた。
(釈然とはしないんだけど……なんだかなぁ)
ダンジョンの門をきっちり閉じ、ラウが「調査中 立ち入り禁止」と書いた紙をぺたりと貼って「防壁」を張る。少しの間なら閉じておけるでしょうと言っていた。
冒険者ギルドから正式な調査団が派遣され、その調査を待ってトリスールダンジョンの閉鎖が布告されるのだという。
あくまでダンジョン核を壊したらダンジョンが崩れた、という、嘘ではないが本当でもないという方向での布告になるようだ。
「リン、大丈夫ですか」
りのはぎゅっと抱きついたまま、大丈夫、と返した。
今はトリスールダンジョンからの帰路で、りのはミオンにのせてもらっている。もちろん一人では無理なので、前でミオンを操っているロゼリアの腰にしっかり腕を巻きつけていた。
けっこうなスピードで走っているが、体を密着させて直接響かせるようにしたら話すことはできる。聞きにくいけど。
「疲れましたか?」
「少しね」
知ったこと、体験したことが多すぎる。
それほどキャパの大きいほうじゃないりのには、正直に言えば記憶や考え事があふれてしまいそうだ。少しずつかみ砕いて、飲み下して、自分なりに消化していかなければならない。
「ロゼは?」
「体力的には、それほど。ただ、驚くことが多くて」
ほんとそれ、とりのがぼやくと、ロゼリアが小さく笑った。
密着しているので、かすかな笑い声も振動として伝わってくる。
「一番驚いたのは何でしたか?」
「うーん……」
いやもうほんといろいろありすぎて。
「魔獣、初めて見てびっくりしたな」
あんなに醜悪だとは思っていなかったし、あっさり殺せるとは思っていなかったので。それに、自分が魔獣を生き物と認識しないことにも驚いた。
「アーティファクトのテントを見たのもびっくりしたし」
「しかも手に入れてしまいましたしね」
「ほんとそれ」
くすくすとロゼリアが笑っている。
アーティファクトが異世界からの渡りものであることも驚いたが、この「鑑定」の結果は誰にも伝えていないので、ひとりで驚きをかみしめた。聖女の屋敷でカノンに会ったら話そう。
「あと、ラウさんがマヨネーズにハマったのもびっくりしたし、ウィンドグースの毛布が好評だったのもびっくりだったよ」
「どちらも大流行しそうですよね」
「またこの件でいろいろ動くだろうから、ロゼもよろしくね」
「お任せください」
これで冒険者ギルドとのつながりも深くなるし、冒険者にもなったから、とても大きな後ろ盾を手に入れられた。
それに、カノンと連名で毛布の作り方を出すから、カノンとの不仲や王家との不仲を煽る噂も多少は抑えられるだろう。
「でもやっぱり、ダンジョン潰した時のことが一番のびっくりだった」
「私もそこですね。崩れるダンジョンは初めて見ましたし、その原因があんなものだというのも驚きました」
「ねー。あんなおぞましいものがあるなんてびっくり」
「それに気に入られちゃってますね、リン」
「そこだよ~~、嬉しいような嬉しくないような、複雑な気分だよ~~」
単純に考えればレアなものがドロップする確率にプラス補正がかかっているということで、ハッピーなことではある。シンプルに言えばお金になるということだ。
(でもなあ、これってパーティー組んだ時に結構なトラブルを引き起こす気がするなあ……幸運の置物にされそう。人形っぽい扱いされそう、やだー! もし冒険者として動くとしても基本ソロで、臨時パーティーがギリだろうなあ)
まあ私、外出するより屋敷にいるほうが好きだし、よっぽどじゃないと冒険者として動いたりしないだろうけどさあ、と内心で独り言ちた。
「リン」
軽く交わしていた会話に一拍だけ隙間が空いて、ロゼリアが何かをためらうように声をかけてきた。
何だろうと思いつつ、今までと同じテンポで答えを返す。
「なあに?」
「――ダンジョン、楽しかったですか?」
それは、りのの思いもしなかった質問だった。
もともと、ダンジョンに来たのは、第三騎士団のサンドトロール討伐に同伴できるかどうかのお試しのためだった。そこに楽しむためという理由はない。りのはもともとインドアで、キャンプや冒険が好きなたちでもない。
でも、楽しくなかったかと言えばそんなことはなくて。
(よく笑ってたな、私)
魔獣を倒してドロップを確かめては笑い、セーフエリアでテントに潜っては笑い、みんなでご飯を食べては笑い。
「そうだね、――うん、楽しかったよ」
りのはぎゅうっとロゼリアの体に腕をまわして抱きついた。
「はじめてのことがいっぱいで、面白いことや不思議なことがいっぱいで、楽しかったな」
「それならよかったです」
ロゼリアは小さく息をついた。
「もともと、リンは外出がそんなに好きではないでしょう? 必要があるから行くけど、屋敷の中でのんびりしているほうがリンは楽しそうに見えました」
りのはわずかに息を飲む。
ロゼリアがそういうりのの本心を見ていたことも、りのの本心をわかられていたことも驚きだった。
「だから、ダンジョン攻略も、もしかしたらリンの負担になるんじゃないかと思っていました」
「心配してくれてたんだね」
「それはもちろん。――できれば、リンには望むような暮らしをしてほしいと思っています。でも、なかなか、」
それがうまくいかなくて。
ロゼリアの小さな呟きが胸に刺さる。
「ロゼ、私、わりとワガママだから、やりたくないことはそう言うから」
「はい」
「でも、やりたくないことでも、必要だって理解できればするわ」
「リン……」
だって大人なので。
したくないことから逃げてばかりはいられないと、わかっているので。
「その時はそう言うから、いろいろ助けてくれる?」
そして、そういうことに自分ひとりでは立ち向かえないし、立ち向かう必要がないということも知っている。すなおに助けて、手伝ってということの大切さも。
(まあ全然上手にできないし練習中だし、なんならお願い下手ですけれども!)
ロゼリアを不安にさせるくらいなら、もっともっと練習しなければ。
「もちろんです……もちろんです! 私は、リンの護衛騎士ですから、絶対にお助けします……!」
「うん、頼りにしてる!」
力強いロゼリアのいらえに、りのも安心した。
少なくとも、ロゼリアはりのを守るためにいてくれる。
(なら、私もロゼの立場や力を守るために、できることをしなきゃだな)
味方が増えてきて、アトラロでの暮らしも大分快適になってきた。
美しい古布も手に入って、すばらしい職人たちとのつながりもできた。
自分のやりたいことも、輪郭が見えてきた。
それでも、最初からりのに寄り添ってくれているのはロゼリアだ。
絶対にそれは忘れないでおこうとりのは思った。
ミオンの走りがさらに軽快になり、トリスールダンジョンからアトラロへの道をひたはしる。
前にはアダンとゼノンの乗ったラヴァクが、振り返れば後ろにはラウを乗せたペペルが走っていた。
遠くに、アトラロの外に広がる家々が見えてくる。霞んだように夕方の光に照らされていた。
その奥に見えるのは森の門だろうか。
そして坂の上の方にそびえる、美しい王城のシルエット。
(王城と、王宮。――――戻ってきたなあ)
帰ってきたとは思わなかったけれど、それでもなじんだ場所だという安ど感が胸を満たす。
少しだけ、この世界に根を下ろした気がした。
今日はここまで。お読みいただきありがとうございました。
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