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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第35話 ラップサンドとクリームロール


 ガーデンテーブルにりのとフィンレーが向かい合って座り、その横にロゼリアとフィリベルがそれぞれ控えている。テーブルの上には紅茶が二つと、皿が二つ。皿の上には、りのとロゼリアの昼食になるはずだったラップサンドがのっている。

 フィンレーもフィリベルも、物珍しそうにその皿をじいっと見つめている。


「あの、たいしたものではないんですが、鶏ハム、じゃなくてコカトリスハムのラップサンドと、ランギス、でしたっけ、それのクリームロールです」


 残り物のコカトリスの肉をスライム紙――向こうでいうラップのようなものに包んで湯煎をかけて作ったハムは、朝のクリスピーピザがたっぷりチーズのせいで重かったので、軽めのものが食べたくなって作ったものだ。そのハムと、トマトやレタスをクレープ生地で挟んでいる。ワインビネガーで作った甘酸っぱいソースはさっぱりとした味わいで、向こうにいるときから作っていたりのの十八番である。


 ランギスは、向こうでいうライチのような濃い甘さと少しの酸味、そしてなぜかバニラの香りのする薄緑色のとてもおいしいフルーツで、謁見の日の朝に届けられたものだった。二日経って十分に熟れたので早めに食べなければと、これをホイップクリームを塗った生地にたっぷりとのせて巻いた。これらは当然、イリットたちやレノアの昼食としても置いてきている。


 ほんのり焼き色のついた薄い生地と中身の色合いがきれいで、見ているだけで楽しくなる仕上がりだった。


 フィリベルが毒見をして(自身の潔白のためにぜひしてほしいとりのが言った)から、フィンレーはコカトリスハムのラップサンドをむんずとつかみ、大きな口でがぶっといった。

 りのも、同じように手でラップサンドをとり、一口かじる。

 蜂蜜のコクとワインビネガーの柔らかい酸味が、塩コショウの利いたうま味の濃いコカトリスのハムによく合っている。もちもちした生地の中からぱりっとしたレタスが飛び出てくる歯ごたえも楽しい。


「うまいなあ……」


 思わずこぼれた、というようなフィンレーのつぶやきに、りのはお口に合ったならよかった、と笑う。


「コカトリスのお肉って、味が濃くておいしいですねえ」

「肉もだが、このソースがいいな。さっぱりして、舌にやさしいし、腹にするっと収まる感じが好きだ」

「体にもいいはずですよ」


 はむはむと食べながら普通に返した。


「ソースが体にいいのか?」

「正確に言うとお酢が、ですね。すっぱいのは元気の素です」

「そうなのか。疲れた時にもよさそうだな」

「食欲のない時でも、さっぱりしてたら食べやすいですよ。私の国でもそういうお料理いっぱいありましたし」

「いいなぁ。食べてみてえなあ」

「んー、レシピをお教えすることはできますけど……でも段取りはつけてくださいね。特許とか材料の流通とか、安全面とか」

「アルさえ丸めこめればその辺やってくれるんだがなあ」

「アルさま?」

「会ってるだろ、アルフィオ・シプラスト。あれ、俺の幼なじみ」

「宰相様のことでしたか。それは、なかなかの難敵」

「厳しすぎるんだよあいつ」

「幼なじみを思えばこそなのでは?」

「まぁなあ」


 りのより早くコカトリスハムサンドを食べ終わったフィンレーは、次にランギスのほうをとってかじりつく。

 その顔が幸せそうに緩んだ。


「うまい! なんだこの白いの、ふわふわで甘くて、すげえうまい!」

「よかったです。もしかしてフィンレー様、甘いものお好きですか?」

「好き嫌いはないな。甘いもんも好きだし、酒も好きだ」

「甘いものにお酒、いいですよねえ。私も両方好きです」

「お、酒もイケるクチか?」

「そんなに強くないですけど、お酒は大好きです。この間頂いたワインもありがとうございました。あれ、とてもおいしかったです。いいお値段のワインですよね?」

「値段は気にしなくていいぞ。うまかったならよかった」


 普通の知り合いのように、ぽんぽんと言葉が弾みあう。

 どうやら王としてある時と普段とでは言葉が違うらしい。そっちのほうが馴染みやすくていいな、とりのは思った。


(もし身分とか、私の外見年齢とかがなかったら、普通に飲み友達になりたかった感じだわー)


「――少しは、落ち着いたか?」


 ランギスロールをかじりながら、フィンレーが静かに問う。

 今までの気安さはそのままに、けれど場が静かに緊張した。


「まぁ、いろいろ飲み込まなきゃだなぁ、でも腹立つなぁ、ってくらいには」


 紅茶のカップに手をかけて、りのは悪戯っぽく笑って見せた。

 彼が国王である以上、駆け引きや情報の取捨選択をするのは当然としても、積極的に嘘をつきたくはなかった。

 それは、わざわざ個人として謝罪に来た彼の覚悟を踏みにじることだろうと感じたし、りのの矜持でもあった。


 商売も取引も、真摯さには真摯さを返す。


 りのが、こっちに来る前、商売を始めたときに自分で決めたことだ。


「――――だよなぁ」

「そもそも、なんで聖女召喚をしたんです? 私、その辺り何も説明を受けてないのですが」

「本当に申し訳ない……。長い話になるがいいか?」

「承知しました。あ、ロゼ、紅茶お願いします!」


 はい、と安堵を含んだ声で返すロゼリアと、緊張がほぐれたようなフィリベルを前に、フィンレーはその長い話を始めた。




 この世界には、世界の始まりから「魔獣」という生き物がいたという。

 人間の敵であり、同時に貴重な資源でもあった。

 彼らと戦い、その身を活用しながら、この地に生きる者たちはは生活を、そして文化を築き上げてきた。

 しかし、時としてその魔獣の数が爆発的に膨れ上がることがあるという。

 すさまじい数になった魔獣たちは、村を、街を、国を飲み込み、滅ぼしていく。


「それを防いでくれるのが、異世界人、聖女だ」


 異世界から人を呼ぶ。

 すると、魔獣の数の増大が止まり、ゆるやかにその数が通常まで減っていく。

 残った魔獣たちに対しても強い力を放つことができ、その暴走を止めることさえあったという。

 よって、昔から魔獣の数が増え、溢れていくスタンピードの兆候が見えると、どこかの国が異世界人を召喚し、その抑止力とするようになった。


 説明は丁寧だった。なめらかで、自然な語り口。

 これでウソだったらもう私には見破れないなぁと思い、りのは思い切って突っ込んでみることにする。

 この雰囲気なら、多少失礼なことを言っても大丈夫だろう、たぶん。


「んー……ずばっと聞いてしまいますが、それ、いるだけでいいってことですか? なんかこう、儀式の生贄的なものになれとかはないんです?」

「怖いこと言うなぁ……生贄ってそんなひどいことを」


 フィンレーは、紅茶を一口飲んで、うん、と頷いた。


「いてくれるだけで魔獣が落ち着いて、スタンピードが減っていく。そういう意味では、まさしくいてくれるだけでいいんだ。お前たちの存在そのものが、俺たちにとって、この世界にとっては救いとなる」


 りのはじいっとフィンレーを見て、その言葉に嘘はないな、と思う。

 嘘はないけど、すべてではないな、とも思った。


「そう考えていない人もいるってことです?」

「……あーもうやりにくい! なんなのお前、こっちの考え読みすぎだろ!」


 うがー、と叫ぶと、フィンレーはテーブルにべっしゃり倒れた。

 今までの会話で気安くなったのか、「お前」呼びになっている。

 嫌な感じはしなかったので、りのはだまってフィンレーの言葉を待った。


「うう、でも俺は今日はお前に嘘はつかないと決めてきた。それがこの国や世界にとって不利なことだろうと、俺のできるせいいっぱいの詫びはそれしかないからな」


 顔ごと伏せてそうつぶやくと、フィンレーはのろのろと背を起こす。


「いてくれるだけでスタンピードはおさまるが、それまで待てないってやつらもいる。前線に立って戦ってほしいってやつらだ。聖女の力が波及するには時間がかかるからな」

「へぇ。その人たちも当然、一緒についてきてくれるんですよねえ?」

「まったくだ。その時には奴らも行かせよう」


 二人は微笑みあった。冷たく、共通の獲物を見つけたように。


「緊急性があるのはどこでしょうか」

「国内に関しては今のところ急ぐ必要はないな。実際に俺の方でも調査しているから、多少は抑えがきく。一番ひどいところでも領主と騎士団が優秀で何とか持ちこたえてくれてるから、そっちは支援を手厚くする予定だ。うるさいのは外のやつらかなぁ」

「そういえば、他国は自分のところで召喚しないんですか? そっちの方がいろいろ便利でしょうに」

「便利ってお前……いや、召喚したいのはやまやまだろうが、それだけの術者がいるのはウェルゲアとあと一、二か国だけだ。そっちの方は今政情が良くなくて、通商も危うい状況だ」

「あー……もしかしてフィンレー様、他国から大分強く召還を迫られました?」

「お前、ほんと、そこまで読むなよぉ……」


 なるほど、とりのは得心する。

 謁見の間で彼が見せた罪悪感、あれは本当だったのだ。

 国王として、自国に不利益をもたらす判断はできない。するべきではない。

 だからこそ、彼は自身がしたくなかった聖女召喚を行ったのだろう。


(そっかあー、なら、やってみるかなぁ)


 個人の感情に寄らず判断を下せる一方で、誘拐に躊躇を覚える程度には善人。王としての傲慢さはあるようだが。

 こういう人は、利害が一致している間は裏切らないし、一致しなくなって切り捨てるときも最大限の配慮をするタイプだ。

 この人とだったら、取引をしてみてもいいかなぁ。


(でも囮にされてるしなあ、今……)


 ふと顔を上げると、フィリベルと目が合った。にっと小さく口の端を上げて笑うイケメン。

 眼福ー、こんなイケメンを護衛として侍らせるなんて、陛下ってばえっち……と脳内でふざけたときに、はっと気づいた。


(そうだ、このひと、陛下の専属護衛だ!)


 あの謁見の時、一番前でフィンレーを守っていたのも、その後フィンレーの横に立って護衛していたのも、このひとだ。


(あー、だから私の警護の采配をフィリベルに任せてるのか! 近衛の副騎士団長、しかもプライベートでの警護を任せる騎士を差し出して、私を危険にさらすことの詫びにしたってことか! そうやって、国王としての配慮と覚悟を示したってことだったわけね――――いやそれなら初めからそう言ってくれない!? まったく気づきませんでしたけど!?)



 今までまったく気づけなかったことに激しく凹みつつ、ついでだからもう一つ確認しようと、りのは口を開いた。


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