第343話 新たな後ろ盾
商業ギルド。
世界中に根を張り巡らせている商人たちのギルド。
国から独立した組織だが、商売を生業とする関係上、国と全く無関係というわけではなく、つかず離れずの関係を保っていると聞いた。
(他国と繋がってる、政治的な色もある組織……しかも商売人のギルドってことは、上層部も商人ばかりなわけで、手ごわそうだなあ)
うーん、と難しい顔をして考え込むりのに、ロゼリアもアダンも、同じように難しい顔をした。
その手にはしっかりとそれぞれの作ったサンドがあるので、食べて食べてと言っておく。
「ラウ、商業ギルドを挟む利点はなんだ?」
「基本、流通や注意事項について厳しく取り締まるのは得意ですよ、商業ギルドって。何か不備が出たらギルドそのものの責任とみなされますから、その辺の管理は徹底してくれるはずです。それに、貴族の横やりを気にしなくていいというのもあります。今、商業ギルドで力を持っているのは王家派の者ばかりですからね」
「貴族派というか王太后派やらダルクス派の商人もいるだろ?」
「まあいますけど、小物ですよ?」
けろりと言うラウ。そこにロゼリアが、
「ラウ殿、逆に不利な点は何でしょうか」
ああ、確かにそれは聞きたいことだ。
「そうですねえ、ギルドとの調整が大変だというのは聞きますね」
「例えばどういうことでしょうか」
「値段が高すぎるという指摘が入ったとか、独占できないように特許申請させられたとか」
すごく大きなデメリットだ。
聖女であっても、商売人としてそれらを要求されることはある気がする。
(なんでそんなデメリットに目をつぶって薦めてくるのかな?)
いまいちラウの意図がつかめない。
しかしそういうことを主導できるくらい、商業ギルドは力が強いのか……。
あんまりそういう組織とは近づきたくないんだよなあ、というのがりのの本音だ。
自分も商売をしているからなんとなくわかる。
りのやカノンの持つ知識というのは、彼らにとってはまさしく金の生る木で、それが目の前にぶら下げられればそれこそ目の色を変えて利用しよう、搾取しようとしてくるだろう。
王都でもっとも堅実な商会という触れ込みでりのに引き合わされただけあって、ガディア商会の商会長のウェスが、りのから何か知識を引き出そうとしたことは一度もない。
だが、商業ギルドの、他の商人たちはどうだろうか。
(ここで判断できるほど、私は他の商人や商業ギルドについて知らないのよねえ……しかも、表だけを知っても仕方がない。裏側も知っとかないと怖い)
自分の商会を作ることを、今のところりのは考えていないが、もし作ったとしたら必ず入らなきゃいけないものなのだろうか。
りのは隣のアダンに話しかけた。
「ねー、商業ギルドって、商売する人はみんな入るの?」
「店を出す奴らは大体入るんじゃないか?」
「仕入れがしやすくなりますし、出店時の融資などもしてますね」
ふむふむ。
「ラウさん、聖女として商業ギルドとつき合うとしたら、どんな人が出てくると思います?」
「おや、付き合いを考えますか?」
意外そうに言われてちょっとおもしろかった。
薦めてきたのはラウさんじゃん、と全力でつっこみたい。
「考える前に情報収集が必要かなって。今のままでは判断ができないので」
ラウは次のパンにアルミラージのソテーと焼きトマト、玉ねぎをたっぷり挟み、マヨネーズをかける。
たっぷり。あふれるほど。
(気に入ったのは本当なのね……)
「そうですねえ……冒険者ギルドと付き合いの長い商人を指名しますかねえ」
「あれ? 冒険者ギルドに主導権があるんです?」
「リン、この世界で一番強いギルドは冒険者ギルドですよ?」
にっこり。
ラウの笑顔がつよい。
「そうなんですねー……って、あれ?」
なら、別に商業ギルドを通す必要、なくない?
「ねーラウさん、私がマヨネーズの作り方を冒険者ギルドに売るってのはできます?」
「は?」
かぶりつこうとして大きな口を開けたまま、こちらをくるりと見る。
真顔だ。ものすごい真顔。そうすると、表情が抜け落ちた分、顔立ちの端正さが際立って美しい。
エルフって、大口開けててもきれいだなー……すごいな、美の暴力って感じだ……。
思わずぽけーっと見惚れると、横からどすっとアダンに脇腹をつつかれた。
助かったけど痛いです……。
「商業ギルドを通さずに、ということですか?」
「はい。私、商業ギルドのことは良く知らないし、接触するにせよ情報集めて武装してからです。でもそれやってたら、たぶんすごく時間がかかっちゃうから」
何となく思ったことがある。
ラウは、もしかしたら聖女の影響、聖女の知識を、アトラロだけではなく、この世界中に広めたいのではないだろうか。だからデメリットが大きくても商業ギルドを薦めてきたのだ。おそらく、デメリットはすべて自分がフォローするつもりで。
その目的ははっきりはわからないけれど、魔力循環不全症の治療法のように、世界中で役に立つもの、世界を豊かにするものを広められたら、という意識はあるような気がした。
りのは、この愉快犯なエルフさんがけっこう好きだ。
初めて会った時、ラウは「無理やり召喚された」「重い感謝は迷惑かもしれない」と、こちらの立場になって考えてくれて、きちんと謝罪を述べた。そういう人だ。
信頼できると思っている。
聖女としてではなく、冒険者リン・ミハイという名義でできる範囲のことなら、冒険者ギルドと繋がりを持つのもいいかもしれない。
――アトラロから逃げなければならなくなったとき、他国につてがあるのは、りのとしても悪いことではないし。
(まあ単純にマヨネーズの魅力にとりつかれちゃったのかもしれないけど)
りのの思考が自分の意図に触れたことに気が付いたのか、ラウがちょっと照れくさそうにほほ笑んだ。
この提案は、ウェルゲアの王家や王家と近い人々にはできない提案だ。
彼らにしてみれば、王家を通してくれた方が王家の勢力も評判も上がるし、りのの安全も確保しやすいのだから当然だろう。
実際、アダンとロゼリアは複雑そうな顔をしている。ゼノンは食べる方に忙しそうだが。
(冒険者ギルドは、独立した組織。どこの国にも口出しはさせない。――王家以外の足場としては最適だ。王家を優先することは変わらないけど、つながりを深めておくに越したことはないな)
腹を決めて、りのはにっこりと笑った。
奇しくも、フィンレー王の前でもそうしたように。
「ラウさんてば、そんなにマヨネーズ気に入っちゃったんですか? 気に入ってもらえたなら嬉しいです」
「ええ、とてもおいしいです。冒険者の好きそうな味ですし、レバーペーストに並ぶと思うんですよね」
「ふふ、私、ラハラン支部に登録した冒険者ですから、ラハラン支部のトマさんラウさんになら、マヨネーズの作り方、お教えしますよ」
「本当ですか?」
はい、とりのは笑った。
「私、トマさんとラウさんを信用してますので。ただ、細かいところの詰めはよろしくお願いしますね。安全対策やなんかはそちらでやって頂くとして、そうですねえ、マヨネーズ販売の純利の五パーセントとか、粗利の八パーセントとか、そういう感じの契約でどうでしょう。半期ごととかで私の冒険者ギルドの口座に振り込んでもらえればいいかな、事務手続きがとっても楽だろうし。ああ、そうだ、」
この契約が成れば、マヨネーズを通じて、ラハラン支部と冒険者リン、つまりどこの国にも属さない冒険者ギルドと、聖女リノアが繋がることになる。
冒険者ギルドとしては世界中に新しいものを流通させられるし、りのにとっては冒険者ギルドが後ろ盾の一つになるということ。
りのはさらに笑みを深くする。
ラウが何かを警戒するような色を目にのせた。
「王家との調整は、そちらでお願いします! 私、細かいことわかんないんで!」
面倒なところは放り投げますのでー!
後はよろしくお願いしまーす!
丸投げする気満々で、りのは笑った。
ラウがりのの言葉をかみ砕いて、くっとうつむく。
「ラウ殿?」
「ラウ?」
ロゼリアとアダンが驚いて声をかけるが、この愉快犯なエルフさんがそんなやわやわメンタルなわけがないではないか。
りのがしらっとそのきんきらきんの頭のてっぺんを眺めていると、ラウはやはり、くつくつと体を揺らして笑い始めた。
「くく、くくく……はは、あはははは! あはははは! はー、おかしい、くく、くくく、あっはっはっはっは!」
思わずぱちくりするほどの大爆笑だ。
「あなた、……本当に、商売人なんですねえ!」
「いやあ、冒険者ギルドの副支部長さんが商売に詳しいほうがすごいと思いますが……」
「私が詳しいのは商売ではありませんよ。冒険者ですからね、国や他のギルドに絡まれない方法くらいしか知りません」
ラウル―ヘンという遠い国からやってきたこのエルフさんも、きっと苦労したのだろう。
しみじみとそう思わせる深みが、その言葉にはあった。
「ふふ、それ、とっても大切ですよね」
「ええ、とっても。商売人のあなたにはよけいなお世話でしたかね」
いいえ、とりのは首を横に振った。
「ありがたいばかりです。お仕事相手はいくつもほしいですから」
「そうですね」
笑いすぎて目じりに浮かんだ涙を手で払いながら、ラウはアダンとロゼ、きょとんとしているゼノンを見回した。
「アダン、ゼノン、ロゼリア、この件は私からフィンレー陛下に直接上奏します。その時まで沈黙の誓いを」
「――承知した」
「了解です」
「――分かりました」
こうしてりのは、はからずもウェルゲア王家に並ぶ後ろ盾を手に入れることになった。
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