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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第34話 国王襲来


 ノートを閉じて目線を上げると、後ろに控えているロゼリアを振り返った。


「ねえ、ロゼ」

「はい、なんでしょう」


 基本的に仕事中は丁寧な言葉遣いを崩さないのだろうと思っていたが、普段からロゼリアは言葉が丁寧だった。

 そういうと、これは自分の癖ですので、と頬を染められた。

 それがとてもとてもかわいかったことを思い出し、りのはによによしながら質問を重ねる。


「ロゼは、干し葡萄とりんごと、どっちが好き?」

「干し葡萄とりんご、ですか?」

「うん。あのね、いつかふわふわしたパンを作ろうと思うんだけど、その材料にどっちを使おうかなって迷ってるの。ほんの少し風味が残るくらいでちゃんとブドウやリンゴの味がするわけじゃないんだけど、せっかくだからロゼの好きな方にしたいなぁと思って」


 ぽっと白い頬が薔薇色に染まる。かわいい。


「あの、では、干し葡萄がいいです」

「了解! じゃあ干し葡萄で作ろう。材料も揃えなきゃだからちょっと時間かかっちゃうけど、楽しみにしといてね」

「はい、ありがとうございます。お手伝いできることがあれば仰ってください」


 ふふ、と笑いあって、そろそろおひるごはんにしようかと、ロゼリアがガーデンテーブルの上にランチボックスを載せたその時、ひゅっとロゼリアの全身に緊張が走った。

 流れるような動きでりのの前に立ち、わずかに腰を落として片手を剣にかける。

 そして、じっと庭の小さな門を見つめた。


 コルティアドの庭には、りのたちがいつも使っている正門のような入り口と、小さな裏口のようなところがある。裏口はおそらく庭師たちが出入りするのに使っているのだろう。ロゼリアは、そこをじいっと見つめている。

 りのは、体を緊張させながら、ロゼリアの邪魔にならないように、指示に従って動けるように、状況把握のため目と耳を全開にしながら立ち上がり、ロゼリアの後ろに下がった。

 魔法は、使えることをまだ明かしたくないので、ぎりぎりまで温存する。



 二人の視線の前で、小さな裏門から、すっと入ってきたのは、赤毛の背の高い騎士だった。

 どこかで見たことのある、見覚えのある、がっちりした体格や雰囲気。


「ん? フィリベル様……?」


 そして、そのあとから入ってきた、金色の髪に堂々とした体躯の……



「は? あれ、国王様?」



 ロゼリアがすっと姿勢を戻し、片膝をついて頭を垂れた。

 りのは目を白黒させる。


(うわ、私の態勢が整う前にしかけて来やがった! ある程度考えをまとめといてよかったっていうか、話し合いをするときは声をかけてくれって言ったのそっちじゃん!)


 ひそかにブチ切れたりのに、さあっと風が吹いた。

 コルティアドは、向こうの世界でいうミントと柑橘の混ざったような爽やかな香りがする。その上を吹き抜けていく風も同じく。

 だが、りのはその香りを楽しむ余裕もなく、眉間にしわを寄せた。不愉快、を全身でアピールしてから、すっと無表情に戻す。

 見えているかどうかはわからないが、あの場での言葉をあっさり翻すそのやり口が気に食わない。

 仕掛けられたら返すのがりのである。短気なので。ブチ切れているので。



「リノア殿、おくつろぎのところ申し訳ない」


 近寄ってきたフィリベルが話しかけてきた。

 いえ、とそっけなく返すと、フィリベルの苦笑が一段深くなった。


「――少しお話をさせていただけませんか」

「誰と、何を?」


 少し離れたところに佇む国王をちらりとも見ずにりのがおっとりと、わざとらしく首をかしげる。

 思わず無言になるフィリベルに、りのは内心けっと舌を出していた。

 王様だから断られるわけないと思ってたんだろうけどんなわけあるかい!

 りのはこの時、国王を怒らせたらまずいという基本的なこともぶっ飛ばすほどキレていた。

 ようやっと怒りを丸めようと思ったばかりなのに、またこちらの都合も考えず自分のいいように接触してくる誘拐犯に、怒りしかわかない。

 フィリベルもそれに気づいたらしく、焦りの表情を浮かべている。


「すまんなフィリベル、もういいぞ」

「陛下」

「悪いのはこっちだと言ったろ」


 凍り付いたその場を動かしたのは、金色の髪に深い青色の目をした男。

 謁見の間で相対した時のような重たい威圧感はない。

 近づいてきてわかったが、着ているものも謁見の時よりずっと簡素で動きやすそうなものだった。

 美しい大人の男。


(年齢的には私と変わらないか少し上かくらいなんだろうけど、すごいな、この迫力)


 威圧感ではなく、威厳を感じる。

 格好や場、身につけているもので増幅されていない、この男の素の力だ。


「いきなりですまん。俺はフィンレーという」

「フィンレーさま?」


 家名を名乗らない、つまり王としてではなく、フィンレーという個として扱ってくれということだろうか。りのはすっと目を細めた。


「あんな話をした後で、君もまだ心の整理もついていないだろうし、声をかけてくれと言った手前、申し訳ないことではあるんだが、このタイミングしかなかったから、無礼を承知でここに来ている」


 りのは、この時初めて、ウェルゲア王国の国王ではなく、フィンレーという一人の男をしっかりと見た。

 豪放磊落に見えるし実際そうなんだろうけど、根はとてもまじめな人っぽいな、というのが第一印象。

 まっすぐにこちらを見てくる青い目は深く澄んでいて、底なしの湖を見ているような気持ちになる。



「――――何のお話でしょう、フィンレー様」



 その目には、りのが怒りを飲み込むだけの静謐さがあった。

 その静かさは、覚悟から生まれているものかもしれないと思った。



「謝罪がしたかった。俺は今日、君に一切の嘘をつかないと誓おう。――俺たちの無力により、君の人生をゆがめてしまって、本当に申し訳ない」



(ああ、もう、)


 りのは無表情の下で深くため息をつく。

 目の前で膝に額がくっつきそうな角度で腰を折り、頭を下げ続けるフィンレー。

 その目に嘘はなかった。言葉にも態度にも、真摯さが感じられた。



(嘘ついてないから話してみてもいいかなとか……私、ちょろすぎない?)



 あんなに怒ってたくせに、と自分を苦々しく思いながら、りのは今度は実際にため息をついた。

 そのため息を聞いても、ぴくりともせずに頭を下げ続けているフィンレーに、話しかける。


「フィンレー様。私は、何も知らないのです」


 今度は反応があった。ぴくりと、その頭が動いたのだ。


「聖女とは何か。何を求められているのか。あなたたちがどのような状況にあって、なぜ聖女召喚という名の誘拐などをしてしまったのか。あなたがどのような考えでそれを行ったのか。何もわかりません」


 だから、とりのはそっと手を差し伸べて、その顔を上向かせる。


「あなたの謝罪を、受け取ることも、拒否することもできません。――そのお気持ちだけは、受け取りましょう」

「ミハイル嬢」

「だから、少しお話をしませんか」


 その頬から手を放し、まっすぐにフィンレーの青い目を覗き込む。

 静けさの中に煌々と燃える熱があった。

 情熱的なところもある人なのかなと、りのは思う。少し、好奇心がわいた。

 このひとは、どんな人なんだろう。



「フィンレー様と、私で。ゼロにすることはできないでしょうが、できるだけ、しがらみを払って。いろいろを決める前に、お話をしましょう」



 私の手作りで申し訳ありませんが、お茶うけ程度のものならありますので。

 そうして、フィンレーに手を差し伸べた。



今日はここまで。

お読みいただきありがとうございます!

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