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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第30話 一人焼肉でお別れ会


(のどがかわいた……)


 どのくらい泣きわめいていたのだろう、とぼんやりしながら外を見ると、まだ陽の光は金色で元気だった。

 お昼ごはんの時間くらいかなあ、と丸めていた背を伸ばす。ぱきりと骨の鳴る軽い音がした。

 謁見が十時半くらい、戻ってきたのが十一時半くらいだったはず。人は三十分も泣けば干からびるらしい。

 思い切り泣いて、頭はまだぼんやりしているけれどどこかすっきりしたところもあり、でもまだ悲しいばかりで。


「……お腹すいたなぁ」


 叫び枯れた声はみごとにがさがさ。

 誰も周りにいないのをいいことに、りのは遠慮なくインベントリを開いた。いつもは夜寝る前とかにベッドの中でこっそり開いて出し入れをしているが、今日はもう何も気にしないことにする。ヤケだ。


(そういえば私、こっちに連れてこられる直前、家でひとり焼肉しようと思ってたんだよねぇ)


 空腹もあって、頭が焼肉色に染まり始める。

 出張のため冷蔵庫がからっぽだったこともあり、一通りの材料はあの時買っている。幸運なことに、米と味噌と醤油も買い込んでいた。なんとビールも冷え冷えの金色のやつのロング缶六本セットがある。


(……お別れパーティーしようかな)


 あちらの世界との、しばしのお別れパーティー。

 潤む目を雑にこすって、りのはよろりと立ち上がった。




 まず、ご飯を炊こう。

 りのはインベントリから米の袋を取り出し、カップに二杯すくって鍋に入れ、適当に洗う。目分量で大体一合半くらいだろうか。

 洗い終わったら米をならして、人差し指を米の上に立て、第一関節のところまで水を入れ、さらに少しだけ水を足す。祖母に習った水具合だ。


 それから、同じくインベントリから牛ロースと牛タン、豚バラに鶏の手羽中を出して食べる量を皿に移した。これらは、あの日、家で焼肉をするために買っていたものである。残りはインベントリにしまった。こうしておけば減った分がまたもとに戻るだろう。

 キッチンに置いてある冷蔵庫の中を見ると、昨日使ったコカトリスと、今日の夕飯用にと昨日の夜届けられたダークバッファローの肉の塊があったので、それも適当にスライス。鶏の手羽中はシンプルに塩コショウとニンニクで味をつけた。

 野菜はこちらの玉ねぎと人参、キャベツ、ナスを選んで切った。

 焼肉のたれも作る。ニンニクはこちらの世界にあったものだが、ショウガはなかったので、インベントリからあちらの世界のものを出す。ごま油と醤油もインベントリから。胡椒に鷹の爪、砂糖、はちみつはこちらのものを。みりんと料理酒はないので、はちみつを少し多めに入れ、酒はワインで代用した。少し風味は変わるけど、これはこれでおいしい。適当に混ぜて味を調えた。


「塩も出して、っと」


 コンロ横の作業テーブルに調味料を並べ、取り皿とグラスを出し、横にはフライパン。

 コンロから直接焼いてとる形だ。肉と野菜類もバットに並べた。

 吸水時間は少し短いけどまあいいかと、米を入れた鍋に火をつける。


「ビールビール!」


 よく冷えたそれのプルタブをかしゅっと開けてグラスに注ぐ。透明度の低いグラスだが、金色が淡くにじんで綺麗だった。

 いつもは缶から直接行くが、今日はお別れ会なので。


「――――しばらくの間さよなら、私の世界。また会おうねぇ……!」


 涙声で呟いてから、ぐうっとグラスをあおった。爽快な泡の刺激が喉を滑り落ちていく。

 ビールのいとしい苦みがやたらと胃にしみて、なんだか泣けてきた。

 さよなら、の言葉に、ぼろりと涙が零れ落ちた。


(いいんだ、いっぱい泣いていっぱい食べよう。お別れ会だもん)


 ぐしゅ、とすすり上げて、りのはフライパンに肉を並べた。じゅわああぁ、と油のはじける音と、肉の焼ける暴力的にいい匂いがし始める。


(あ、いきなり肉焼いてるとこバレたらやばいかな?)


 わんわん泣いて焼肉。泣きながら焼肉。向こうの世界でもちょっと恥ずかしいかもしれない。

 少し考えてから、ひとつ魔法を使ってみた。


「『バリア』」


 とたん、無色透明な膜がぽよん、と部屋全体を包む。外からの音が遠くなった。

 防御結界である。やわらかい膜で包むイメージで、膜の中の音や匂いは外に出ないし、逆に膜の外からの衝撃や音、匂いも伝わらない。換気はできるようにしてっと。


「魔法って便利。これからどんどん使っていこう。――もう帰れないんだし」


 まず焼いたのは牛ロース。しっかりとサシの入ったそこそこいいクラスのものだ。

 コンロの横の調理台をテーブルに、こちらの塩をちょいとつけて口に運ぶと、甘い脂が舌にやわらかく絡まって、一気に肉のうまみが口に広がった。

 そこへきゅっとビールを流し込む。ビールの苦みが脂の甘さと一緒に喉へ落ちて、うまみだけが口の中にふんわりと残った。


「ううう……おいしいぃ……」


 次のロースは、自家製焼肉のたれにつけた。肉の脂が茶色のとろりとしたたれの表面できらきら光る。

 口に入れると、その脂の上にニンニクの強い香りやはちみつの甘み、醤油のうまみがのっかって、肉と一緒にとけていった。

 飲み込んだら、ショウガのさわやかな香りとぶどうの甘みが喉の奥からやってきて。

 おいしい。

 特に久々の醤油が泣けるほどおいしい。


「これは赤ワインですわ……」


 赤ワインの前にさっさとビールをあけてしまおうと、今度は豚バラを焼く。シンプルに塩とコショウで。フライパンの開いているところにキャベツをばっさーと投げ込むと、一気に水蒸気が立ち上った。

 牛とは違う、強い豚の脂の甘さとキャベツの甘さ、塩のしょっぱさを堪能しながらぐびぐびとビールを飲むと、あっという間に肉も野菜もビールも減っていく。

 合間に米の面倒を見ながら、りのは次々と肉を焼いて食べた。


(ん、あとちょっと残ってるね。このタイミングでインベントリにしまえばー、そのうちまた復活する、と!)


 ビールをインベントリにしまって新しいビール缶を出しながら、考えてみればなんとありがたいことだろうとりのはしみじみ思った。

 ものすごく数は限定されているけれど、向こうの食材や日用品が減ることなく手に入る。

 その中に、小説の中で皆が手に入れるのに苦労する米、醤油、味噌がある。ビールもあるしチョコレートもある。

 難を言えば、昆布と鰹節に日本酒と味醂がほしかったが、まあ贅沢は言えないだろう。

 それに、新しい情報の更新はされないけれど、スマホやタブレットでネットは見られるのだ。

 こっちに来るときに入っていたサブスクは無期限延長みたいなものなので、映画やドラマも見られるし、新しく知った小説サイトだって見られる。


(……だから、寂しいのは会いたい人に会えないのと、美術品が扱えないのだけ。恵まれてるほうよね)


 牛タンはきゅっとレモンのような柑橘を絞って食べた。覚えているレモンよりも、少し青みのある香りがする。

 きっとそのうち、元の香りは忘れて、これがりのの中でレモンの香りになっていくのだろう。

 ワインはどっちから飲もうかと迷って、先に白ワインを開けた。

 野菜をどんどん焼きながら、コカトリスも焼く。


(白だからさっぱりめでまずはいってみようかなー)


 塩に、買ってきていた柚子胡椒をインベントリから出して少しつけて食べてみる。


「うわあ……なにこれ、おいしい……すっごくおいしい……」


 コカトリスの肉は、鶏肉とは一線を画すものだった。地鶏のような味の濃さがあるのに、固すぎずほどよい弾力。歯を立てればぷつりとはじける皮がおいしい。柚子胡椒の爽やかな香りと辛みが肉のうまみと上手に混ざっている。

 シンプルに焼いて食べると、その味の上質さがありありとわかった。

 鶏肉よりぜったいおいしい。


「コカトリスって何……魔獣なのにおいしい……」


 あまりのおいしさに、「おいしい」を繰り返すだけのマシーンになって夢中で食べた。

 初めてオーク肉を食べた時は豚肉と変わらないなと思ったのに、コカトリスは全然違う。

 コカトリスの後に向こうの鶏肉を食べると、ちょっと水っぽい気がしてしまうくらいにおいしい。


(コカトリスって鶏と蛇が混ざってるんだっけ? これどの辺の肉なんだろ。鶏肉と比べてたけど、ヘビの部分だったりするのかな?)


 いつかコカトリスを見に行こう、と思いながら白ワインを飲む。

 この白ワインも、ずいぶんいいものなのだろう。エチケットなどはないけれど、しっかりとした遮光瓶に入っている。淡い金色で、香りも味もすっきりとしていて、最後にふわりと花の香りがする。アカシアに近いだろうか。


(ちょっとミネラル感もあるよね。こっちのワインも土地によって味が違うのかなぁ)


 りのはミネラル感の強いきりっとした白ワインも好きだし、一方でのどをとろりと落ちていくような甘い白ワインも好きだった。


(いつか探しに行ってみよう)


 次に焼いたのはダークバッファロー。匂いだけでおいしいのがわかる。

 ダークじゃないよ、輝いてるよ、シャインバッファローだよと酔っぱらったことを呟きながら、焼肉のたれにそっとひたす。

 口に入れ、陶然とした。


「…………。」


 いつだったかお客様にごちそうしてもらったA5ランクの和牛を、軽々と飛び越えたおいしさ。

 とろけるような触感、濃く、けれど上品で軽やかな脂の甘み。

 たれに使ったワインと醤油の香りが鼻に抜けていく。


「……おいしい……赤ワイン……赤ワインがいい……」


 少し残っている白ワインは温まないようにインベントリへ。

 新しく開けた赤ワインのボトルから、美しい、透明なルビー色がこぽこぽとグラスへ落ちた。

 ブドウとスミレの花がからまったような香りが、一口含んだ舌から喉へ駆け下りていく。


(おお、ボジョレーっぽい、けど、少し重めかな?)


 時間をかけて醸される深みや複雑な香りはないけれど、その分ブドウの芳香の下のうっすらとした渋みが心地よい。こちらのブドウの特徴なのか、向こうの世界の新酒の赤ワインよりも濃い渋みがあって、それが口の中に残っていたダークバッファローのうまみと抜群に合う。


(具体的に言うと、ループが止まらんってやつー!)


 赤ワインで肉の脂を流せば今度はワインの香りを楽しむために肉がほしい。

 ひょーうまー! とりのはテンションを上げた。


「いいな、おいしいものがあるって。おいしいもの持ってこれてよかったし、おいしいものがある世界でよかった」


 小さくつぶやけば、少しだけ慰められたような気持ちになって、我ながら単純だなあと笑えた。


(あ、そろそろご飯炊きあがりかな! けどまだワイン残ってる!)


 お酒を切り上げてシメに行くか、それともまだがっつり飲むか。

 あちらの世界の店や家で毎回迷っていたことをこっちの世界でも迷っていることに気づいて、ますますおかしくなる。


(……変わんないな、どこにいても。向こうで失恋した時も、一人焼肉パーティーしたよね、そういえば。成長してないな私!)



 会えない人も手に入らないものも多すぎるほどにあるけれど、こっちで出会える人やものもあるのかな。

 あるといいな。



 ご飯かお酒か、向こうと同じように迷いながら、りのはひとまず次の肉に手を伸ばした。


本日はここまで。

お読みいただきありがとうございます。

さて肉を焼くか……。

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