第3話 厄日とつながり
一度その建物を出て、男がひったてるようにしてりのを連れてきたのは、大きな石造りの建物の一階の奥にある、薄暗い部屋だった。
「ここでおとなしくしていろ」
どんと突き飛ばされて踏み込んだ部屋。
窓が一つ、ベッドとトイレ。小さな机が一つ。
ホテルのシングルルームみたいとぼんやり思っていると、途中から一緒についてきた女がひとり、男の腕にからみつきながら笑った。
黒の簡素なワンピースに白のエプロン、頭に髪の毛を覆う白のキャップをつけている。ザ・メイドな感じだなあ、コスプレかなあとりのはじろじろと眺めた。何かこの状況の手がかりはないものか。
そんなりのを見下すように鼻を鳴らし、コスプレメイドはにんまりと笑った。
「あんたここにいてね、明日には出してあげるから! 客間にはあたしとジャンが行くから心配しないで~」
「おいキャシー、本当に大丈夫なのか?」
「だいじょぶだいじょぶ! あの部屋、すっごくベッドが大きいのよ、ジャン。たまには私たちがオイシイ思いをしてもいいじゃない」
「まあ……俺たちここに入ったばっかで、休みもあんまりないしなあ」
「ね? 楽しみましょうよ」
腰に手をまわしあってドアを出ていく。
そして、がしゃん、と音がして。
「うふふ、昼間からとじこもっちゃいましょうね」
「そうだよな、俺とお前があの侍女の護衛とメイドだから、客間にいるのはおかしくないか」
「そうよ、どうせ聖女サマのおつきのオマケの侍女なんでしょ? ちょっとくらい部屋を交換したって平気よ。そのうちむかえに来てあげましょ」
浮かれた二人の声が遠ざかって、しんと沈黙が戻ってきて。
りのは、やっと深呼吸をした。
そして、吸った息を、すべて怒声に変えた。
「なんっなのよ――――!!」
びりびりとガラスが震える音がする。
「説明くらいしなさいよあのえらっそーなぼんくら二代目! 侍女って誰がそう言ったのよそもそも侍女ってなんだこのやろー!! てか仕事くらいちゃんとしろや色ボケども!! 勝手に監禁すんじゃねー!!!」
一通り叫び終わって、りのはドアを背にへたり込んだ。
何もかもが分からない。ほんとなら今頃、おうちで一人焼肉のはずだったのに、と涙がにじむ。
(泣く前にしなきゃいけないことをしよう……)
ひとつ鼻をすすり、腹の奥でぐつぐつと沸騰する怒りを抱えながら、りのは立ち上がって部屋の仕様を確認することにした。
国内でも海外でも、宿泊先で必ずすることだ。
まずは安全を確保しないと、安心して考え事もできない。
(まずは出入り口から……えっと、ドアは……隙間ができるくらいにしか開かない……ってことは、外から鍵かけてるのかな、そんな音したし。次は……)
もたれかかっていたドアを一通り見て、部屋の奥にある小さな窓に向かった。
(上げ下げ窓かぁ……一応開くけど、開口部が小さくて外に出るのは無理そう。それにしても、このガラス、わざとくもらせてるのかな? アンティークガラスっぽいけど、それにしてはつくりが雑……。アンティークガラス自体は好きだけど、ここしか窓がないんだからクリアなほうが光は入るんじゃないの? おしゃれを演出したかったの?)
それから、りのは部屋の調度品に目を向けた。せま苦しいワンルームだが最低限の家具はあった。
ベッドとライティングデスクと椅子、それにデスクの上のランプ。天井を見上げたが、部屋全体を照らすような照明はなかったから、夜はおそらく薄暗いだろう。
(デスクは手彫り……引き出しもあるけどガタガタ。天板は継いであるのか。あんまり上手じゃないね。デザインももっさりしてるし、木目の合わせ方もイマイチ。駆け出しの職人さんのものを安くで引き取ったとかかな? でもそれにしては雑すぎない? 木の椅子もガタガタしてるし、座り心地もイマイチ……座面にへこみをつけるなりすればいいのに。技術が追い付かなかったのかな? デザインを優先したのかな?)
仕事がら、家具などにもそこそこ詳しいりのである。
今まで目にしてきた美しい手仕事を思いだし、現状と比べて、思わず大きなため息が出た。このレベルのものを売りたいとは思わないなあと眉をしかめる。
(ランプはよくあるデザイン。うわっ、触ったらいきなりついた! なんで!? あ、タッチセンサー!? コードがないってことは充電式なの? でも電球やLEDらしきものが見当たらない……どこで光ってんのこれ……よくわからん……)
続けてトイレを確認した。洗面所はなくて、トイレだけだ。
形は日本のものと似通っていて、レバーもあったが、それを引いたらしゅん、とかすかな音がするだけで、なぜか便器の真ん中がきらきらしていた。水もたまっていない。
(ランプもだけどトイレもよくわからん……なにこれ、どこの技術? なんで光るの……? こわ……)
そうやって一通り部屋を確認してわかったのは、
「ドアに鍵がかかっていて窓が小さいので外には出られなさそう」
「家具は手で作られているものばかり」
「トイレやランプによくわからない技術が使われている」
ということだった。
もしかしたらと思って盗聴器も探してみたが、そもそもコンセントがなく、よくわからなかった。怖い。ベッドもぎしぎしして堅いし、布団やシーツの肌触りもあまりよくない。
それでも、窓などから襲われることはなさそうだと、りのは倒れるようにベッドに腰を下ろして頭を抱えた。
「……ここはどこなんだろうね」
何の説明もなかったので、りのからすればさっきまでショッピングモールに居たのになぜかよくわからないところにいる、ということになる。
言葉にすればますますわからない。さらわれたのだろうか。だとしたら、どこにさらわれたのだろうか。どうやって移動させられたのだろうか。
(時計がないから時間もわからない……)
腕時計はしていない。アクセサリーとして腕時計をつけることはあるが、あいにく今日はしていなかった。
(せめてスマホがあれば……とられちゃったのかなぁ)
何もわからない。スマホがない。スマホがほしい。スマホを返して。
古い、もうサポートも切れてしまいそうな型のスマホ。サイズ感が好きで、なかなか替える気にならなかった愛用のスマホ……。
「スマホ……」
思わず呟いたとき、ごん、と後頭部に鈍い痛みが走った。言葉も出ずにベッドからすべり落ちてうずくまる。
頭を抱えた手をすり抜けて、何かが落ちてきて頭にヒットしたらしい。
いったいなんなんだ厄日かよ厄日だね間違いなく人生最悪の厄日! ちくしょう!
痛む頭を上げると、そこに、スマホが転がっていた。
「――――え?」
天井を見上げるが、別に穴はあいていない。
どこから落ちてきたのかさっぱりわからないが、あれは、私のスマホでは?
恐る恐る手を伸ばして、指先でちょいとつついてみる。別に指先がしびれたりしないし、濡れたりもしていない。
大丈夫かな、とりのはスマホを拾い上げた。掌にしっくりとあうこの感じ。
電源を押してパスワードを解除したら、ちゃんと自分が入れたアプリが並んでいた。壁紙だって気に入って仕入れた水彩画を撮ったものだ。
昨日まで、仕事の写真を撮ったりSNSを見たり、ゲームをしたり動画サイトを見たり音楽を聴いたりしていた、スマホ。
私のスマホ。
「う、うぇ……」
今までの日常とのつながりを手に入れて、りのは自分の年も忘れて泣いた。




