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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第28話 うそつき


 オーラ。

 そこにいる、確かにあると空気が訴えかけるような重み。

 今まで出会ったことのない強さの存在感に、りのは奥歯を噛んで耐える。


(おっもい!!)


 堂々たる体躯の上に、さざめいて光る黄金の髪。

 短めの髪なのに長くきらめきを零す金の間からこちらを見ているのは、鮮やかに光を放つ青空の色。

 静かな、けれど思わずひれ伏したくなるような威容。


(一国の王って、ハンパなさすぎない!? ぎらっぎらじゃん、これは反則でしょ……!!)


 仕事がらいろいろな立場の人と会っては来たが、レベルが、いや次元が違う。りのの背中に冷や汗が伝った。


「……皆、楽にするとよい。我らが敬意を払うべきは、異世界よりおいでいただいたお二人なのだから」


 一同が下げていた頭を起こしたら、国王は三段ほど高いところに据えられた豪華な椅子に座った。

 すっとアルフィオとユーゴがりのたちの横に並び、右手を胸に当てて再度深く頭を下げる。


「我らが祖国ウェルゲアの太陽、フィンレー・アルビー・ウェルゲア国王陛下にご挨拶を申し上げます。そしてご紹介いたします。こちらのお二方が異世界よりのお客人、カノン・アキノ様、リノア・ミハイル様にございます」


 りのは胸を張った。足は小さく震えていたが、ここで押し負けたらヤバい。

 ラッキーにも長いスカートがその震えを隠してくれていた。

 これからいろいろ取引をしていく相手にびびってどうする、となけなしの勇気を奮い立たせる。


「アキノ殿、ミハイル殿。ようこそ、ウェルゲア王国へ」


 おそらく隣の少女も国王に会うのは初めてだったのだろう。かたかたと震えているのがわかった。

 それほど低い声ではないのに、重みのある声だ。


「急に断りもなく招いてしまったこと、ひらにご容赦ねがいたい。フィンレー・アルビー・ウェルゲアの名において、深くお詫び申し上げる」


 玉座の上から、座ったまま、国王は軽く頭を下げた。

 自分の、自分たちの人生を根こそぎ奪っておきながらその態度か!!

 りののうちに怒りが再度燃え上がる。


(落ち着け、落ち着け、乗せられるな! 国王が頭を下げる意味は、私が思うよりずっと大きいはずだ、むかつくけどな!)


 冷静さを取り戻そうとりのがはくりとひとつ息を飲み下す横で、佳音が悲鳴のような声をあげた。


「お詫びなんていいです! いいですから、はやく向こうの世界に帰して!!」


 王の威容に耐えられなかったのか、押さえつけていた感情が溢れてしまったのだろう。

 どこか、ローラン第一王子を思い出させる脆さがあった。

 ざわりと貴族たちがざわめいた。


「……その件だが、ジュランディア魔術師団長、報告を」

「はっ」


 いつもの飄々とした雰囲気を消して、ユーゴはうやうやしく国王へ一礼をすると、りのと佳音のほうへ向き直った。


「異世界よりの客人方、お待たせして大変申し訳ありませんでした。お約束していました送還魔術の調査につきまして、ウェルゲア国王陛下のもと、ご報告申し上げます」


 無表情。

 仮面を張り付けたかのようなその顔に内容を悟って、りのはうつむく。


「現時点にて、お二人のおられた時点への送還魔術は形成不可能と判断されます」

「……え? ふかのう?」


 驚いたようにつぶやく佳音に、ああこの子は帰れると信じていたのか、とりのは思った。



「はい。申し訳ございません。現時点では、お返しすることができないのです」



「………つき」


 ユーゴの声が静かに広間に沁みとおった後、佳音がうつむいたまま小さく何かを言った。

 後ろに控えていたローランが、カノン? と呼びかけたが、少女は振り返りもしない。



「うそつき!!」



 少女の悲痛な叫びが広間に突き刺さった。


「帰してくれるって言った! 早く帰して! こんなとこもういや!!」


 ざわざわと後ろからささやき声が聞こえる。


「洋服も窮屈、ご飯もおいしくない、友達もいない! なによ魔術魔術って!! なんであたしがそんなの勉強しなきゃいけないの!!」


 目の前にいるユーゴが何か警戒するような顔になっていて、りのもつられて神経をすませた。

 何、何を警戒してるの?


「カノン」

「さわらないで!!」


 第一王子の手を払いのけて、佳音はさらに大声で叫んだ。泣きながらかえして、かえしてと叫ぶ。

 ローランは茫然として、やがて悲憤をこらえるように唇をかみしめた。

 その様子も、今の佳音には逆効果だったのだろう。ひときわ怒りと恨みに満ちた叫び声が響く。


 後ろで、どさ、どさ、と何かが床に落ちるような音がしたが、振り返る余裕はりのにはもうなかった。

 ぐるぐると目の前で何かがまわりはじめたからだ。

 空気そのものが渦を巻いているような、不思議な感じだ。少し、気持ちが悪い。

 ユーゴが、どこからか長い杖を出して構えていた。

 ぴかぴかの銀の鎧をまとった一団が出てきて国王の前で列を組んで盾を構える。その中の一人は腰を落として両手を剣にかけてこちらを見ていた。燃えるような赤毛。


 (あ、フィリベルだ)


 この子を斬るつもりか、と怒りをこめてにらみつける。


 その間にも、エネルギーのような空気のような何かがぐるぐると佳音を中心に渦を巻いて、ひりひりと肌がぴりついた。

 なんだこれ。

 え、もしかして魔力ってやつ? これ爆発したりするかもなの? だから警戒してるの? 

 りのの中でもぐるぐると疑問が渦巻くが、ユーゴが全身を張り詰めさせつつも動いていないので、様子をうかがうことにした。

 フィリベルも微動だにせず、しかし全身で警戒を表している。


 その時、ぞわっとりのの背筋に悪寒が走った。

 ぐわっと渦を巻いていた何かがふくらんで。

 それにかぶさる感情すべてを吐き出すような叫び。



「みんなきらい、大嫌い!! こんな国、こんな世界、ほろ」



 これか!!



 フィリベルが剣を握った手に力を込め、ユーゴが杖を振り上げたが、一瞬だけりのが早かった。

 振り返りざま飛びついて、少女をぎゅっと胸に抱きしめる。

 ぼろぼろとこぼれる涙が、言葉の続きと一緒にりののシャツに沁み込んでいく。

 すとんと崩れ落ちた佳音に引っ張られて、りのも床に座り込んだ。



「帰りたいね」



 りのはささやいた。

 そんなこと言っちゃダメとか、それを言ったらこれから危険な目に合うかもしれないとか、そういう言葉は届かないだろうと思った。



「私たち、何も悪いことしてないのにね。なんでこんなところに来なきゃいけなかったんだろうね」



 少しずつ声を大きくした。


 聞け、ここにいるすべての者、私たちのすべてを奪った者!



「帰りたいね。――――帰りたいね、佳音ちゃん」

「あたし帰りたいの、家に、帰りたい…………帰りたいよぅ、ママ、パパぁ……!!」



 母を、父を呼ぶ少女の泣き叫ぶ声。

 理不尽に人生を奪い取られた、まだ幼い少女をぎゅっと抱きしめて、りのはユーゴとフィリベル、そして最後に国王をにらみあげた。


 この誘拐犯の悪党どもが、死にさらせ!



「………」



 怒りにたぎるりのの視線の先、無表情をはりつかせた国王の目が、揺らいだように見えた。

 母を、父を呼ぶ佳音の泣き声に揺らいだ何か。

 それが、悲しみのような、謝罪のような色をたたえていたのは、気のせいだろうか。



(………このひと)



 直感のようなものが、それは気のせいではないとりのにささやく。



(あー……もう、どうしたらいいのよこれから……)



 わあわあとりのにしがみついて泣く佳音をぎゅうっと抱きしめながら、りのは行き場のない感情に小さくため息をついた。



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