第27話 もうひとりの聖女
その日、りのは朝から着替えをしていた。
こちらで与えられたワンピース風のドレスではなく、召喚されたときに着ていた紺色のマキシスカートに薄いベージュの襟付きのシャツ、それに紺のストラップパンプス。
改めて身につけると、確かにそば仕えとか侍女さんっぽい格好かもしれないとおかしく思う。
「ロゼ、一つお願いがあるん、だ、けど」
ロゼと親しく呼ぶようにはなったものの、護衛と守られる人という関係が抜けなくて、まだまだ話し方はぎこちない。
「何でしょうか」
「あのね、レノアのこと。もし私が家に帰れることになったら、あの子のこと、気にかけてほしいの」
「――わかりました。必ず」
今日、これから、送還魔術の研究結果が伝えられるのだ。
こちらへ来たばかりのころ、元の世界に帰せと恫喝したりのに、アルフィオ宰相とユーゴ魔術師団長は時間がほしいと申し出、りのはそれを了承した。
その時から三か月以上がすぎ、やっと、調査の結果をお伝えしたい、謁見の間によろしくお願いします、と連絡が来たのは昨日。
(まあ九十九%帰れないだろうけどね)
体裁を整える、研究結果をまとめて誠意を示す、そのための時間の余裕。
お互いそんなことはわかっていて、だからこの時間は単なる茶番だ。
そうわかっていて、あえてすぐ帰れるような服を着た。八つ当たりのあてつけで嫌味でもあるけど、このくらいは許されるだろう。
それに、それにもしかしたら、本当に家に帰れるかもしれないのだし。
(ほんの一%の可能性でも、期待しちゃうのはしかたなくない?)
朝起きてから、一人の時にこっそりとインベントリを開き、スマホと家の鍵、財布の中に入れていたクレジットカードと免許証をポケットに滑り込ませていた。これだけあれば、他のものが消えたとしても、何とかなる。これだけあれば連絡はできるし、家に入れるし、当座の資金も問題ない。身分証明書もある。向こうに、家に帰って、少しでも困らないように。
そんなわずかな希望。
「よし! ロゼ、行きましょうか!」
「はい。こちらです」
たとえ一%もない希望が無残につぶされようとも、背筋を伸ばしていよう。
りのはせいいっぱい笑って見せた。
初めて入った謁見の間は、王宮を出てしばらく馬車にのってついた、王城の執務棟にあった。どことなく見覚えがあったので、おそらく召喚につかわれた広間だろう。石貼りで、とても天井が高く、音がよく響いている。
広間には、お偉いさんらしき人がうじゃうじゃいた。召喚されたときより数が多い。野次馬か、もしくは面通しを兼ねているのかもしれないと思った。異世界人を一目見てやろうという奴らだろうか。
アルフィオ宰相やユーゴ魔術師団長、フィリベル副団長など、数少ない顔見知りもいるが、かすかな敵意を目に映している者もいる。
りのは、最近試していた魔法を一つ使ってみた。
(『サーチ』……っと。「インベントリ」とかだけじゃなくて、魔法もイメージで使えるのすごいよね。無詠唱、こんな時は助かるなぁ)
「サーチ」と名付けたそれは、レーダーに生物反応を表示させるもので、りの自身に対する感情の良悪で敵味方の色分けをするというおおざっぱなものだ。範囲は、そんなに広くなく、十メートル四方くらいだろうか。この謁見の間全部をカバーできてはいなかった。理屈はわからないが、そう願ったらできてしまったという不思議な魔法である。敵意なら赤、好意なら青、中立は緑で、感情の強さや明確さで彩度が変わるようになっている。強い敵意を持っていればいるほど鮮やかな赤になるということだ。
ユーゴやアルフィオが、青というよりは緑に近い色なのが面白かった。そりゃそうだよねえ。
魔法が使えることがバレる可能性はあるが、「サーチ」を繰り返し場所をずらしつつかけていく。りのが貴族たちと会うのはこれが二回目で、次にいつ会えるかわからないので、安全確保と情報収集のため、敵を把握しておきたかったからだ。
この魔法を発動した時のユーゴの様子を見ていたが、彼の表情は動かず、魔法に気づかれたかどうかはわからなかった。
ついでに、敵を意味する赤い印の貴族には『鑑定』もかけた。魔力を多く使うと気づかれるかもしれないと思ったので、ごくごく弱くかける。名前と年齢、所属など最低限のことしか出てこないが、ひとまずはそれでいい。
(へえ、あれが暗殺の首謀者のダルクス侯爵ねえ……)
ひときわ鮮やかな赤色で表示されていたのは、ぺたっとした七三分けの薄い茶色の髪に淡いクリーム色の目の、がっしりした輪郭や鷲鼻と反する柔らかな色あいがどこかちぐはぐな印象を残す男性だった。文官の出なのか、細身でそれほど背も高くない。
(まあ無害そうな顔して中身は……みたいな人、いるもんね。悟らせないあたりが悪質かもしれない。要注意ってことで、ピンを立てておこう)
付箋を貼るようなイメージで、赤色に「ダルクス」と名をつけた。これで、一々確認せずとも、敵意の持ち主が誰かわかる。
そうやって次々とピンを立てるりのの耳に、急に飛び込んでくる声があった。
「ローラン第一王子殿下、聖女カノン・アキノ様、ご入場」
朗々とした声に続いて、あの時の少女とローラン王子が入ってきた。
黒い髪に淡い紫の目の少女。ぱっと見、少しやつれているがしっかり自力で歩いてはいるようだ。こちらのドレスを着て、ローランに手をひかれている。フリルとリボンがたっぷりとついた淡いピンクのドレスを着ている彼女をちらりと見て、とってもかわいくて似合ってるけど、高そうで重そうだなとりのは心のうちでつぶやいた。
ちなみにりのの時はロゼリアがついてくれて、「異世界からのお客様、リノア・ミハイル様ご入場」と言われた。
まぁいいや、ピン立てしよう。
「あ、あの、」
ふと気づくと、真横にあの時の少女がいた。びっくりして、思わずうわ、と声が出てしまい、少女はおどおどと、こちらを伺ってきた。
「びっくりさせてすみません……」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
驚きをカバーするべく、できるだけ柔らかに返事をすると、少女はほっとしたように緊張を緩め、ぺこりとおじぎをした。
「はじめまして、あたし、秋野佳音っていいます。あの、あの時はありがとうございました」
「あの時?」
「初めてここに来た時。あの、助け起こしてくれましたよね? ずっと、お礼言えなくて、ごめんなさい」
ちょっとおどおどしてはいるが、きちんとお礼を言ってもう一度頭を下げる。
それを見て、ああ、いい子なんだなとりのは苦く思った。
いい子だからこそ、きっとつらかっただろう。家に帰りたかっただろう。そういえば引きこもっていたとも聞いたっけ。
「どういたしまして。元気にしていましたか?」
「は、はい、なんとか」
それならよかった、と笑んで見せると、佳音もぎこちなくはあるものの笑う。
さらに佳音が何かを言おうと口を開いたとき、甲高い金管楽器の音がして、「国王陛下御入場!」という声が響いた。
空気が変わり、その場にいた佳音とりの以外の全員がざっと頭を下げる。
佳音はきょろきょろと周囲を見回していたが、りのは入ってくる人間を見ていた。
いいや、にらんでいた。
(来やがったな元凶……!!)




